惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ゴタニア再訪2

 

 案内された先は、かつてクレリアがタルスさんに自分の正体を明かした商談室だった。シャロンと二人で座って待っていると、タルスさんが入ってきた。

 

「アランさん! いや、アラン様。お久しぶりでございます」

「アランで結構です。ゴタニア滞在中はお世話になった」

「とんでもありません! 辺境伯にご昇格されたとか。おめでとうございます」

 

 商業ギルドの通信アーティファクトか。こんな田舎の町にまで伝達されていたとは。これでは昔のように話すわけにはいかないな。

 

「さあ、どうかお座りください。お会いするのはドラゴンの競売以来ですな。あれからカトルはどうしていますか」

「カトルの目利きは素晴らしい。大樹海の繁栄に大きく貢献しています。最近では新商品を出すときはカトルと相談することにしています」

「アラン様のご発明ということは、さぞかし儲けもあることでしょうな」

「カトルもまもなく拠点に自分の店を持つことができそうです」

「ああ、なんとありがたいことだ。大樹海やガンツはこれからアラン様のおかげで繁栄することでしょう!」

 

 ヨーナスさんが、茶器の乗ったカートを押して入ってきた。タルスさんの側近がわざわざお茶を入れてくれるのは、メイドなどから情報が漏れるのを防ぐためだろう。

 

「今日、こちらによったのは、以前クレリアが自分の出自を明らかにした際に、お話のあった件です」

「もちろんわかっておりますとも。あれ以来、スターヴェークに関する情報は折に触れ、収集しております。……ヨーナス」

 

 ちょうどお茶を配り終えたヨーナスさんが、内ポケットから黒い手帳を取り出した。

「アラン様がゴタニアを離れて以降の情報でございますが……」

 

 ゴタニアはアロイス王国(旧スターヴェーク王国)との国境に近いから、商取引で両国間に出入りがある。商人たちの情報は、ガンツで聞くよりはるかにスターヴェークの現状を表しているはずだ。

 

「アロイス王国を支配するロートリンゲンは過酷な課税を行い、スターヴェーク王家を支持していた北部および東部地方の貴族を弾圧しております。また、アトラス教会の関係者は国外追放となり、教会施設はことごとく取り壊されたとのことです」

 

 やはりな。アラム聖国は大昔にドラゴンと戦って敗走した記憶を伝承しており、当然ながら魔法は禁忌になっている。アラム聖国にとってアトラス教会は異教でしかない。アロイス王国のロートリンゲンに指示して関係者を追放したのだろう。

 

 北部貴族に酷税が課せられ続けるということは、まだ抵抗している者がいるに違いない。ブレーズの抵抗組織は北部貴族など中心に展開するのが筋だな。

 

「次でございますが、スターヴェークでは内乱による作付けの遅れと、悪天候が重なって飢饉が頻発しておりました。が、現在は急速に回復基調にございます。というのもアラム聖国から導入された新しい農業技術が広がっているからです」

「王都五十万人分の食料もかの国から輸出されているようだ」

「ど、どうしてそれを。このことはまだ商業ギルドでもごく一部の者しか知らない情報です」

 タルスさんがティーカップを持ったまま動きを止めた。

 

「話をさえぎってすまない。続けてくれませんか」

「アラム聖国からは肥料なども供給されており、商業ギルドもこれには注目しています」

「肥料?」

「ベルタ王国では交互に土地を休ませながら営農する三圃式農業が主流です。王都近郊では堆肥、デグリート海洋王国では魚粉などを使うこともあります。しかしアラムの純白の肥料を使うと、収量が劇的に増えるとのことです。商業ギルドでは魔法成分が含まれるのではないかと推測しています。当地の魔術ギルドで調べているところです」

 

それほど効果的な肥料なら、やがて従来の伝統的な栽培法はすたれ、完全にアラムに依存するようになるな。軍による侵攻よりよほど効果的だ。

 

「実物は手に入るのだろうか」

 タルスさんとヨーナスさんが顔を見合わせた。数秒の間、手話のようなやりとりが交わされたと思うと、タルスさんがうなずいた。ヨーナスさんが部屋を出ていく。

 

「商業ギルドはかなりアラム聖国に入れ込んでいるようですね」

「商人として、新しい商品や希少な資源があれば関心を持つのは当然のことです」

「例えば退魔香の入手ですね。だが交渉はうまくいっていない。商業ギルドが放った密偵も音信不通になっている……とか」

 がちゃん、と音を立ててタルスさんが取り落としたカップが床で割れた。顔色が蒼白だ。

 

「いったいどこからその話を……」

 図星か。俺がアラム聖国で退魔香を入手したときに護衛兵から聞いたことは本当だったな。巨大な需要がある以上、商業ギルドがアラム聖国の専売を指をくわえて黙って見ているはずもない。

 

「ベルタ王国だけでなく大陸全土の市場でアラム聖国の影響力が巨大になっている。王都商業ギルドはこれに危機感を覚えて動き出した、というところでしょうか。そしてこのゴタニアがその対策の拠点だ」

 

 アラム聖国は軍事大国であると同時に、市場でもその影響力を強めている。軍事から経済・政治に至るまで周到な計画のもとに動いているようだ。

 

「俺が知るだけの情報を提供しました。いろいろと事情はあるかもしれませんが、タルスさんの知っていることを教えてもらえませんか」

 

 目を丸くして俺の話を聞いていたタルスさんが大きく深呼吸してから言った。

 

「……いいでしょう。恩義あるアラン様には私の知っていることをすべてお話しします。アラン様のお話の通り、商業ギルドはスターヴェーク内乱、そしてアロイス王国が誕生して以降、当地の市場を完全に失いました。アラム聖国からの潤沢な資源が供給され、価格面でまったく太刀打ちできないのです」

 

 なるほど、商圏という考えからすれば当然のことだな。これは地元の商人にとっては深刻な問題だ。それどころか国政にも影響がある。

 

「王都商業ギルド長のヤン様は、このことを深く憂慮され、わたくしどもタルス商会に調査するように指示されました」

 

 このあたりでも有数の商会だから当然指示はあるだろうな。それともタルスさんはヤンギルド長と直接的なつながりが以前からあったのか。

 

「アラム聖国の資源情報やボーグシュタットでの協力者探しなどですね」

「それもありますが、王都商業ギルドではご高齢のヤン様の任期が間もなく終わろうとしています。有力な候補が数名いらっしゃるのですが、実はその中の一人にアラム聖国の息のかかったものがいるらしいのです」

 

「ヤン様のお考えではその者は必ずボーグシュタットからガンツを経る通商ルートに関係があると。我々はそれも捕捉すべく動いています」

 

 アラム聖国の浸透工作か。武力は戦争の最終手段でしかない。その前に敵国を完全に掌握する方法はいくらでもある。特に農業の破壊と経済力圧力がその最たるものだ。一国の宰相ですら裏切っていた現状からすれば、商業ギルドへの浸透も考えておくべきだった。

 

「今日、こちらに伺うまえに大通りを通ったが、治安も悪化しているようだ」

「はい。表向きはアロイス王国の圧政から逃れてきた難民、ということになっていますが間違いなく、アラムの手の者がいることでしょう」

 

 ドアが開いて、ヨーナスさんが戻ってきた。手には小さな手箱のようなものがある。机に置いて箱を開き、俺に見せた。

「私どものもっとも優秀な手代が入手しました。その後もう一度ボーグシュタットにむかったまま、連絡は途絶えております」

 

 中には小麦粉より真っ白な粉が入っており、箱を手にもつとそれなりの重さがある。指で触れてみる。

『ナノム、分析しろ』

 俺の指先がマイクロレーザー光でかすかに光った。成分の一覧が俺の仮想スクリーンにすぐさま展開する。

 

これは……!

 

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