惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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【閑話】イーリスの決断

 惑星アレス軌道上、航宙艦イーリス・コンラート号……。

 コンラート号の軍用AI、イーリスは拠点上空の偵察ドローンの視点に切り替えた。

 

 兵舎からライスター卿、その子息アベル、そしてエルヴィンの三人がアラン艦長の城館に向かっている。子息の手を借りてもライスター卿の歩みはひどく遅い。到着するまでしばらくかかるだろう。

 

 ライスター卿の兵舎にも情報ビットを設置済みだけれど、アラン艦長は彼らから直接聞きたいという。凄惨な尋問の状況を詳しく伝える必要はないにしても、ライスター卿の報告に虚偽があれば報告しなければ。

 

 

 アラン艦長は査定システムによる評価では、[A-]。この艦でも上位数パーセントに位置するとても優秀な人物だ。宙兵隊情報第一小隊の一員として任務をそつなく確実にこなしていた。航宙軍の士官としては考え方がとても柔軟で、亡くなった他の乗組員たちが私には命令口調だったのに、艦長はきちんと感謝の言葉をかけてくれる。

 けれど彼の本来の善良さが、裏切りに満ちた貴族社会では足かせになってはいないだろうか。

 

 第一級非常事態宣言下で、私の権限は大きく変化している。人間の目的遂行のためにサポートするのがAIの務めならば、彼にできないことを私が実行すべきではないかしら……。

 

 私の支配下にあるノードの一つが警告を発した。航行管制AIが大樹海の拠点から打ち上げられたシャトル機の到着を告げている。積載物を取り出すべくメンテナンスボットはすでに格納庫に集合していた。

 

 第一回のシャトル便は無人で、大樹海の希少金属と水だけを輸送する。水は船内で電気分解され、酸素は有人区画に供給し、水素は同位体分離ののち核融合燃料として蓄積しておく。リアクターが使えない現在、非力な核融合炉に頼るほかはない。資源の蓄積が進めば、本格的な艦体修復を始められる。

 

 ここまでは予定通り。順調だけれど、アラン艦長の目指す大陸統一は明らかに予定より遅れている。何が原因なのかしら。アラン艦長がクレリア王女とその配下を引き連れ、大樹海に入植して以降の進捗を振り返ってみよう。

 

・産業の創出。

入植当初は大樹海から切り出した材木販売だけだったのを、サイラス商会に蒸留酒の製法を伝授して蒸留器を販売。さらに拠点のバイオリアクターで製造した万能調味料の販売が売り上げを伸ばしている。続いてアラン艦長考案の化粧品開発を通じてガンツ魔術ギルドとの強力な関係構築に成功。これにより、兵の給与や拠点の維持に必要な資金を確保した。

 

・新決済方式の導入

 アラン艦長が考案した新決済方式を拠点内で試験運用することが決定。これによる信用創造により経済規模の拡大が期待できる。

 

・ガンツ攻防戦の勝利。

ドラゴン部隊と軌道上からの誘雷、ドローンによる精密射撃を組み合わせた戦術により、七万五千人のセシリオ王国軍を撃破。その結果、スターヴェークの傭兵たちを迎え入れて拠点の人口は八千人を超えた。

 セシリオ王国の王族との交渉により、今後は資源開発で互恵関係を結ぶことに成功。ただし、ベルタ王国への賠償金は当方が負担することに。

 

・ベルタ王国辺境伯の地位を確立。

アラン艦長はベルタ国王により、大樹海の拠点および城塞都市ガンツを正式な所領とした。これにより拠点以南の樹海をガンツ方面に開拓を進めることが可能となった。入植者が増加すれば、やがて二つの都市は一体化するだろう。

 

・戦略的資源の発見。

 大樹海の地中探査の結果、銀の有望な鉱床を発見。また、セリーナの探索により、推定二千トン以上の魔石が堆積する魔石鉱山を発見。今後の経済的発展に寄与するものと考えられる。

 

・レアメタル生産の本格化

グレゴリーたちがしばらく占拠していたレアメタル鉱も、アラン艦長の説得により採掘を再開できた。ただし、ドラゴンの求めるレアメタルの謎、グローリアの一族が衰亡した原因も未解明だ。今のところグローリアの体調は良好。私は全力でこのドラゴンの謎を解くつもりだ。人類以上の知的生命体と言っていいドラゴンを滅亡させるわけにはいかない。

 

・シャトル機の製造および離発着場の建設が完了。

 複数の偵察ドローンを解体・流用することで軌道上へのシャトル機の製造に成功。コンラート号への物資移動を開始。

……

……

……

 一見、順調に見える。

 でも私の最大の懸念事項はアラン艦長の健康状態だ。もう長い間休暇を取っていないし、あらゆる事案と打ち合わせににてアラン艦長は参加を余儀なくされている。これは人材不足の証明にほかならない。指揮官としてほかの仕事が山積しているというのに。

 

 人的資源が圧倒的に足りていない。私が慎重に組み上げた航宙軍兵士の遺伝資源を利用した増員計画もアラン艦長が許可したのはたったの二名だけなのは残念だ。しかも速成教育はしないというかなり限定したものだ。

 

 これ以上、最高指揮官としての戦略立案、科学の研究に集中できない状態が続いてはならない。まさに危機的状況であると判断される。

 

 ではどのような私はどのような対応をすべきなのだろう。艦長に仕える航宙艦のAIとしての私ができること。

 

“私は本官に与えられた権限をもって第一級非常事態を宣言する。さらに、航宙艦イーリス・コンラートに対し本艦の戦力維持と航宙軍の戦力維持のために、必要なあらゆる手段を講じることを命じる。これは艦長命令だ。すべての規則に優先する”

 

 これはアラン艦長が私に惑星への降下直前に下した命令。コンラート号のAIとして、これは私が全力で実行せねばならない至上命令だ。

 

 私にかけられている制限を遵守したうえで、”航宙軍の戦力維持”のために、なすべきこと。

 

 ……ずっと以前から胸に秘めていたあの計画。

 

 その実現のためには当然ながらアラン艦長の許可が必須だ。私は城館の執務室にいるアラン艦長へ回線を開いた。

 

[アラン艦長、先ほどシャトル機の第一便が到着しました]

『初の打ち上げだったのに立ち合いもできなくてすまない。……今後の発着スケジュールはどうなってる』

[資材輸送は二機のシャトルで三日間隔で交互に行います。当面、金属資材は艦内工場で汎用ボット用の部品製造に使用します]

『ボットの損耗もひどいからな。そっちの方が優先だな』

[現在、艦内の汎用ボットをすべて降下させています。今後メンテナンスボットではできない作業もありますので、次の便で二機の汎用ボットをシャトルで回収したいのですが]

『わかった。離発着場に用意しておくよ』

 

[シャトルの運航については以上ですが、艦長にお願いがあります]

『なんだ』

[アラン艦長が惑星に降下したときに、プロセッサモジュールを持っていかれました。まだお持ちでしょうか]

『ああ、モジュールのレアメタルは結局使わなかったな。ナノムに必要な分はレアメタル錠剤で間に合ったし、それに大樹海で優良な鉱床が見つかったからな。もう必要ないかな』

[次のシャトル便で回収してもよろしいでしょうか。艦隊の営繕規則では不具合が出たパーツは完全換装となっていますが、艦内工場で修復したいと考えます]

『交換用パーツとして使うんだな? イーリスの寿命を少しでも伸ばすなら大賛成だ』

[ありがとうございます。今後、アラン艦長が本艦に戻られた時のために、食料その他、一時滞在に必要な資材も運搬します]

『わかった。アラム聖国の件にいったん区切りがついたら、俺も艦にもどる。それまでに住居区画の補修を頼むよ』

[了解]

 

 これで”事実上の許可”を獲得したわ。一部のAIノードはかすかに異議を唱えていたけれど、アラン艦長のお体の負担を減らす大義の前にあっては些細なことだ。

 艦長との通信を切った後、私は生産部門の下位AIノードをコールする。資源の一部を艦内工場に移送することと、居住区格及び医療部門での準備作業を命じた。

 

 いよいよ、あの計画を実行するときが来た。第一級非常事態でもなければ、これほどの計算資源を私が独占することはなかっただろう。けれど、軌道上の私には考える時間がたっぷりあったし……それはアランと私にとって必要なことだったのだ。

 

 

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