ゴタニアでタルスさんからもらった情報はあまりにも意外だったが、その対価はしっかり払っておいた。別れ際にオーガの魔石を一袋渡すと、驚愕顔で二人ともしばらくフリーズしていたのはおかしかったな。ゴタニア周辺のひらけた土地にはもうオーガはいないらしい。
偵察ドローンの中で、改めて成分表を眺めてみる。
高純度の硝酸カリウム、硝酸アンモニウム……。これらは肥料として使えるが、その生成には空中窒素固定技術がいる。大陸の技術水準からすれば、明らかにオーバーテクノロジーだ。だが、窒素肥料の製造技術を有するということは火薬も作れるのだ。
「火薬が製造できるなら、あっという間に大陸制覇も可能では」
「アラム聖国の出方はまだわからないが、おそらくアトラス教会と魔法を根絶してから先進技術で攻略するという流れだろう」
「魔法は動作原理こそ不明ですが、とても便利です。この大陸の住民が手放すとは思えません」
「さらに便利な技術があれば、目ざとい人間ならすぐに使うさ」
これは経済戦争でもあり、宗教戦争でもある。便利なアラム聖国製の技術が出回れば、やがて信仰や魔法はすたれていく。だが、このレベルの技術が突然現れるのはおかしい。いったい誰が、何の目的で……。
『イーリス。これまではアラム聖国の技術レベルはベルタ王国と同等という前提だったが、火薬を作れるとなる話は別だ。これまでの偵察結果でも見落としがあるかもしれない。敵が大陸のほかの国より数百年優れた技術を有している、という前提でもう一度精査してくれ』
[了解]
敵が火薬を作れる技術があるなら当然、その生産・保管施設があるはずだ。これまで見落としていた中にそれが存在しても不思議ではない。
しばらくして仮想スクリーンに画像が投影された。
[火薬を製造する技術を有するという前提で、調査した結果です]
画像は上空から撮ったもので、建物そのものは縦横二十メートルほどの半地下構造だ。何かの倉庫という説明でも納得できそうだ。だが、その位置はボーグシュタットから数キロ先で距離がありすぎる。日用品の倉庫ではないだろう。しかも周囲を石積みの壁が覆っているほか退避濠らしいくぼみがいくつか見える。道は町からの道路が一直線につながるだけで周囲に建物はない。間違いないな。万一の爆発に備えた”肥料”倉庫だ。
[ボーグシュタットのほか王都周辺も含めてアラム聖国内に都合三か所、同様な施設があります]
「製造している場所はわかるか」
[過去の撮影を逆行監視するとこの倉庫へ搬入した荷馬車は王城から出発しています]
なるほど。理由は考えなくてもわかる。秘匿性もあるが、あの中にはほかの住民には見せられない技術があるに違いない。
[まもなくボーグシュタット上空です]
仮想スクリーンに展開された眼下の様子を見ると、街の大門に向かう馬車が長蛇の列をつくっていて、門のすぐ手前の広い範囲にテントや馬車が散らばっている。これはテント村というか手続きを待っている連中だな。
『街道横の森林地帯に降下する』
[了解]
ナノムによる変装が終わるまでまってから、森を抜けて街道へ向かう。すぐに長い馬車の列がみえた。よほど検査が厳重なんだろうな。待たされている商人に食事などを売り歩いている連中もいるようだ。商売のタネはどこにでもあるものだ。
ボーグシュタットの衛兵たちが悪知恵のまわるやつなら、わざと入国検査にかかる時間をかけて、商人たちに日用品や食料を売っている奴らから、売り上げの何割かを懐に入れるぐらいのことはするだろう。
後ろについてしばらく待ったが一向に列は進まない。あきらめて門の近くにテントを立てる連中が増えている。
「もう昼過ぎです。今日中に中に入るのは無理かもしれません」
ゴタニアの滞在時間が思ったより長かったからな。しきりに昼食勧めるタルスさんの言うことを聞いていたらこれどころではなかったろう。検査を受けるまで待っていては大樹海の拠点に戻るのはかなり遅くなる。
『せっかく来たんだからすこしは情報を集めたい』
『ちょうど物売りの男が近づいてきます』
ひとつ前の馬車に弁当を売っていたらしい男が俺たちのほうにやってきた。背中に大きな箱を背負っている。
「歩いてここまで来たのかい? 珍しいね」
「ああ、ゴタニアから来た」
「じゃもう一週間近く歩いてるんだ。そっちの人は奥さんかい」
「そうだ」
シャロンを見るとなぜか薄く頬を染めている。ナノムで変装しているから、はっきりはしないが。
「弁当を売ってくれないか。いくらだ?」
「二十五ギニーだ」
高いな。以前、ゴタニアの高級食堂で食ったシチューより高いぞ。まあ、食料の乏しい行商人の足元を見ているから仕方ないか。
俺が五十ギニーを渡すと、男は背負っていた箱を道端におろして、中からパンを取り出した。木箱の上面をまな板のようにして堅パンを薄く切っていく。パンに生ハムとチーズ、緑色の漬物のようなものを乗せたかと思うと、上にパンを重ねた。
『衛生上問題があります。この男、貨幣を触った手で調理しています』
『気にするな。万一の時はナノムに任せよう』
『はぁ』
シャロンは拠点の衛生管理、特に孤児院の子供の衛生を任せている。かなり気になるらしい。俺は叙爵の宴席で毒を盛られて以来、ナノムの解毒能力を信じることにしている。
男は慣れたもので、あっというまに素朴なサンドイッチを二つ作り上げて、俺たちに渡した。
「行商人へ弁当を売るのはかなり儲かるんじゃないか」
「しばらく前から急に検査が厳しくなったんでさ。おかげで商売も順調、ありがたいね。おっと、旅のお方には悪かったな」
「いや、かまわない。いったい何を検査してるんだ」
「ご禁制品の持ち込みでさ。見つかったら全没収のうえ追放……ひどいありさまで」
「禁制品ってなんなの? 教会のお守りとかアクセサリーとかだったら、街に入る前にあなたに引き取ってもらおうかしら」
セリーナも同じ疑問を持っていたようだ。
「魔道具や魔石とかですよ。教会の護符とかアクセサリーなら処分できますぜ。まあ、それなりのお代はいただきます」
金をとるのか。まあ後ろ暗い護符の類なら、法外な料金を吹っ掛けられても仕方がないか。
「なら処分はいいわ。魔道具でもないし」
「それは残念。またなんか用事が出来たらご用命くださいまし。おぉ、次が待ってる。……それでは」
男はそれだけ言うと、俺たちの後ろにつけた幌馬車の一隊に向かっていく。
『魔石は持ち込めませんね。白金貨もおそらくだめでなのでは』
『もしかすると化粧品もだめかもしれないぞ』
『治癒魔法との併用はやめておきます。素材だけ売れば問題ないでしょう』
『気になるのは一か月前から警備が厳重になったということだ』
『そうですね』
『イーリス』
[はい]
『警備厳重化の理由として考えられるのは何だろうか』
[打ち込んだビットで収集した会話データからは一か月ほど前からその情報が含まれています。ガンツ攻防戦の情報が到達したのが原因と思われます]
セシリオ軍の敗走の知らせが届いた時点でガンツの勢力、というか俺たちの戦闘能力を警戒し始めたということか。間違いなくガンツにもアラム聖国の手の者がいるようだ。初回の偵察としては十分な情報が得られたな。日も傾いてきたし、今回はこれで撤収だ。