惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

141 / 150
クレリアとアラン

 クレリアが落ち着いて息を整えている間に俺は言った。

 

「クレリア、よかったらこれからガンツまで出かけないか。……二人だけで」

「えっ」

「ずっと城館に閉じこもったままだったし、たまにはいいだろう?」

「でもいいの? 私の所在が知れたら危険だって言ってたわよね」

「ベルタ国王はクレリアのことは俺に任せるってさ。アロイス王国ともめ事を起こしたくないらしい」

「なんて卑怯な。我が血族に連なるものとは思えない」

「国王としての立場があるからね。けれど、もう王宮内では知らぬものはいない。たぶんアロイスにも情報が流れているだろう」

 

 あの劇のおかげで一般市民ですら知っている。だがこれは永久に封印したい俺の黒歴史だな。

 

「これからは俺が矢面に立つ。もうこそこそする必要はない」

「わかったわ」

「実はガンツでちょっとした用事があるんだ」

「もう、用事にかこつけて私を誘うの?」

「いや、そうじゃなくて……。いいから乗馬用の服に着替えるといいよ」

 

「わかった!」

 クレリアは小走りで廊下に飛び出ていった。こういったところはまだ子供だな。さてと……。

 

 俺はベッドに横たわる人物に向き直った。

「エルナ。目覚めているな?」

 俺はイーリスと会話してからずっと仮想スクリーンで身体情報をモニターしていた。心拍数が数分前から早くなっている。

 

 

 エルナの瞳がひらかれ、俺を見つめていた。

「アラン」

「わかってる。エルナがどんな気持ちで加速魔法を習得したか……。だから今は養生しろ。もうすぐシャロンがくる。回復訓練を手伝う予定になってる」

「申し訳ありません。私はただ、」

「それは必要なことだったんだろう? 今度から正式に俺が最初から教える。無理をしなくていい。必要な魔法は教えよう」

「クレリア様にも心配をかけてしまいました」

「エルナの忠義をクレリアは忘れない。これまでもこれからもだ。俺も同じだ」

 

 エルナの瞳に涙があふれてくる。

「また元気になったら模擬戦をやろう。その時はまた毒舌の一つも期待してるぞ。何でも言ってくれ」

 エルナは何も言わず枕に顔を押し当てた。

 

 部屋を出る俺の背後で、押し殺したすすり泣きが聞こえてきた。

 

 

◇◇

 

 

 厩舎には俺とクレリアのほか誰もいない。使用人たちは査察が終わったあと、ガンツのホームに帰してしまったからな。

 茶毛のタースと黒のシラーは嬉しそうに尾を振った。この馬に乗るのも査察以来だ。忘れずにいてくれて俺もうれしい。

 

 クレリアは気性の優しいタースのたてがみを撫でている。シラーが自分にもやってくれと言わんばかりにそっとクレリアに頭を寄せた。

 

 鞍をつけ騎乗する。クレリアがタース、俺はシラーにのった。

 

「タースに乗るのも久しぶりね」

「そうだな。ドラゴンもいいが、最近グローリアの加速がすごくてね。たまにはのんびり馬に乗るのもいいな」

「私も久々にグローリアに乗りたいわ」

 

 などと会話しつつ、城館の門をくぐって通りに出た。タースとシラーもしばらくぶりの外出でうれしいのか、街路に響く蹄音が軽く聞こえる。

 

 拠点の南門までの通り道は、朝が早いせいか人通りは少なかったが、広場に近づくにつれ、人々が俺たちに挨拶を返してくる。さすがに忙しい通りで跪く者はいなかったが、深々と頭を下げてくるのにはまだ慣れないな。

 

 広場ではすでに朝の市が開かれていて、近くの鍛冶場からは規則的な槌音が響いている。煙突から盛んに白い煙を出しているのはパン工房だろうか。食料を売る店もいつの間にか増えている。

 

「アラン様!」

「クレリア様!」

 

 市場の人たちが南門に向かう俺たちに声をあげている。皆の笑顔がまぶしい。

 俺は(クレリアに教えられた通りに)貴族風のすました笑みで軽く手を振ってから、人が集まりかけたので馬を少し急がせた。

 

 南門に着くと、二人の衛兵があわただしく近づいてくる。二人の名前が彼らの頭上でポップアップした。

 

「アルマン、パンター。お勤めご苦労」

 二人は辺境伯軍の中でも最初期にこの拠点に入植した古参だ。制服もそろえていて、やつれた流浪の兵士の面影はすでにない。

 

「クレリア様、どちらにおでかけでしょうか」

「女性衛士の姿がみえませんが」

「私とアランだけでガンツに向かう」

 

 二人の兵士は顔を見合わせてから、俺たちの前に立った。

「ダルシム隊長から厳しく言われております。万一、クレリア様かアラン様が単騎で外出されるようなことがあれば絶対にお止めしろと」

「申し訳ありませんが、ここをお通しするわけにはまいりません」

 

 ダルシムのやつ、かなり警戒していると見える。まあ、気持ちはわかるが。

『イーリス』

[すでに三機の偵察ドローンが上空に展開しています]

 ……こっちも警戒しすぎだよな。

 

「お前たちが任務に忠実なのはわかった。でもアランがいるから大丈夫だ。許せ」

 そういうとクレリアは馬を駆って城門を抜け走り去っていく。

 

「……というわけなんだ。ダルシムによろしくな」

「アラン様っ!」

「アルマン、俺は隊長兵舎にいってくる。お前は応援をよんどけ!」

「わかった!」

 

 少々、脚を速めたほうがいいかな。引き止められるのは面倒だ。

 

◇◇

 

 クレリアは二十分ほど馬を駆ってから、やがて速度を落とした。番兵を振り切ったのがおかしくてならないらしい。

「アラン!」

 久しぶりに見るクレリアの笑顔だった。さそって正解だったな。

 俺も馬を進めて横に並んだ。気温は暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい。長い冬は終わったようだ。思えばこの半年は金策に始まり戦争で終わった。今日はちょっとした小休止だ。

 

「あたたかくなると樹海の勢いが増すようでちょっと怖いわね」

「休眠していた魔物が増えるかもな。でも俺とクレリアなら問題ないよ」

 

 盗賊のたぐいはガンツ守備隊の分隊が定期的に捕縛しているし、魔物は夜にグローリアが狩り取っている。しばらくグローリアが留守にしているから多少の魔物はいるかもしれない。念のため探知魔法を展開しておこう。

 

 拠点に向かう商人の列がすれ違っていく。馬車の数もずいぶん多い。俺たちに気が付いたのか御者が帽子をとってあいさつした。俺とクレリアは手を挙げて応えてやる。

 

 クレリアがタースを寄せてきた。

「アラン、お願いがあるの」

「できる範囲内なら、なんでもいいよ」

「もうっ! すぐに予防線を張るんだから」

 さすがにもう無条件ではうけられない。特にクレリアの場合は。

 

「アランの国の言葉を教えてほしいの」

「俺たちは普通に会話できてるだろ」

「アランから見れば、この大陸の言葉は外国語なわけでしょう?」

「そうだね」

「私の言葉をアランの中ではいったん自分の言葉にしてから理解してない?」

 ナノムを使った強化学習ではそんなことは全くない。現地語を自国語と同様に扱える。

 

「アランは時々、私の質問に長いこと考え込んだり、応答がとても遅くなることがある。だから私の言葉が届いてないんだなって」

 

 俺に言葉をもっとストレートに届けたい、つまり影響力を行使したいということだな。意思の疎通を円滑にしたいという気持ちもわかるんだけど……。

 

 人類銀河帝国の言語は長い歴史を通じて洗練されてきた。基本となる言語は人類銀河帝国の前身となった人類銀河同盟の発祥の地、アサポート星系第三惑星アデルの諸語から派生したものだが、帝国の版図が拡大するにつれ、より柔軟で習得しやすい科学的な裏打ちのある言語に進化している。

 

 この言語を学ぶためには科学的な文脈理解がある程度必要なのだ。逆にこの大陸の言葉は宗教にかかわる要素があまりにも多すぎる。ナノムの力がなければ、俺がこの大陸の言葉を学ぶことは難しかっただろう。だが、ナノムの力を借りてもクレリアが俺の合理的な言語を学ぶのは難しいという気がする。

 

「アラン」

「ん……?」

「また上の空になってる。もしかして精霊様と会話していたの?」

「そうじゃないけど、言葉の話はちょっと考えさせてくれ」

 

 探知魔法に感があった。これはグレイハウンドの群れだな。まだ生き残っていたらしい。こいつらは繁殖力が高いからな。

 

 すでに路上に数匹が姿を見せている。ガンツからやってくる商人たちも気づいたようだ。最後尾の馬車から悲鳴が上がった。

 

「グレイハウンドだ!」

「歩いている者は馬車に乗れ!」

 馬に鞭を当て急ごうとするが、隊商の列は動きが鈍い。後続の御者たちが弓矢を取り出したがいかにも不慣れだ。

 

「アラン、ここはまかせて!」

 クレリアは右手を延ばした。と、頭上に八つの炎の矢があらわれ、次々とグレイハウンドの頭を打ちぬいていく。無詠唱でこの精度を出せるのか。ここから隊商の最後尾までは結構な距離がある。

 

 逃げようとする生き残った数匹の頭上に、クレリアの次弾が容赦なく降り注ぐ。次弾展開も早いな。

 

隊商の人々が一斉に歓声を上げている。

 

「すごいな。いつの間にこんなに上達したんだ」

「私だって練習しているわ」

 とクレリアは得意げに言った。

 

「いきましょう。アラン」

 クレリアはできて当たり前のように、商人たちに手を振ってこたえてやっているが、商人たちの手前、内心うれしくてたまらないのを我慢しているのがわかる。

 

グレイハウンドの死体の近くまで来ると、馬車から飛び降りた数人の男たちがナイフをもって路上に集まっている。毛皮と魔石は小遣い稼ぎくらいにはなるだろう。

 

 

『イーリス』

[はい]

『これはやらせだな? 偵察ドローンがグレイハウンドの侵入を許すはずがない」

[クレリア王女の自尊心を保つためです]

『ありがとうイーリス』

[どういたしまして]

 

 

 振り返ると、だいぶ遠くなった拠点の南門から土煙が移動してきている。何か言いかけたクレリアに俺はいった。

 

「ダルシムが兵を引き連れて追いかけて来たぞ」

「ガンツまでは一緒に行くことにする」

「なぜ」

「一国の王女が街に入るのに随行の者がいないのは不自然でしょう」

 

 急にお姫様モードになったな。まあいいか。グレイハウンドがまだ路上に転がっていることだし、しばらくここで待つことにしよう。

 

 

『イーリス、頼んでおいたガンツの情報収集の結果は』

[アラン艦長の想定通り、ガンツの商業ギルドを中心に動きがあります]

 

 ギルドが動いてくれているなら俺たちに随行者がいるのも不自然じゃないな。今日は何もかも予定通りだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。