惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ギニーアルケミンを探して

『エルナ、顔色が悪いわ』

『いえ、大丈夫です。ルドヴィークまであとどれくらいでしょうか』

『あと一時間くらいね。日が沈む前には着くわ』

 エルナもすっかりナノム通信に慣れたようだけれど、ずっと鞍に着いた留め具をしっかり握りしめたままだ。グレゴリーの飛翔はグローリアと違ってはるかに激しく揺れる。エルナの体調もまだ完全ではない。ケアを忘れないようにしよう。

 

 私がダルシム隊長の許可を得たことを伝えると、エルナは同行を承知してくれた。けれど、

「シャロンはアランの大切な部下です。だから今回はシャロンの護衛ということにします」

と言うのを忘れなかった。

エルナはアランに内緒で加速魔法を練習していたばつの悪い思いがまだ残っているのかもしれない。治療を終えてからも彼女の思いつめたような行動が痛々しい。少なくとも今は、彼女の言うとおりにさせてあげよう。

 

『シャロン、クレリア様そばでは聞きづらかったことですが、教えてほしいことがあります』

 エルナが急に話を変えた。いつもよりゆっくり言葉を運んでいる。

 

『アランはたしか二十五歳ですよね? 私たちの大陸では、それなりの地位にある者は伴侶を持ってもおかしくない年頃です。……独り身の私が言うのもなんですけど』

『エルナもあの映像を見たでしょう? 私たちはあの怪物――バグスと呼んでいるんだけど――との戦いが続いている。アランは私たちがまだ任務中と考えているの。だから伴侶を選ぶことに少しためらいがあるのかもしれないわ』

 

 これは詭弁なような気がする。けれど、アランがかなり男女関係に疎いところがあるのは確かだ。私はあまり言わないけれど、最近はセリーナもそんなアランのうっかりしたところには辛口評価だ。

 いつかリアと共同統治ということであれば、二人の信頼はもっと強くあらねばならないというのに。

 

 しばらく考えていたエルナが再び言った。

『もしアランがこの大陸に来ることがなく、自分の故郷で過ごしていたとしたら、どんな女性を選んだと思いますか』

『それはとても難しい質問ね』

 

 なぜ今そんなことを言うのだろう。それに私はアランの故郷、トレーダー星系の惑星ランセルのことは何一つ知らない。私はエルナに聞こえないように、プライベート回線でイーリスを呼んだ。

 

『イーリス、会話は共有してる? アランはどんな女性が好みなのかしら』

[シャロン、それは任務中に確認すべきこと? 上官の好みがこの任務に関係があるとは思えないのだけれど]

 航宙艦の軍用AIなら当然の回答……。

 言い方を少し変えてみよう。

 

『将来的に予想されるバグス来襲に備えた大陸の統一に際し、アラン艦長とクレリア王女の戦略的な関係の重要性から、艦長の嗜好を部下が把握することは重要と考えます。イーリス、艦長の傾向だけでもいいので教えて?』

 ちょっとずるいような気がしたけれど、任務に必要なことだと納得してくれればイーリスも答えてくれるはず。

 

 イーリスには珍しい長考のあと、答えが返ってきた。

[コンラート号および、以前に乗艦していたスター級重巡洋艦テオIIでの会話記録を総括すると、女性上級士官からは比較的高い評価を得ていたらしいわ。例えば、ミルトンの戦いで情報小隊長だった女性士官はアランの中尉への昇進を上層部に進言しているし、当時の艦隊指揮官のカルラ・アイローラ少将も快くその推挙を受理している。巡洋艦のAI、テオIIとはとても会話量が多くて、同AIが彼に下した人物評価も良好だったようね]

『それはつまり……?』

[アラン艦長は下士官時代に本艦の女性上官には敬意を抱いていたのは間違いないでしょう]

アランがイーリス・コンラート准将に深い敬意を持っていたらしいことは、私とセリーナも感じていたことだ。クローンである私たちの容姿は准将と同じ。その伝説の司令官とそっくりな存在を部下として扱うことにまだ抵抗があるのだろうか。

[この分析は私も人物評価アプリを作って研究していたから、概ね間違ってはいないと思うわ。まとめると、やや不適当な表現かもしれないけれど、アランは目上の女性の関心を引きやすいタイプかもしれないわね]

『…………』

 それってもしかして? 現存する年上の女性に該当する人物といえば……まさか、ありえない。

 

『シャロン?』

 あまりにも私の沈黙が長かったせいか、エルナが問いかけてきた。

『……ごめんなさい。私もよくわからないけれど、アランと対等に真正面から向き合うタイプの女性はとはあまりうまくいかないかもしれない。アランは女性にたいして腰が低いから。……ああ、ルドヴィークの城が見えてきたわ』

 

 なぜか深入りしてはいけないような気がして、私は話をそらした。あとでこのことはセリーナとも共有しよう。幸い、エルナもそれっきり会話を続けなかったので任務に集中することにする。

 

『イーリス、ルドヴィークの廃城の調査は?』

[偵察ドローンを使って地中探査機を埋設済み。結果を表示します]

 

 仮想スクリーンに地下構造も含めた城全体の立体映像が浮かび上がった。城の尖塔や物見台が明らかに外力によりいびつに破壊されている。相当激しい攻城戦だったようね。

 

 地下室のさらに下に空洞がある。典型的な二重底だ。その空洞から通路が続き、やがて通路は途中から直角に二手に分かれていた。まっすぐ伸びている方がロベルトを含む辺境伯軍の一部が脱出した経路にちがいない。別れた先の通路は大きな広間のような場所につながっている。

 

 ここが王墓兼、ギニーアルケミンの保管場所の可能性が高い。

 仮想スクリーンにはミューオン反射の輝点が整然と並んでいる。おそらく王墓の副葬品、金銀などの貴金属に反応したのだろう。一番奥に最も大きな輝点が確認できる。

 広間から先にも通路があるようだが解像度が荒く判別できない。これはかつてクレリアの祖先が発見したという迷宮だろう。そこで発見したアーティファクトの力でスターヴァイン家は繁栄し、大陸の中央に王国を構えるまでになったのだ。

 

『イーリス、脱出側の通路末端はどこにつながっているの?』

 画像がズームしてまっすぐな地下通路の端に達するとその部分が唐突に途切れている。

[この先は崩落しています。辺境伯軍が脱出時に破壊したのでしょう]

 

 ルドヴィーク辺境伯は落城直前に、ロベルトに辺境伯軍の精鋭二千名とともに脱出するように指示している。その時に追撃を恐れて通路を閉じたのだ。

 

 グレゴリーが高度を下げていく。

 進行方向に廃城の姿が見えた。崩れた尖塔と城壁が夕日を受けて長い影を落としている。廃城の周囲は、ほとんどの家屋が燃え落ちて残骸が無残な姿をさらしていた。人跡はなく、数キロ先にみすぼらしい村落があるだけだ。

 

『ルドヴィーク城の周囲は城下町として大変栄えていたと聞いています。それが跡形もないとは……』

 エルナが途中で言葉を切った。あまりの荒廃ぶりに言葉が出てこないのだろう。

 

 城内の広場からかすかに煙がたなびいている。いくつか天幕が張られているようだ。辺境伯軍の軍旗と同じ紋章が天幕に描かれている。

 

一人の男性が天幕から現れ、こちらを見上げた。あれはブレーズ・サンソン卿だ。この距離でドラゴンの魔力を感じたのだろうか。とんでもない能力の持ち主だ。私たちのようにナノムを利用した探知魔法を持たなくてもこれだけの距離で感知するとは。

そういえばガンツ攻防戦の時も、私の体内の魔素を彼に感知されたことがある。後で詳しく聞こうと思っていたのだけれど……。

 

 私はエルナとの共用回線からプライベート回線に切り替えた。

『イーリス、ブレーズたちはいつここに着いたの?』

[昨夜、予定よりかなり遅れて到着しています。今朝からは周囲の下調べをしていたようね]

 

 高齢のロベルトが途中で体調を崩したと聞いていたが、それでも下調べを始めてくれたのは助かる。すぐに地下の探索にかかれそうだ。

 

『グレゴリー、あの城の開けた場所にお願い』

『承知』

 グレゴリーはいつものように簡潔に答え、さらに高度を落としていく。

 

 

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