「シャロン、俺の顔は問題ないか」
俺はすでに顔のふくらみがすっかり元通りになったシャロンに言った。まもなく偵察ドローンは大樹海の拠点に着こうとしている。
「大丈夫です。元に戻っています」
「この技術はナノムに負荷を与えるんだったな」
「超長期の運用は避けるようにとマニュアルにありました。人間の細胞は日々変化しているので変装期間が長いとナノムでも元に戻すのが大変らしいです」
そうだろうな。今回は特に老化しているように見える変装だから、うっかり連続使用して元に戻りませんでした、ではシャレにならない。
城館の中庭に着陸態勢に入ったところでセリーナから連絡だ。
『アラン、お疲れのところ申し訳ありませんが、特殊部隊の件でご相談が』
『わかった。シャロンも参加してくれ』
『了解』
セリーナには部隊編成を任せていたんだった。何かあったんだろうか。
「部隊編成のことでトラブルがあったんでしょうか。ダルシム隊長が反対したとか」
「俺はエルヴィンの配下からも選ぶように言っていたからな。たぶんその件かな」
ダルシムはかつて俺の命を狙ったエルヴィンを拠点に迎え入れるのに激しく反対していた。俺の直轄部隊に入れるというなら反発もあるだろう。
城館に戻れば仕事は山積みだ。たまには何もない一日、朝風呂と釣り三昧で過ごしたいところだが、俺たちには残された時間はあと二十日を切った。
着陸して城館の中庭を抜け、旅装も解かぬまま二人で執務室に入ると、セリーナが待っていた。
「アラン、ご無事で何よりです。……シャロン、”新婚旅行”はどうだった?」
「セリーナ! 任務だといったでしょう!」
シャロンが大きな声で反論するも、顔が真っ赤だ。
「夫婦で外国旅行したんだもの。新婚旅行なんじゃない?」
「違うったら!」
「でも私はいいの。王都でアランにこれを買ってもらったから」
「え」
セリーナはひと振りの剣をシャロンに見せた。おいおい執務室にそんなもの持ち込むなよ。
「どお? すばらしいでしょう。この魔法剣はなんと四十万ギニーもしたの。今回の任務のご褒美ってところかしら。日頃の任務の貢献が認められたというか」
「アラン、不公平です!」
「二人ともやめないか。その件はセリーナと折半して買ったものだ。プレゼントとかではないよ。任務に必要だったからな」
「でも……」
まあ予想はしていたがセリーナもかなり根に持つタイプだな。とりあえず着替えてからセリーナの相談に話題を変えよう。
突然、ドアが開いた。
「アラン、戻ったの? エルナが……」
入ってきたクレリアは俺の姿を見るなり言葉を止めた。
ドアを開けたまま、クレリアは俺たちを見つめていた。その顔には何の感情も浮かんでいない。
「その服装は何?」
「偵察の時に着る服だよ。貴族の服では目立ちすぎるだろ」
「その服装はスターヴェークの南方の服でしょう? 私も南部貴族の視察に行ったときに見たことがある。まさか、ドラゴンでアラム聖国へ行くつもりなの? たった二人で?」
語尾のトーンが急に上がった。これはもうだめだな。ドアに鍵をかけておけばよかった。セリーナとシャロンも騒ぎすぎだろう。
「偵察任務なんだ。今後のアラム聖国攻略にどうしても必要なことだ」
「アラム聖国の兵士は冷酷無比よ。スターヴェーク王国と何度も国境でいさかいを起こしてきた。そんなところに二人だけで行くなんて!」
「目立たないように少人数で行くんだ。シャロンも俺たちの軍で訓練を受けているから大丈夫だ」
「じゃ、その衣装は商人に化けるためなのね」
「そうだ。シャロンと俺は……」
急にシャロンが俺の腕に手をやった。なぜ止める。
「……夫婦という設定なんだ。これだと商業ギルド証もあるから入国しやすくなるらしい。詳しくは話せないが、顔も変装もする。心配かけることはないよ」
「夫婦、ね」
言葉を切ってしばらくクレリアは俺を見ていた。まるで俺のまつ毛の本数を数えているかのような完璧な無表情だ。……怖い。
「シャロン、エルナの容態を見てくれないかしら。少し熱があるみたいなの。セリーナもダルシムが編制の件でまた苦情を言っているわ」
「ではアラン、私はこれで」
「私も編成を練り直します。打ち合わせはのちほど」
『二人ともなぜ逃げる』
『エルナの容態が心配なので』
『ここはお任せします』
二人はナノム通信を切ってそそくさと執務室を出て行った。部屋にはクレリアと俺だけになった。……困った。
「アラン、教えてほしいのだけれど」
「心配かけてすまない」
クレリアはドアを閉め、腕を組んで立ちふさがった。俺が強行突破するとでも思っているのだろうか。
「アランのいた大陸の軍の規律はわからないけど、指揮官が最前線に立つというきまりでもあるの? しかも部下は一人だけしか連れていけないとか」
「ないな。そんなことはしない」
「ではなぜ」
「何度も言ったが、これは他人に任せられないんだ」
「エルヴィンがいるでしょう。もとはライスター卿の下で索敵や偵察をしていたと聞いたわ」
クレリアも俺が王都に出かけているあいだに、自分の疑問点をあちこち訪ねて歩いたらしいな。こうなると隠しようがないか。
「時間がないんだ。ベルタ国王は三週間以内にクレリアを王都に連れてくるように言っている。もしクレリアが国王やエクスラー公の手に落ちたら、スターヴェーク奪還は意味がなくなる。だからアロイス王国を背後で操っているアラム聖国を……」
「なぜそんな大事なことを黙っていたの! そんなに私が信用できないの?」
「そうじゃなくて……」
堂々巡りだな。こんな問いにまともな答えなんかあるはずがない。
『イーリス、こんな時はどうしたらいいんだ?』
突然、仮想スクリーンが開いて文字列が流れた。コメントなしで答えだけ投げるとはイーリスも辛らつだな。とはいえ、これを俺の口から言うのか。
「アラン!」
「……クレリアに不安を与えたくなかった。クレリアは俺よりロートリンゲンやアラム聖国に詳しいからなおさらだ。だが、秘密にすることでかえってクレリアを傷つけるかもしれない、とは思いもよらなかった。本当に済まない!」
突然、俺の左ひざが意思に反して急に曲がって片膝をつき、首が勝手に動いて頭を垂れ、貴族の謝罪ポーズになった。
「アラン!」
クレリアは俺に駆け寄って手を取った。
「気持ちは分かったわ。でもあなたはガンツの領主、この拠点の指揮官なの。軽々しく膝をついてはいけないわ。……私も言い方が悪かった」
「俺は……クレリアの気持ちを傷つけるくらいなら、辺境伯の地位も爵位もいらない。クレリアに比べればそんなものは……無意味だ」
「…………」
イーリスのやつ、なんてセリフを言わせやがる。言ってるそばから顔が赤くなってきた。立ち上がった俺を見つめたまま、クレリアは黙り込んだ。なぜか頬を染め、目をそらしつつ、
「も、もう少し詳しく教えてほしいわ。アランが私を信頼しているなら」
「わかった。着替えるから少し時間が欲しい。シャロンたちにも同席してもらってから話そう」
「わかったわ」
クレリアは先ほどの勢いはどこへやら、静かに執務室を出て行った。
『イーリス』
[はい]
『ナノムを使った筋電位強制駆動は許可なく使用しないでくれ』
[生命の危機にあると判断した場合は使用可能です]
……そうなのか。