『イーリス』
[はい]
『ライスター卿の報告は尋問の内容とあっているか』
監視社会みたいでいやだが、いつぞやの火災事件以来、兵舎には情報収集ビットを打ち込んである。過度な飲酒や騒ぎを未然に防ぐためだ。
[彼らの証言は尋問した内容とほぼ一致するのですが、アラン艦長に伝えていないことがいくつかあります]
すぐさま俺の仮想ウィンドウが展開して文字列がスクロールしていく。
[この大陸の慣習に従えば、バールケの血族全員がライスター卿の復讐の対象となります]
『復讐の対象はバールケ個人だけではないんだな』
[はい。ライスター卿は子息を除いてすべての親族が斬首されています。彼らも同様な復讐を考えているでしょう。このリストはバールケ一族の一覧です。そのほか、ライスター卿の派閥にありながらバールケと通じていたケッペン家とレデラー家の当主の名前も記載されています]
結構な人数だな……。一族郎党全員が対象なのか。貴族たちの血縁に対する執着はすさまじいな。とはいえライスター卿の気持ちはわかるが、こういった憎悪の応酬につながるような虐殺は避けるべきだよな。
「アラン、ヘリング夫人の名前もありますが」
へリング夫人は確かバールケの姪だったはず。そういえば査察でヘリング夫妻が城館に滞在中、ライスター卿は兵舎にほとんど閉じこもったままだった。もしかしてあの時点ですでにヘリング夫人を敵視していたとしたらこれは問題だ。
「夫人にはずいぶん助けられましたし、彼女はベルタ王都での活動に必要な人材では?」
「ライスター卿からも学ぶことは多い。どちらも失いたくない人材だ。これは調整が必要だな」
[次の報告です。現在ベルタ王国の国境付近で不自然な動きがあります]
仮想スクリーンに国境付近の画像が展開する。国境にはアロイス王国側からいくつかの矢印が国境を越えている。
[ここ数日で、アロイス王国からベルタ王国への流民が急激に増加しています。ベルタ王国は特に規制をしていませんが、現地民との小競り合いなどが発生しています]
ベルタ王国がこれまで他国からの難民に寛容だったのは、国内に十分な食料備蓄と、難民の労働力を必要とする産業があったからだ。しかし、それが武装難民だと話は違う。
国内に新たな労働力として迎えたものの、それが武装蜂起すれば、一国の軍隊を相手にするよりたちが悪い。つまりこれは……。
「アロイス王国の侵攻が近いな」
[端的に言って動乱前夜といってもいいでしょう。一般的には流民が総人口の二割に到達すると浸透された側の形勢逆転は困難となります]
まずいな。俺がシャロンとゴタニアの町を再訪したときにも、怪しい男たちが街中をたむろしていた。もしあの連中がひそかに武器を持ち込んでいたとしたら……。
ベルタ王宮がセシリオ王国の侵攻やクレリアの召喚で浮足立っている隙に、真っ先に武装蜂起の犠牲になるのがゴタニア、か。
唐突にお世話になった人々の顔が浮かぶ。タルスさん、ヨーナスさん、そして魔術ギルド長のカーラさんやリリー、宿”豊穣“のバース……。あの人たちが難民に襲われる姿は見たくない。
敵は軍ではないから容易には判別できないうえ、警戒を強めれば、誤って無実の人間すら排除してしまう危険がある。古来より戦史には自国の兵士や犯罪者を難民と称して大量に送り込んで領地を奪取した例は枚挙にいとまがない。というか、正規兵の導入以前にそういった浸透工作が行われるのが普通だ。
「浸透工作の排除はできないのか」
[一度定着を許してしまうと排除は非常に困難ですが、可能性としてはアロイス王国の指令が覆れば、難民の流れは変わるでしょう。つまり我々の戦略はゴタニア防衛ではなく、アロイス王国に向けるべきです]
俺はあらためて大陸の地図を見つめる。アロイス王国で抵抗組織設立のために送ったブレーズ・サンソン卿もまだ移動中だ。となれば、現在のアロイス王国の生命線は……。
「アロイス王国は食料をアラム聖国に頼り切っているし、供給ルートは一つだけなんだから食料供給を断てばいいんじゃないか」
[妥当と考えます。作戦を立案します。お待ちください……]
数秒してから俺の仮想スクリーンに上空からの画像が展開した。
[食料供給ルート上には五つの橋がありますが、すべて破壊すると復旧に時間がかかりますので、破壊するのは一つにとどめます]
「アロイスの民を長期にわたって飢えさせないようにするわけか」
[はい]
「食料供給が止まれば、アロイス王国も動きをとれなくなるだろうな。まずはこの陽動をさらに詳細に立案してくれ」
[了解]
「正確な作戦開始の日時はサンソン卿が自分の領地に到着してから詰めよう。シャロンのギニーアルケミン回収状況もいまのうちに確認しておききたい」
[一つ提案があります。よろしいでしょうか]
「なんだ」
[過去にはアラム聖国に対抗するため、アトラス教会主導で各国が協調しています。アラン艦長の旗振りで対アラム連合の設立を促してはどうでしょう]
なるほど。アラム聖国の脅威を訴えて、諸国の連合を設立すれば、戦後は大陸統一の礎へと発展させる作戦か。この大陸ではかつて何度も連携が組まれていたというから、実現可能性は高そうだ。
ならば、アトラス教会との調整が必要だな。というか、こういう時こそ教会を使い倒すべきだよな。ゲルトナー大司教への多額の支援を続けてきたかいがあった。
できれば教会勢力とアラム聖国が潰しあって共倒れになってくれればいいくらいだ。宗教、特に狂信は科学の最大の敵だからな。
アラム聖国との戦いを働きかけ、教会の資源と人員を極力放出させる。アラム聖国打倒ののちは教会領とする案もあったが、アラム聖国が完全に俺たちに下れば、その必要はなくなる。いかにして両者に出血させるか、がこの作戦の肝だな。
それに「魔女」の件もある。教会が蔑称をつけたということは何か理由があるはずだ。それにしても堕天とは……。