惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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決断

 

 クレリアがドアを閉めてすぐにシャロンが言った。

 

「アラン、今回の任務は私に任せていただけないでしょうか」

「シャロン一人で行かせるわけにはいかない」

「アランがお一人でも同じことです」

 

 俺たち三人だけで回すのがだんだん難しくなってきたな。戦力増強が必要だ。基本に立ち返ろう。

 

「イーリス、俺たちは第一種非常事態宣言下にある。この場合、戦力の増強はどのように進めるべきだろうか」

[戦力の質的向上、戦力の量的向上、敵勢力の減弱化(相対的戦力増強)で考えるべきです]

 

 ナノムを体内に宿す俺とセリーナ、シャロンは戦闘能力という点ではこの惑星の頂点にある。これ以上の向上は望めない。となると……。

 

「アラン、お願いがあります」

「なんだ」

 

 セリーナとシャロンは一瞬目を合わせて、セリーナが話すことにしたようだ。

 

「クローン禁止を解除して、私たちの兄弟を増やしていただけませんか」

「クローンは人類銀河帝国、いや帝国国教会にとって禁忌だ。……すまない。セリーナとシャロンを否定するつもりで言ったわけじゃない。一般論だ」

「この惑星には帝国国教会は存在しませんし、我々の人的資源は限界に近づいています。大陸制覇の暁には軍事だけでなく、政治・経済にもかかわる人員が必要になってきます」

 

 

 人類銀河帝国の帝国国教会がクローンを忌避するのは、教義として人類のあるべき姿を厳しく定めているからだ。この教義のためにナノムの実戦配備は遅々として進まなかったくらいだ。だが、人類銀河帝国がこの技術を警戒するのには歴史的理由がある……。

 

 

 帝国紀元前33年、人類銀河帝国の前身組織である人類銀河同盟はサイヤン帝国と遭遇、敵の一方的な宣戦布告により星間戦争が勃発した。

 

 人類銀河同盟側は戦争の初期において、テクノロジーの上で一歩も二歩も進んでいたサイヤン帝国に押されていた。

 

 敵艦隊の高速機動と物量に加えて、地上戦においては敵のAIによるハッキングにより同盟側の戦闘ボットが壊滅、人間の兵士にかかる負担は激増していた。その上、敵のクローン兵のすさまじい戦闘能力により各戦線は次々と破られていったのである。

 

 兵士一人一人が同盟側の最優秀兵士をもしのぐ能力を持ち、しかも兵士をまるで工場製品のように大量に生産するサイヤン帝国のシステムが、兵士の育成に時間がかかる同盟側を苦しめていた。

 

 クローン技術の根幹はこのサイヤン帝国由来であるというのは公然の秘密だ。これが重症者の手足の復元などの治療を除けば現在も禁忌となっている理由の一つである。

 

 だが、サイヤン戦争の中盤、同盟側のある天才科学者による合成レトロウィルスの発明で、戦局は一変した。

 

 人類銀河同盟はサイヤン帝国の版図にある星系に、このウィルスを無差別散布したのである。数か月後に、共通する遺伝情報を持つ数十万のクローン兵士だけが同じ病気で激しい高熱と自己免疫疾患を引き起こし、内臓を溶かしていった。

 

 これは同一の遺伝情報を持つクローン兵士のみに感染し、致死に至らしめるという悪魔の発明だった。

 

 クローン兵士がどんなに優れた能力を持っていたとしても、その人数が増えれば増えるほど集団としての遺伝的脆弱性が露わになる。これを教訓として、人類銀河帝国成立後、クローン技術を兵士には適用しないことを決定している。同時期に初めて”あるべき人間の姿”を規定する帝国国教会の思想が芽生えたといってよい。

 

「俺が見てきた航宙軍兵士の中でも、セリーナとシャロンを超える兵士はいない。どちらも優秀で俺と一緒に行動してくれることに感謝している。だが、クローン技術は適用すべきでないと上官として判断する。……これ以上の議論はしない」

「わかりました」

 

 セリーナは平板な声で応え、シャロンは少しうつむいている。少しすまないような気がする。二人を否定したのではなくクローン技術の乱用を警戒しているだけだ、ということは伝わったろうか。

 

『イーリス、ほかに人的増強の方法がないか検討しておいてくれ』

[了解]

 

「では、現兵力の質的向上ということで、試験的にエルナの能力を拡張してはいかがですか。ナノムの能力もまだ完全にアンロックされていません」

 

 エルナがいくら優秀だとしても、我々のレベルに追従できるだろうか。だが、この大陸生まれの人間の育成は、今後避けては通れない問題だ。彼女を実験台にするつもりはないが……。

 

「シャロン、もし失敗したときはどうする。相手は我々と同じ感情を持った人類に連なる者だ」

「私が責任をもってケアします」

「わかった。試験運用として、ルドヴィークのギニーアルケミン入手はシャロンとエルナに任せる。出発は明朝とする。クレリアには俺から説明しておく」

「了解」

「セリーナはダルシム隊長に連絡を取って、エルナの代わりに女性衛士をクレリアに付けるように伝えてくれ。それから引き続き特殊部隊の創設にあたること」

「了解」

 

 二人とも硬い表情で執務室を出ていく。俺は上官として適切な指示はできていただろうか。

 

 

 二人が執務室を去ったあと、イーリスだけが残っていた。

 

[アラン艦長、戦力増強について提案があります]

「クローンを使わないで増員する方法か」

[はい。概要を送ります]

 

 仮想スクリーンにテキストと画像が流れ始めた。読み進めるうちに俺の背中に冷たいものが走る。これはあまりにも非人道的だ。

 

「イーリス、これは死者への冒涜だ。許されるものではない」

 

 イーリス・コンラート号は超空間を航行中に何者かにより攻撃され、この星系にワープアウトした。その時点で二つのコールドスリープセクション、さらに重力制御セクションまでが破壊され、乗組員千二百名のうち、通常勤務についていた四十九名以外は全員死亡している。

 

 その直後、重力制御ダンパーのない部署にいた乗組員は艦内の隔壁にたたきつけられ、俺がショックから目覚めた直後に、ただ一人かろうじて衝撃を生き延びたアウジリオ大尉が絶命、俺だけが生存者となった。回収できた彼ら四十八名の遺体の一部は艦内ボットの手により医療セクションに冷凍保管されている。

 

 イーリスの視点では、それらは選び抜かれた精鋭たる航宙軍兵士の遺伝情報にほかならない。

 

 計画では彼らの体細胞を化学的若化処理により退行させ、精子と卵子を作り出す。現存する四十八のサンプルからは、遺伝的重複のない組み合わせで受精卵を2352組作成可能だ。

 

 計画では受精卵をコンラート号にあるクローン槽を人工子宮としてその中で育てる。その後はセリーナたちと同じく仮想環境下で成体になるまで教育を施す、というものだ。現在はクローン槽は二基だけしかないが、資材が整いしだい艦内には最大十二機設置可能という。

 

 さらに指揮官クラスの育成が必要な場合は艦内に残るコンラート准将の遺伝情報を利用する計画だ。

 

「認められないな。クローンもそうだが、胎児の仮想環境下での教育はサイヤン帝国の技術そのものじゃないか。子供には家庭が必要だ」

 

 イーリスの立体映像が薄暗い執務室で俺に少し距離を詰めた。そして瞬きもせず俺の顔をじっと見つめている。イーリスがこれほど長考するのは珍しい。

 

[アラン艦長。ではこのように考えてはいかがでしょうか。亡くなった四十八名はいずれも航宙軍の兵士として、人類の繁栄とバグスの殲滅という使命にその身を捧げていました。もし彼らが、今生きていたとして自分たちの遺伝情報が惑星アレスの人類を救うという事実を知ったら、喜んで提供してくれるのではないでしょうか。それともあくまで人道を全うして、少ない戦力でこのまま大陸統一をなされるおつもりですか]

 

 それは詭弁だ。死者は生者に語るすべを持たない。死者の代弁者という形をとったイーリスの主張は認めることはできない。だが、現行勢力のままでは無理なこともわかっている。

 

 どうする。人間的なあるべき姿を全うしつつ戦力を向上させるにはどうしたらいい?

 

 セリーナとシャロンにも弱点はある。戦闘員としての能力は申し分ないどころか俺よりも上だ。脳に刻まれた戦闘規範や訓練のおかげで戦闘中は問題ないだろう。

 

 しかし、日常のほんの些細なところで――例えば対人関係とか――で、不器用さが現れることがある。仮想環境下の速成教育では補えない、年齢相応の感情面があらわになることがあるのだ。これを解決するのは支えてくれる家族の存在しかないだろう。

 

 

『イーリス、人工子宮による航宙軍の増強を認めよう。ただし高速育成は出産までとし、さらに仮想環境下での教育は認めない。あくまでゼロ歳児から人間として彼らを育てる。俺とセリーナとシャロンは彼らの家族として育成に当たろう。遠回りだが、十年、二十年先を見据えた増員だ』

[了解しました。シャトル便による資材搬入のめどが立ち次第、実行に移します]

『イーリス、最初は二つの育成槽だけを使用するものとする。まずは二人だ。育成計画書をまとめて、セリーナとシャロンにも参考送付してくれ』

[了解]

 

 第一級非常事態宣言下とはいえ、俺はあまりにも多くの逸脱をしている。もし俺が人類銀河帝国に帰還するようなことがあれば、銃殺刑は間違いないな。

 

……どのみち最短でも三百五十年は迎えは来ないが。

 

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