「よう、アラン。元気そうだな。これが入植して一ヶ月たらずの街とは信じられん」
南門の広場に馬車から降り立ったのは、ガンツのギルド長であるサイラスさんだ。相変わらず声がでかいな。娘のアリスタさん、そしてお付きのカリナもいる。
「アラン男爵閣下直々のお出迎え、ありがとうございます」
アリスタとカリナが丁寧に頭を下げた。
さすが正式な貴族教育を受けたアリスタさんだ。父親も少しは見習ったらどうかと思わないではないが、虚礼なんか俺とギルド長のあいだにはない。
「お父様、アラン様は貴族様なのですよ。失礼ではないですか」
「いや、悪かった。気をつけないとな」
配慮するつもりがまったくない雰囲気でサイラスさんが答えた。
「別に構いませんよ。ガンツのホームをお世話してもらいましたし」
「おいおい、世話になったのは俺の方だぜ。娘を助けてもらって、酒の製造法にドラゴン肉の競売……全部アランのおかげだ」
よほど儲かったんだろうな。何度かガンツに買い出しにいったカトルによれば、ガンツの商業ギルドも増築中らしい。
「まだ建設途上でガンツの足元にも及びませんが、ご案内しましょう」
「アラン様が案内くださるのですか」
「セリーナとシャロンが多忙で案内を頼めなくて」
「アラン、人に任せて自動的に金が回るのはいいことだ。ここの仕事はうまく回ってるみたいだな」
いや、そうでもないんだけどな。
カリナが馬車の御者台に座ったので、俺もとなりに並んだ。
「アラン様! 馬車にお乗りください。指示いただければ私だけでも大丈夫です」
「ここは俺の街だから、俺が案内するよ」
最初はどこへ行こうか。商業エリアはまだ店舗数も少ないし、最初は倉庫でも見てもらおうか。商人に在庫を見せるなど商取引の常識からはずれるかもしれないが、少しばかり考えがある。
カリナに道筋を教え、馬車はガンツの門からまっすぐ北に向かう道を走る。通りは二頭立ての馬車が横に並んでも余裕で通れる幅に作ってある。真新しい石畳はみていてきもちがいい。
カリナは周囲の建物を見て驚嘆している。
「ここが大樹海の真ん中だなんて信じられません。こんな大きな街がいつの間にかできていたなんて」
「真ん中というか、まだ大樹海の南の端と言ってもいいくらいだよ。樹海は広いからね」
「それでもすごすぎます。アラン様にはたくさんの支援者がいるとカトルさんが言ってました。どれくらいの人数がいればこんな街を作れるのやら」
「支援者には感謝している」
[ありがとうございます。艦長]
『イーリス、聞いていたのか』
[プライベートモードがオフです]
うっかりしていた。まあいいか。
「アラン様?」
「ああ、すまないカリナ。ずっと奥に大きな白い建物が見えるだろう。そこに馬車を止めてくれないか」
「了解」
と言ってカリナは微笑んだ。
「サテライトの皆さまがいつもこの言葉を使ってらしたので」
「別にいいんじゃないか。カリナにはガンツの拠点で本当に世話になったし」
「まだアラン様には返しきれないご恩があります」
「もう済んだことだよ……そうだ。この街の商業ギルドの支店長は決まってないんだろう? もしよければ、俺からサイラスさんに推薦しておくけど? サイラス家にはナタリーもいるから家政には余裕があるんじゃないか」
「とんでもない! 命を助けてくださった上にそんなことまでしていただくなんて」
「まあ、ナタリーほど優秀だとサイラスさんも手放せないか。アリスタさんも当然そうなるよな」
「そのお言葉だけで十分です」
ドラゴンの競売を担当したカリナは、全国から集まった指折りの商人たちを完全に仕切っていたけれど、こうやって笑みを見せる姿は年頃の娘さんだ。グローリアの背に乗って空を飛んだ時は感極まって涙をこぼしていたっけ。意外と感激屋さんなのかもな。
カリナにそれとなくグローリアの話に振ると、また機会があったらぜひ乗ってみたいという。あのときはグローリアの飛翔は乗り手が代わるごとにひどくなって、錐揉み降下や急上昇の連続で歴戦の冒険者たちがグローリアから真っ青になって降りてきたのは今では笑い話だ。
話を咲かせているうちに気がつけば倉庫群の入り口に着いていた。
「アラン。この中に樹海産のお宝を詰め込んでるんじゃないだろうな」
「はい」
「簡単に言ってくれるが、こんな巨大な倉庫は見たことがない。一体どんな建材を使ってるんだ?」
「樹海産の木材です」
ということにしておく。
外壁を開けて中に入る。
「このでっかい彫像は何だ」
「俺のいた大陸では倉庫の門番がわりにこの彫像をおいておくんですよ。一種のおまじないです」
倉庫の汎用ボットは扉を開け締めするとすぐに停止モードに入って動きを固定するように指示してあった。門番の与太話も昨日の夜に考えておいたものだ。
「薄気味のわるい彫像だな」
サイラスさんの言葉を流して、内扉をあけると冷気が流れ出した。
「む、これだけの大きさ全部が冷蔵倉庫なのか」
「そうですね」
「天井全面が魔法陣か……」
「サイラス様、天井の魔法陣はガンツのものと違います」
「アラン特製ってわけだな」
「以前、魔道具の作製講習を受けたことがありまして。この倉庫は内容積はガンツの冷凍庫の十五倍ほどありますが、使用する魔石はガンツの半分ですみますよ」
「信じられん。ガンツのA級魔術師が総力を上げて作った冷凍倉庫だぞ。その十五倍とは」
「特別な断熱材を使っていましてね」
「なんて部材だ。ガンツの冷蔵倉庫も改造したら経費が浮くな」
「えーっと、これは」
[シリコン・エアロゲルです]
「鉱物を溶かして空気を含むようにした部材です。断熱性能は木材の十倍以上ありますね」
「売ってくれ。いや作り方を教えてくれ。どの支部も冷蔵倉庫は金がかかって大変なんだ」
「その件についてはまた後ほど」
「そうだろうな。これほどの技術なら酒造りどころの話じゃねぇ。ま、折を見て取引させてもらおうか」
意外とすんなり引き下がったな。たぶん、ドラゴン関係の儲けで食指が動かなかったというところか。満腹だとデザートに手が出なくなるようなものだろう。いずれにしてもガンツの職人ではこの部材は作れない。数世代は先だ。
この倉庫は食料だけだが、ビッグ・ブルーサーペントなどの珍しい生き物も冷凍してある。
「これは開拓時に捕まえた獲物だな。この倉庫全部がこれか」
「三棟全部が食料ですね。残り一棟はこれからお見せします」
「アラン。これは在庫というより兵糧戦への備えだろう」
さすがに鋭いな。まあ、在庫を見せるというのはそういった弱みも見せることだから仕方がない。
「国王の指示により進めている開拓地が襲われるようなことはないと思いますよ。これは越冬用と商売用です」
「だといいがな。俺からの助言だが、一度に放出しないほうがいいぞ。いかに珍しい樹海の産物でもすぐに見慣れたものになって価値は下がっていくものだ」
「ありがとうございます。出荷量についてはカトルとも相談します」
「あの小僧もなかなかできる奴らしいな」
「ゴタニアのタルスさんの息子ですよ」
「おお、あのタルス商会のか。中堅ながら手広くやっているようだな」
サイラスさんくらいの規模になるとタルス商会ですら中堅になるらしい。
次に樹海産の物品倉庫に案内する。
「魔石をこうも無造作に袋詰めにしてあるとはな。しかも五百個とは。こうしてみると魔石もただの石ころに見えてくる」
「大樹海ではグレイハウンドの繁殖力はほかの場所の数倍はあるようですね」
「このオーガの魔石、直径が五センチ近くあるぞ」
「オーガも奥地に結構いますよ。そこまでたどり着く冒険者は少ないようですが」
「それとジェネラル・オークだが」
「ぜひこの首を引き取ってもらえませんか」
「冒険者ギルドに卸すんじゃないのか」
「そのほかの資源もサイラス商会への独占契約としましょう」
「おいおい、正気か。これだけの産品なら直売したほうが儲かるぞ」
「悪い話ではないでしょう? ただし支払いは……」
「穀物払い、だな?」
さすがにサイラスさんは理解が早い。
「サイラス商会は蒸留酒を製造するため、穀物の大掛かりな買付をおこなっているはずです。支払いを穀物でいただけると、ほかの零細な売り手を何軒もあたるよりよほど効率的ですからね。我々に卸した穀物分の蒸留酒を減産することで希少価値がつくでしょうし」
「街の人間を養うためだけにこんな貴重なものを売り飛ばすとは」
「まあ、領主ともなると領民のことを考えねばなりませんので」
いきなりサイラスさんが俺の肩を叩いた。
「世の中の貴族様がみんなこれくらい物わかりがよいといいんだがな」
「冷えてきましたしここを出ましょう。商談の続きは会食のあとにでも」
「いいだろう。つぎは商業エリアを見せてくれ」
◆◆◆◆
馬車のドアが締まると同時にアリスタは向かい席の父に声をかけた。
「お父様、さきほどの商談ですけれど」
「アランは領主としては理想的だが、商人としては素人だな」
「私は違うと思います」
「なぜだ。あれほどの産物をすべて俺の商会におろして、売上の一部を穀物で支払うだけでいいんだぞ」
「アラン様が魔石やジェネラル・オークが無価値になるほどの財宝をもっているとしたらどうでしょうか。アラン様としては塵芥を売って穀物を得たも同然です」
「いったいどういうことだ」
「お父様とアラン様が談笑しておられるあいだ、私とカリナは倉庫を見て回りました。鉱石の山があったのですが、武器店に資材をおろしているカリナによると間違いなく鉄鉱石だそうです」
「なに! それは本当か。人が掘れる範囲の鉄は採り尽くしているのはアリスタも知っているだろう。しかもスターヴェークの内戦以来、武器の価格は高止まりだ。まとまった量があれば、一財産どころの騒ぎじゃないぞ」
「それだけではありません。お父様は冒険者タスカーの伝説をご存知ですか」
「あの黄金伝説のか」
「はい。およそ百五十年前、冒険者タスカーは樹海の奥地で黄金の川床を発見したと書き残しています。彼は実際にその証拠としていくつかの金塊を持ち帰ったといいます」
「だが、タスカーは二度目の樹海探索で消息を絶ったはず……まさか」
「アラン様が再発見していたとしたら?」
「冒険者にしては異様なほど金を持っていたり、開拓地に大樹海を選んだのも全て合点がいく。ここにその財産の根源があるからだ」
「わたくしもそのように考えました」
御者台からアランとカリナの笑い声が聞こえる。何を話しているのだろう。熱心に話しているのはアランだ。今日のカリナは本当によく笑う。
しばらく腕を組んだままだまっていたサイラスは言った。
「見方を変えればとんでもねぇ極太客だ。取引を拡大するのはもちろんだが、アランには謎が多い。アリスタ、幼い頃からお前に仕えてきたカリナには悪いが、」
「カリナにはアラン様に極力接触をもたせましょう。そこで提案があるのですが……」
◆◆◆◆
商業エリアの説明をしている最中、アリスタとカリナからは盛んに質問を受けた。特に魔石を使った給湯システムにはかなりご執心だ。毎日汗を流せる浴室が一般家庭にあるのはかなり衝撃的なことらしい。
一方、サイラスさんはずっと何かを考えているようだ。ギルド支店の建設現場でもあまり質問がない。支店の作りはすべて頭に入っているのだろう。口は悪いがさすがギルド長だけあって頭は切れる。
『セリーナ、シャロン、そっちの状態はどうだ』
『全員着替えを終えて待機しています。夕食はガンツのホームから呼んだロータルさんたちがアランのレシピ通りに作っています』
『ありがとう。これから客人を連れて城館に戻る」
『了解』