惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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新たなる希望

 ユルゲン邸での祝宴は夜遅くまで続き、ガンツのホームで目覚めたときはすでに日が昇っていた。クレリアがいるのでダルシムはまたしても防御陣形を展開してしまい、最初から堅固な護衛が付いてしまった。結局、拠点の城館に戻ったころにはすでに日は傾いていた。

 すぐに作法指導が始まるのかとひやひやしたが、クレリアはエルナの容態が気にかかるとかで居室に向かった。

 

 

 俺が執務室に一歩足を踏み入れた途端――。

 

[アラン艦長、至急、航宙軍幹部会の開催を要請します]

 

 待ち構えていたかのように仮想スクリーンにイーリスの立体映像が浮かびあがった。今はひと風呂浴びてそのまま寝たい気分なんだが。疲労物質はナノムが除去するとは言うものの精神的な疲れは睡眠でしか解消しないような気がする。

 

『わかった。メンバーを招集しよう』

 

 ガンツ攻防戦以降、ほとんどイーリスには仕事がなかったからな。旗艦クラスの航宙艦だとAIの演算速度は凄まじい。人間の一週間でさえイーリスにとっては長い年月に相当するのだろうか。

 

 俺の執務室に、イーリスとシャロン、そして王都からドラゴンで戻ったばかりのセリーナが集まった。クレリアが城館にいるので当然ARモードでの参集だ。

 

[アラン艦長、本日は私から提案があります]

 

 イーリスの立体画像が、ちょうど俺から見て数メートル先の壁側に立っているかのように位置を変えた。制服姿のセリーナとシャロンも横に並んでいる。部屋が薄暗いことも相まって三人が俺の執務机の前に立っているかのようだ。

 

 移動で貴重な一日が失われ、明日もアラム聖国の偵察関連でやることが満載だ。

『手短に頼む』

[人類銀河帝国への通信が可能になるかもしれません]

『なに!』

 

 眠気が吹っ飛び、思わず声を出してしまう。セリーナたちの顔を見ると二人も初めて聞いたらしい。

 

『本当なのか』

[はい。我々の本来の任務はバグス母星の探索と、未踏領域の探査です。漂着しておよそ一年のあいだ、近傍星系の観測は続けていました]

『一年以上の観測ということは、歳差運動だな?』

[はい。近傍星系の測距を行っています。……こちらをご覧ください]

 

 執務室の中央に二つの輝く球体が浮かび上がった。恒星の映像だろうか。一つはいわゆる赤色巨星で、もう一つのやや小ぶりの恒星が周回している。

 

[ここから約三百五十光年先にある連星系です。恒星力学計算の結果、赤色新星となる可能性が高いと推察されます]

 

 赤色新星は連星系のうち、一方の恒星の軌道半径が徐々に小さくなり、最終的には二つの星が衝突して生まれるものだ。その解き放たれるエネルギーは通常の新星を超え、超新星に次ぐ。

 

「この惑星への悪影響は」

[通常、新星化に伴う衝撃波と星間物質が相互作用して強力な放射線が発生します。この連星系は、星間物質が非常に粗な宙域にあるため、発生する線量は低いでしょう。惑星アレスへの影響は軽微です]

『この連星系がどうかしたのか』

[巨星の寿命が尽きて超新星化する場合は、正確にその時期を予測することは非常に困難です。よくて数千年単位の精度でしかありません]

 

 執務室に浮かぶ立体映像が動き出した。二つの輝く球体がぐるぐると回りながら速度を早め、距離が短くなっていく。やがて大きい球体と小さい球体が融合したかと思うと、突然まばゆい光輝をはなって爆散する。

 

[しかし赤色新星の場合は、連星系の軌道半径、恒星の質量、速度などが分かればかなりの精度で発生する時期がわかります]

 

 ざっくり言えば連星系の軌道計算だけでいい、ということはわかる。だがそれが俺たちとなんの関係がある?

 

[この一年間に渡る観測データを照らし合わせた結果、この連星系は航宙軍の作成した星系リストに登録されているものと一致します。最重要星系とされています]

 

 それは当然だろう。恒星がその生涯最後に放つ輝きは、とてつもない希少物質を生み出す……縮退物質だ。

 

 人類が生存する諸惑星は、できるだけ環境を保つために太陽光、地熱、水力などが使われていることが多い。しかし航宙艦はワープドライブの稼働にはリアクターでの物質-反物質反応、すなわち対消滅エネルギーが必要だ。その反物質を生成するのに必須の触媒が縮退物質なのだ。

 

 人工的に核融合爆縮で作られる縮退物質はごくわずかだが、新星が生み出す量は数億トンにのぼる。星の総質量に比べれば無に等しいが、人類にとってはとてつもない福音となるのだ。だから、バグス本星の探索と同時に新星の候補は常に監視対象である。ということは……。

 

『イーリス、すごい発見だわ。もしかするとこの惑星は助かるかも』

『人類銀河帝国が滅びていなければ、ですけど』

 ふたりとも十分理解しているようだ。

 

 俺は歴史の授業で学んだことを思い出していた。

 

 人類とバグスが邂逅したのは帝国暦千二百五十四年。

人類はバグスの脅威に対抗するため、航宙軍の大幅な増強を図ったが、当時の科学者たちの必死の努力にもかかわらず縮退物質の生産は遅れに遅れ、航宙艦の建造は遅々として進まなかった。

 

 そして帝国暦千三百十三年。

 当時の人類銀河帝国の最外縁より三百光年という至近の星系で、新星化の兆候が観測された。銀河系全域で考えれば平均八十年に一回はどこかで発生しているが、これほどの至近で発生するとは予想しがたいことだった。新星化の報をFTL通信で受けた人類銀河帝国政府は、近傍の植民星系が危機にさらされることから救援活動を決定、直ちに航宙軍は救援活動を開始したのである。

 

 そのうち救援活動の後期に派遣されたアガルタ艦隊は、理論的に予想されていた縮退物質の採取という任務を帯びていた。新星の爆発にともなう衝撃波が到達する直前で、衝撃波が通り過ぎた前方に向かってワープし、突入するものである。

 

 ……だが艦隊は一隻たりとも帰ってこなかった。

 ワープアウトして最初に送られた通信はたった一枚の画像のみ。そこには数百隻におよぶバグス艦隊が蝟集していたのである。縮退物質を欲しているのは人類だけではなかった。艦隊はおそらく全滅したものと思われた。

 

 その後、人類銀河帝国の総力をあげて送り込んだ決戦艦隊がバグス艦隊を打ち破り、同星系を確保できたことにより、現在の航宙艦隊の礎が築かれたといってよい。

 

 それ以来、人類銀河帝国の版図のはるか外側まで、新星化の可能性のある星系には必ず無人の自動観測ステーションが送り込まれている。つまり、イーリスが未知の星を航宙軍に登録されている星系として同定したことにより、俺たちの位置が正確にわかるだけではなく……

 

『その連星系には自動観測ステーションは設置されているんだな?』

[はい。百二十八年前に設置して以来、定期的に監視情報をFTL通信でデータを送信し続けています]

 

 俺たちがこの惑星アレスに漂着した時点では新星化の情報はなかった。ということは、新星化とともに消失するはずの観測ステーションはまだ存在している。

 

『自動観測ステーションに信号を送ろう』

 

 直近の植民惑星からの艦隊が新星候補星系に到達し、さらに片道三百五十光年だが、連絡さえ届けば、ワープの最大船速で惑星アレスに直線的に移動すれば数年というところか。

 

 このあたりの銀河の渦状枝の直径を仮に八百光年、探査距離を三百五十光年とした円筒形の探査範囲を考えると、一立方光年当たりの恒星の数は0.14個だから単純計算で恒星は二千五百万個ある。

 

航宙軍の探索アルゴリズムでは、探査船が惑星アレスに到達するまで千二百年かかる。イーリスの予想ではその間にバグスが襲来する可能性は八十八%。それが約四百年弱で航宙軍の救援が見込めるとなると、生存確率は飛躍的に上昇する。

 

ただし、シャロンの言った通りこれには大きな問題がいくつかある。惑星アレスが救援を受けるには、

 

・人類銀河帝国はバグスに滅ぼされていない。

・我々の通信が自動観測ステーションにキャッチされる。

・艦隊がバグスに妨害されることなく、この星系に到達する。

 

 これらの確率をあわせると簡単ではないことは容易にわかる。しかし、成功した場合、千二百年を三分の一に縮減できるのはとてつもない魅力だ。

『イーリス、千二百年以内にバグスがこの星系に到達するのは八十八パーセントだった。三百五十年に縮減された場合の確率は?』

[約46パーセントです]

 まだ結構高いな。だがやる価値はあるはずだ。

 

『イーリス、我々はFTL通信が使えないので、通信方法はレーザー通信しかないんでしょう?』

[通常のレーザーより大出力が必要なので、コンラート号の兵装の一部を通信専用に改造します。そのためには艦内で休止している非常用の核融合炉をもう一基、稼働させる必要があります。……改装後の船体を表示します]

 

 仮想スクリーンで改装後のコンラート号の姿がゆっくりと回転している。

 

 コールドスリープセクションや武器セクションが投棄されたいびつな船体が痛々しい。目立つのは失われたセクションの一角に羽をまとった巨大な円筒のような物体が設置されていることだ。周囲の羽状のものは放熱フィンだな。エネルギーの変換効率を極限まで上げてもこれだけの大出力では放熱なしでは躯体がもたないらしい。

 

 問題があるとすれば、指の太さくらいのハイパーコヒーレント光を放っても三百五十光年先では直径が惑星くらいにはなる。

 

『イーリス、俺たちの通信がバグスに感づかれる可能性は?』

[バグスはFTL通信を好んで使います。低速な光による通信は行わないようです]

 

 人類銀河帝国は、これまで様々な技術レベルの”人類に連なるもの”を発見してきた。彼らとの接触するうちに、通信方法が惑星の科学力ごとに大きく違うことに気づいていた。だから発見のために、あらゆる通信手段、あらゆる周波数帯を考慮して全銀河に耳をそばだてているのだ。自動観測ステーションにも当然、そのための通信設備がある。

 

 送信中はイーリス・コンラート号の武装の一部が使えなくなる。地上からの支援によりコンラート号の補修が進んだとしても対艦戦は難しい。たとえ、バグスがBG-I型巡洋艦で構成された通常編成十六隻の一個艦隊だったとしても、勝つ可能性は限りなく低い。BG-X型戦列艦が一隻でも含まれていれば完全に蹂躙される。だが、改装する価値は十分にある。

 

『大量の資材が必要になるな。コンラート号へのシャトル便はどうなってる?』

『ガンツ攻防戦の最中に統合型エンジンの燃焼試験を完了しました。その後、四回の試験飛行を成層圏内で実施。二機とも運用可能レベルです』

『スターヴェーク奪還の件が片付いたら俺も艦に戻る。必要な金属資源などの搬入を開始してくれ。ただし打ち上げは夜間のみとする』

[了解]

 

 

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