惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ガンツにて

 ダルシム隊長を先頭に、二十騎ほどの兵士が駆けつけてきた。兵士たちはいつの間にかそろいの近衛の制服になっている。拠点の裁縫屋も繁盛しているみたいだな。

 

 周りのグレイハウンドの死骸が眼に入ったのか、ダルシム隊長は血相を変えている。

 

「クレリア様! ご無事ですか!」

「そなたの心配はありがたいが、グレイハウンドなど問題ではない」

「この頭数をおひとりで?」

 ダルシムが俺に目を向けたので俺は答えてやった。

 

「俺は手出ししていない。十五頭のグレイハウンドでもクレリアの手にかかったら一瞬だった」

 

 こう言ってもダルシムの眼には俺がクレリアを連れ出した非難が込められているみたいだ。

 

「クレリアを誘ったのは俺だ。クレリアはダルシムのことを気にかけていたが、俺が押し切ってしまった。すまないな」

「お二人がご無事であれば何よりです。できれば拠点にお戻りいただけないでしょうか」

「ダルシム、しばらく俺とクレリアに随行してもらえないか。人数もちょうどいいからな」

 

 一瞬、考えたダルシムだったが、

「わかりました。しかし今後はクレリア様のお手を汚す必要はございません」

 

 ダルシム隊長は背後を振り返って叫んだ。

「防御陣形!」

 号令とともに半分の兵士が俺たちの前後に分かれた。ここはうるさく言わずにダルシムの顔を立ててやろう。

 

 

 

 

 城塞都市ガンツの北門は人だかりがしていた。先頭を走っていた兵が警戒して速度を緩めた。

 

「何かあったのでしょうか。城塞の物見にも人が多いですな」

「私たちが盗賊を捕まえた時より兵士の数が多いわ。なにか変事があったのでなければよいが」

 

 クレリアもすこし心配そうだ。あの時はダルシム配下の兵と初戦果をあげて、盗賊三十五人を引き連れてガンツに着いたんだった。守備隊が警戒したのも無理はない。だが今回は違う。

 

 北の門の詰所から出てくる武装した兵に交じってギード守備隊長の姿も見える。目ざとくも俺たちを物見の兵が発見し、守備隊長に伝えたようだ。城壁の上では兵がガンツ領旗を振っている。

 

 俺たちが城門に近づくと兵士たちはいっせいに跪き、臣下の礼をとった。俺も顔を引き締め、手をあげて礼を受けたことを示してやる。航宙軍なら正式な答礼があるのだが、この大陸ではどうやるのかまだ聞いていなかった。

 

「アラン、これは一体どういうこと?」

「まずはユルゲンの城館に向かう」

「ユルゲン伯は捕縛されたと言ってたでしょう?」

「まあ、いいから」

 

 ガンツの北門の前にある広場は人々でごった返していた。俺たちの隊列が近づくと人の群れは二つに分かれ、道ができた。

 

「アラン様!」

「アラン様ぁ!」

 

 人々が一斉に声を上げて手を振っている。店からも人々が飛び出して俺たちの一行に歓声を浴びせている。

 

 クレリアもダルシムも困惑の表情のままだ。二人の知識はユルゲンが王都で捕縛されたところまでしか更新されていないからな。

 

 しばらく行くとユルゲンの豪壮な邸宅が見えてきた。あらためて近間で見ると尖塔や飾り窓が多すぎて俺の好みに合わないな。そのうち建て替えよう。

 

 邸宅の正面でデニス家令とマルティナ、メラニーが並んで待っていた。ほかの使用人たちも一斉に跪いている。

 

 俺は馬から降りて、デニスさんのところに近づく。

 

「商業ギルドから連絡があったようだな」

 

 俺より頭一つ高いデニスさんが深々とお辞儀をした。

 

 王都商業ギルドは、俺の辺境伯への昇格とガンツをその所領とすることを、通信アーティファクトでガンツのギルドに伝えていたのだ。おそらく王宮にも協力者がいたのだろう。

 

「はい。主なき今、王都直轄領となればいかなる処罰が加えられるかと生きた心地がしませんでした。アラン様にはご寛恕いただきたいところでございます」

「堅苦しいことはやめよう。俺はユルゲンとは違う」

「はっ。まずはささやかながら安着の席をご用意しております」

「すまないな」

 

 俺が中に入りかけると、

 

「アラン様っ!!」

 

 すごい勢いで走り出そうとするメラニーをマルティナがしっかりつかんでいる。心なしかメラニーの背がすこし伸びたような気がする。いつまでもマルティナだけでは扱えなくなりそうだな。俺が不在の間だけ、二人はガンツに戻る約束だった。今後の拠点での生活はデニスさんの了解も必要だ。俺は軽く手を振ってその場を離れた。

 

 

 俺が謁見室――俺が初めてユルゲンとあった場所だ――に歩いていくと、クレリアがとうとう我慢できなくなったのか、俺の袖をつかんだ。

 

「アラン、一体どういうこと?」

「あ、言わなかったっけ。俺は辺境伯に昇格になったんだ。国王陛下は開拓地だけだと不自然だから、ということでガンツを俺の所領にしてくれた。城主がいなくなったんでちょうどよかったんだろ」

「…………」

 

 驚愕顔で固まるクレリアとダルシムをおいて俺は廊下を進んでいく。謁見室にはすでに大勢の人の気配がある。

 

 中に入ると、すでにガンツの主だった面々がそろっていた。

 冒険者ギルド長のケヴィン、魔術ギルドのシーラギルド長、そこから少し距離を置いて珍しく正装している商業ギルドのサイラスさんと、いつものように完璧な装いのアリスタさんもきていた。ほかにはガンツ攻防戦の時に城壁に集まっていたガンツの有力者たちもそろっている。

 

 俺が一段高いところにある真新しい椅子にすわり、困惑顔のクレリアがその隣の椅子に座った。一斉に全員が膝をついて貴族に対する礼をしたところで俺は立ち上がった。

 

「商業ギルドの連絡により集まったと思うが、いまだに信じられない者もいるだろう。だが事実だ。ユルゲンは長きにわたり国庫に納める税を不当に低く抑え、私腹を肥やしていたため、ガンツ伯を廃位となった。すでに王都にて処分を受けている」

 

 どよめきの多くは驚きというより、脱税に対する王国府からの処罰を恐れてのものだろう。税の追徴がユルゲンとの取引先に下される可能性がある。一人サイラスさんだけが平然としていた。俺が来るまでユルゲンとは取引がなかったからな。

 

「国王陛下は、査察合格とガンツ防衛の功績を認め、俺を辺境伯に昇格の上、ガンツ城塞都市を俺の所領として下さった。正式な沙汰は王都より後に届くが、その中に市民への追徴などの罰則はないだろう。俺はガンツをより一層繁栄させるために改革に取り組むつもりだ。税制を改め、食糧増産、大樹海の資源を使った新たな産業などだ。皆の協力を期待している」

 

 一斉に安どの声と、拍手が巻き起こった。

 普段は使わない改まった言葉がすらすらと出てくるのはコンラート号で受けた艦長促成教育のたまものだな。

 

「アラン、お前ならやると思ったぜ!」

「お父様!」

 サイラスさんが大声で言うと、すかさず慌てたアリスタさんがたしなめる。軽い笑いが巻き起こった。

 

 家令のデニスさんが言った。

「皆様、大広間にお越しください。祝宴の用意ができましてございます」

 

 

 

 

 祝宴のあいだ、サイラスさんやケヴィンから矢継ぎ早に質問があったので、俺は王宮での出来事を簡単に話してやった。

 バールケの失脚やエクスラー公爵の女官にセリーナが挑戦を受けたことなどを話しているうちに、今度はサイラスさんが言った。

 

「うちで作っている蒸留酒にアラン印を付けて売り出したらどうだろう」

「それはいいですな。地域の名産ということで」

「統一した紋章でブランド価値を創出するのですな」

 

 周りの商人たちもうなずいて次々に賛同の声が上がる。

 

「この案件はサイラス商会が旗振り役になる。まずは紋章だが……」

「サイラス! またアラン様のお力を独占するつもりですか!」

「なんだと。お前こそ……」

 

 そのあとの言葉はとぎれ、アリスタさんが父親の手を引いて部屋の向こうに連れて行った。ほかの商人たちも散っていく。

 

 かわりに残ったのは魔術ギルドのシーラギルド長だった。相変わらず仲が悪いな。

 

「アラン様。このたびは辺境伯へのご昇格おめでとうございます。この場を借りて一言よろしいでしょうか」

「なんだろうか」

「拠点のカトルさんから卸していただいた退魔香の香木は見たことのないような特級品です。そのうえ定尺に加工までしていただいて、感謝の言葉もありません」

「適正な価格で癒しを必要とする人々に届くことを願っている」

「仰せの通りにいたします」

 シーラギルド長は俺に深く礼をして席を離れていった。

 

 それからもガンツのおもだった商人たちと会話を進めているうちに、一人で席に座っているクレリアが気になってきた。クレリアがガンツ攻防戦の最前線に立っていたことを皆は知っている。だが異国の王女というわけでもないだろうけど、なかなかクレリアに話しかける人は少ない。

 

 そのうちにふと目が合ってしまい、クレリアの目がなにか非常にもの言いたげなので俺は近づいて行った。

 

「クレリア、ちょっと外の風にあたらないか」

 クレリアは沈黙のまま俺の横に並んだ。なにを怒っているのかな。

 

 扉をぬけてバルコニーに出た。北を見上げると、遠くに我が拠点の灯がかすかに見えた。しかし眼下のガンツの町並みは拠点よりはるかに灯火の数が多い。いまのところは、だが。

 

 天空は雲一つない透き通った夜空で、俺の故郷では見たこともない、名も知らぬ星々が幾何学模様を描いている。

 

 俺は視線をクレリアに戻した。

「何か言いたいことがあるみたいだけど」

「今日はアランの昇格祝いということになるのね」

「そうだよ」

「なぜ最初に教えてくれなかったの!」

「ちょっと驚かそうと思ったんだ。気分を害したなら謝る。すまない」

「祝賀の席で私は乗馬用の服を着ていたのよ? 一国の王女が何の装いもなく! あの商業ギルド長の娘のほうがよっぽど貴族らしかったわ」

 

 薄暗がりの中で、クレリアの手が俺の腕をがっちり握りしめた。そんなに腹立たしいことなんだろうか。

 

 なんだそんなことか、とか言っちゃダメなんだろうな。

 

「俺はクレリアにも祝ってもらいたかっただけだ」

「だから祝賀の席では正式な服装と式次第が必要なの! 拠点に戻ったらエルナと一緒に宮廷作法の再教育よ。わかった?」

「わかった。ごめん、今度から気を付けるよ」

「そういえば、商業ギルドの娘が創建祭をやるらしいわ。その時はアランも私も正装で臨場するから」

「創建祭ってなんだ」

「拠点にもそろそろ正式な名前が必要でしょう? 名前が決まったら開基のお祝いをするものなの。命名式とも言うわ」

 

 なるほど。そろそろ名前が必要かもしれないな。けれどこの大陸の文化と歴史は尊重すべきだろう。

 

「ガンツでいいんじゃないか」

「どういうこと?」

 

 これまでは拠点の拡張は大樹海側の北に進んでいた。しかしガンツが俺の領地になった以上、大樹海の自然にこれ以上手を付ける必要はない。ガンツから拠点までの樹海は防御緩衝地帯としての役割を終えようとしている。

 

 今後の開拓は拠点からの南進しガンツ方面へ、ガンツからの開拓は北に進む。やがてガンツと大樹海の拠点が一体化したとき、一つの巨大な都が出現するだろう。

 

「拠点からガンツまでの区間をすべて街にする。拠点とガンツは一つになる」

「そんな! 拠点からここまで一日がかりの距離よ? それだと王都よりも大きいわ」

 

 俺はクレリアの目をまっすぐに見つめて言った。

 

「ここが王都になるんだよ。クレリア。この大陸の王都だ。やがてそれはこの星の星都になる」

 

 クレリアは俺の言っている言葉の半分も理解できなかったろうけど、俺の手をそっと握って言ったのだ。

 

「私は信じる。……アランを信じるわ」

 

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