惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

15 / 150
談笑の影に

 城館の真新しい謁見室に入ったとたん、一瞬誰かと思った。

 セリーナたちは航宙軍女性士官が公的な催しで着用するフォーマルドレスを着ていた。クレリアは例のゴスロリ風のドレスを――かなりお気に入りらしい―着込んでいる。

 もう一人、航宙軍のドレスを身にまとっているのはエルナだった。

 すこし高めのカラー、純白の生地に腕の金のカフスが眩しい。エルナはセリーナたちより背が高いうえに、剣技の修行のせいか背筋を伸ばした姿は凛々しいという言葉だけで足りない気がする。兵学校時代の女性教官をふと思い出した。

 目が合うと、エルナは顔を赤くしている。ちょっと長く見つめすぎたかもしれない。

 

『シャロン、エルナの制服だけど』

『昨夜着水した脱出ポッドの中に航宙軍の儀礼用の制服が一式あったので。私たちとおそろいにしてみました』

『エルナは自分の所属する軍ではないからと固辞していたのですが、礼服だと言うと着てくれました。似合うでしょう?』

『ずっと着慣れているような感じだな。よく似合ってる』

『エルナに伝えておきます』

 容姿はともかく、エルナは兵士としての素養は卓越している。この世界で二番目のナノム投与はエルナにすべきかもな。

 

 

 謁見室の高座からクレリアが話しかけた。

「サイラスギルド長」

「クレリア様」

 サイラスさんたちは高段に座るクレリアにひざまずいて貴族への挨拶をした。

 なんか俺のときとだいぶ態度が違わないか。

「遠路はるばるご苦労。この街に支店を設けた英断に感謝する」

「お言葉痛み入ります。今後とも商業ギルドとして可能な限り協力いたします」

 サイラスさんもごく自然に貴族むけの振る舞いで、こなれた感じだ。ガンツの屋敷で饗応されたときとはえらく違う。クレリアを完全に貴族と認めているようだ。

 ……叙爵されたのは俺なんだけど。

 

 なんとなく俺から見れば堅苦しいやり取りが続いたあと、晩餐となった。

 シャンデリアが煌々と輝く一階の広間は、すでに給仕役の使用人が控えていた。俺とクレリアが最後に広間に入り、着席するまでサイラスさんたちとカトルは起立したままだ。クレリアが着席すると同時にようやく晩餐が始まった。

 

 給仕が食前酒を細長いガラス製の盃に注いでいく。

 一口飲んで、サイラスさんが言った。

「これは発泡酒か。適度な冷たさが胃の腑にしみるな。食欲が増すような爽快さもある……。アラン、ここで作ったのか」

「ええ。この城館にも小さな工房がありましてね。実験を重ねているところです」

 実験は七百キロ上空のコンラート号艦内にあるシミュレーションモジュールで実行し、ダウンロードした結果をもとに地下工場で醸造している。大量生産を目的としていないので量はつくれないが、発酵迅速化技術によって大抵の酒は短い期間で醸造可能だ。

「……美味いな。こんな美味い酒が食前酒とはな。王族でも飲んでいないだろう。アラン、いったいいくらで、」

「お父様。お招き頂いた晩餐会で商売の話は失礼ですわ」

「いえ、構いませんよ。以前、ギルド長の邸宅で会食した際もいろいろと便宜を図っていただきましたし……前菜が来たようですね。どうぞ召し上がってください」

 

 といいつつも、俺の心は穏やかではない。

 つい先日、バイオリアクターが俺の犠牲的精神の末、本格稼働してアミノ酸合成に成功したのだ。今回はタンパク合成まではしていないが、旨味調味料ぐらいはすぐにできた。今日はその試食会も兼ねている。製造した調味料は人類銀河帝国内ではよく知られたもので、この惑星の人間にも好評だったら製品化できるかもしれない。

 個人的にはまだ引っかかるものがあるし、菌株作製については大いに問題にしそうなセリーナとシャロンには伝えていない。イーリスにも箝口令を敷いている。

 

 前菜は蒸したポトと葉野菜のサラダにドレッシング(リアクター菌株由来)をかるく振りかけたものだ。ちょっとカラシがきいた小洒落た一品だ。

 

 俺は自分の皿には手を付けずみんなの反応を待った。サイラスさんはまだ食前酒が気にかかるのか、上の空で口に入れている。あれ、お気に召さなかったかな?

「うまっ!」

 変な声を出したと思ったらテーブルマナーそっちのけでガツガツ食べている。

「お父様!」

 まだ口をつけていなかったアリスタさんが青くなって止めに入っていた。貴族の前ではとんでもないマナー違反だ。

「アリスタ、お前もだまって食べろ」

「アリスタ様、このサラダは……」

 そのまま絶句するカリナに目をやったアリスタは恐る恐る口に入れる。

「…………!!」

 

「お気に召したようで何よりです」

 セリーナとシャロン、クレリアにも好評なようだ。エルナの視線が俺の手つかずの皿に向かっているのにはちょっと笑った。そういえばエルナはポトを使ったサラダに目がなかったな。カトルはすでにきれいに皿を空にして思案顔だ。おそらくこの調味料をいくらで売ったら儲かるかを考えているに違いない。

 

「いや、おかしいだろうこれは。ただのポトと葉野菜のはずだ。なんという深みのある味だ。これをかけると野菜の青臭さが消えて実に旨い」

「お野菜にはお酢と塩を混ぜたものをよく使いますが、普通のお酢ではなく、果実酒から作ったお酢のようですね。あと素晴らしく深みを与えるものが入っています」

 さすがにアリスタさんは貴族の教育を受けただけあって舌が肥えている。気に入ってくれたのなら何よりだ。商品化決定だ。

 

 メインディッシュはビッグボアのステーキにガーリックもどきを添えて、塩コショウをふったシンプルなもので、しばらくつづいた非常用食料にあきた俺の舌には十分満足できる味だった。

 が、さっきの衝撃からサイラスさんたちは立ち直っていないのか、なんとなく食が進まないようだ。最初のがインパクト強すぎたせいか。

 

 会話は食材の話から、近隣のよもやま話に移って、なんとなくだが上っ面に終始した。クレリアとエルナがなかなか会話に入らず、そっけない。きっと疲れているのだろう。

 当たり障りのない会話が続く中、サイラスさんの視線とぶつかることがあった。なぜか俺以外に聞かせたくないことがあるような気がする。

 

 デザートはナッツを散りばめたケーキだ。これはゲルトナー大司教の所で出されたお茶菓子がうまかったので参考にさせてもらった。その上には冷蔵器具で作ったアイスクリームが載っている。

「これは! このつめたいクリーム? のようなものはいったい」

「うまいな。これも。王族でもこんなものは……」

 この人さっきから同じことばかり言っていないか。

「お父様は辛党ではなかったのですか」

「いや、うまいものは旨い。アラン、これを販売するつもりはないか」

「いえ、まだ実験中でしてね。冷凍した食材を販売するとなるとそれなりの施設も必要でしょうし」

「うーむ。ここでしか食べられないとは残念だ」

 

 食事が終わり、食後酒が給仕されていく。

 俺は自分のグラスに手を付けず、全員の反応を観察する。実験室で結構テイスティングしたから今飲む必要はない。ここは酒の味がわかるサイラスさんの反応を観察するのが一番だ。

 サイラスさんは一口飲んで口の中で転がすようにしたあと、ごくりと飲んだ。

「これは……酔わせる成分が強めだな。それでいてさっぱりしている。甘みもあるがさっきのデザートのせいか逆に柔らかくかんじる。満足した食事を埋める最後の一ピースというところか。ただ、うますぎて飲みすぎる危険はあるな」

「私はあまりいける口ではないのですが、甘みがあってとても美味しいですね」

 この親子が太鼓判を押すなら合格だ。

 シャイニングスターのなかでも酒に強いエルナも頷いている。クレリアはほんのすこし飲んだだけで、杯を置いていた。そういえばガンツで祝いがあったときにワイン樽を開けて大騒ぎをしたことがあったっけ。あのときのクレリアは結構面白かった。あとでエルナに酔っ払った状態を事細かに教えてもらってだいぶダメージを受けたらしい。自粛しているのはそれが原因だろうな。

 

 食事の終わりかけの頃にクレリアが言った。

「せっかく来たからには居城の中を見学してもらったらどうか」

「まだ完全にできたわけではありませんが、良ければご案内しましょう」

『セリーナ、シャロン、案内を頼んでいいか。俺はサイラスさんと話がある』

『了解』

「残念だが私は少々飲みすぎたようだ、失礼かと思うがこれで退出する。見学を楽しんでくるといい」

「クレリア様、本日のご饗応に感謝いたします」

 アリスタさんとカリナが頭を下げた。

 

 俺は大広間に残った。テーブルの上がきれいに片付けられたあと二人だけになった。なぜかカトルのやつは居城見学についていってしまった。やれやれだ。

 

 サイラスさんはグラスを持ったまま、巨大な窓ガラス越しに商業エリアの方を眺めていた。夜も更けたが、まだあちこちに明かりがついている。魔石製の照明器具が行き渡っているせいで、夜も作業する工房も出てきた。

 ガンツではどんなに忙しい工房でもオイルランプが主流なので照度も低く、夜間作業はしない。当然、こちらのほうが生産性は高くなる。

 

 グラスを傾けながらサイラスさんは言った。

「アラン、今日見た限りでは開拓も順調なようだ。だが、街が充実するのにまだしばらくかかるだろう。そのあいだ新しい仕事に参加してみないか」

「新しい仕事、というと何でしょう。酒造りはごめんですよ」

「酒造りは問題なく進んでいる。さっき飲んだ酒にくらべれば品質は落ちるがな。それでも今までの酒造業者は潰れるだろう。ほとんどうちの独占になる。潰れた業者は引き取ってうちの酒造場で働かせる。言うことなしだ」

 

「ただ問題が一つある。護衛だ。もう二回もうちの酒運搬の隊商が襲われている。醸造所もだ。同業者の妨害というところだろうな。それとうちの専属の鍛冶屋から蒸留器の設計図を盗もうとするやつがいた。アランが作ったやつだ」

 たしかに酒商売はもうかる。一度顧客を開拓すれば、ずっと消費が望める。それはライバルも同じで、サイラスさんが高品質な酒を廉価で売りさばけば、恨む者も出てくるだろう。

 

「どうだ、アラン。うちの商会と専属護衛契約を結ばないか。冒険者ギルドのケヴィンにはわるいが、お前のもっている兵のほうが腕が立つ」

「叙爵されたとは言え、冒険者ギルドへの義務は残っているので。例えばスタンピードが起これば出動することになります。サイラス商会との専属契約によりほかの冒険者たちが職にあぶれるようだとギルドからも悪感情を持たれるでしょうね」

「貴族なんだからそこは押し切れ。というか冒険者ギルドに参加し続けるにはギルドに貢献しないといけないはずだ。最後にギルドからの依頼を受けたのはいつだ?」

 しまった。すっかり忘れていた。依頼の実績報告をしないと、ランクが下がるんだった。

『イーリス。今のランク維持の刻限はいつだ』

『あと九日です』

 くそ。あと九日で降格か。せっかくシャイニングスターのみんなで勝ち取ったランクだ。降格すればクレリアも残念がるだろう。

 

 サイラスさんは俺の心を読んだかのようにニヤリとした。

「アランが冒険者ギルドのメンツを潰したくないなら、商会が雇っている冒険者どもはほかの物品輸送に振り分けてクビにしないでおこう」

「その方がいいですね」

「俺の情報だと、こちらの兵には元貴族とかがいるんだろう? 護衛業務をやってくれるかどうか……。痩せても枯れても貴族様だ。プライドが高くて断られるかもな。だがな、隊商の護衛であちこちに行くんだ。それこそアラン、というかクレリア様の欲しがっている情報が手に入るかもしれんぞ」

 

 ほんと、この人は奥が深いな。豪放磊落で、派手なことが大好きなくせに恐ろしく頭が切れる。人を動かす術にも長けている。硬軟使い分けるところはさすがに「長」と言われるだけのことはある。

「いいでしょう。十分な人材を手配できる心当たりがあります」

 腕が立ち、情報収集に長けた集団だ。一族代々に伝わる実績もある。ライスター卿にも一声かけておこう。

「よし、隊商一つにつき往復の護衛で五万ギニーでどうだ。情報収集代と隠れ蓑の提供でこの値段は十分すぎるだろう」

 安すぎなばかりか、あまりの恩着せがましさに思わず笑ってしまう。

「護衛は一人でいいんですか? 五万ギニーだとそれくらいしか出せませんが」

「最低十人。酒運搬は最低でも荷馬車六台で移動する。二十万ギニー」

「六十万ギニーでお受けします」

「くっ……。四十万ギニー」

「費用を激減させる方法を助言できます。そのかわり六十万ギニーは譲れません」

「助言だと。こんなにふっかけておいて何を言う」

「酒をほとんど製造しなくてももうける方法です」

「なに! そんな方法があるのか」

「六十万ギニー」

「よし、乗った」

 言い切ったサイラスさんはグラスの酒を一気に飲み干した。

 

「すぐに教えてもらえるんだろうな。その方法とやらを」

「契約書を作成した後にお教えしましょう」

「……そうか。なかなかやるな。今日はここに泊まるつもりだったが、俺はガンツに戻る。サイラス商会で正式に契約書を作らせよう。アランも近いうちにガンツに行く用事があるはずだよな? ケヴィンが会いたがってたぞ」

 この人は骨の髄まで商人だな。まあいい、俺の予想ではこれから一、二年は相当な荒稼ぎができそうだ。

 

 

 広間にセリーナたちが現れた。居城見学は終わったらしい。エルナとクレリアの姿は見えない。俺は玄関までサイラス親子を送った。急に戻ることになってアリスタさんは残念がったが、素直に父親に従った。

「本日は多大なるおもてなしに感謝いたします」

 アリスタさんとカリナが丁寧に頭を下げた。サイラスさんは俺をしばらくじっとみてから、

「これからの取引を楽しみにしてるぞ。大樹海のお宝についても話していこうな」

「お父様! お言葉にお気をつけください」

「いいんですよ。こっちもお世話になっていますから」

 なんだろう。サイラスさんは俺が金鉱でも掘り当てたかのように言っているがそんなに財政よくないんだけどな。本当に樹海に金塊が埋まっていればいいんだけど。

 

 サイラス父娘が馬車に乗り込み、カリナがドアをしめた。そして俺に向かって深々と頭を下げると御者台に登っていく。その顔からは昼間見せた笑みの欠片もない。

 

 おっと、俺の視界からフェードアウトしようとしている若者を捕まえる。

「カトル」

「すみません、つい見学の方にいってしまいました。サイラスギルド長の目つきが尋常でなかったものですから。逆らったらやばいかなと」

 それは気が付かなかった。あの人の人心掌握術は馬鹿にできないな。まあ、いい。

「カトル。サイラス商会と護衛契約を結んだぞ。隊商一隊、一往復で六十万ギニーだ」

「ろっ、六十万ギニー! 護衛だけで? 一体どうやったらそんな契約ができるんですか! 教えてください」

「まあ、俺の人徳かな?」

「アラン様!」

 カトルには今日の打ち合わせを逃げた罰としてすぐには教えないでおこう。

「カトル、この件でサイラス商会で契約を結ぶことになった。数日中に出かけることになると思う。準備していてくれ」

 それからもカトルは内容を知りたがったが、適当にいなして帰ってもらった。

 

 もうクレリアもセリーナたちも居室に戻ったらしい。

 ただ一人、大広間で俺を待っているらしい人物を除けば。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。