午後から俺とセリーナはイーリスも交えて、今後の攻勢について打ち合わせだ。執務室の長机には大陸の地図が置かれていて、俺の向かいに座るような形でセリーナの映像が投影されていた。
「そういえば、クレリアは?」
「地下稽古場で魔法の訓練です」
探知魔法を展開してみると、すぐに強力な魔素の流れを感知した。フレイムアローにしては大火力だ。……このごろのクレリアの魔法修行の打ち込みようはすさまじい。また新たな技の実験台にされそうだ。
俺の気持ちなど知ってか知らずか、イーリスが報告をつづけた。
[直近のベルタ王宮のビット情報です]
仮想スクリーンに王宮内の映像が浮かんだ。この部屋はベルタ国王が俺とセリーナにクレリアを連れてくるように命じたあの密室だな。今回は数人の閣僚もいる。
[新たな宰相としてシュマールバハ侯爵が選ばれました。バールケが失踪してなお、王国府の最大派閥なのでさほど抵抗もなかったようです]
これは朗報だ。ヘリング夫人のおかげで、俺とシュマールバハ侯爵の間には商取引を行えるようになっている。今後とも影響力を行使できそうだな。
[続いて、クレリア王女の婚姻についての閣議内容です。概要を表示します]
仮想ウィンドウにテキストが流れていく。
閣僚たちは、クレリアの祖母の妹、イレナ王女がベルタ王国に嫁ぐ際にも、慎重に検討していたようだ。
だが今回の閣議の争点はクレリアの正統性だ。今のクレリアは母国がアロイス王国に取って代わられているため、国の代表としては認めがたい閣僚もいるようだ。それに適齢期の子女を抱える貴族たちは、血縁が王妃になる道が立たれるとなれば反対もするだろう
大貴族としてのエクスラー公爵の視点で見ると、クレリアが現王と結婚し、その子供が王位を継承すれば、スターヴァイン王家の血筋がベルタ王国に完全に定着することになる。公爵の利点ははかり知れない。
当然、スターヴァイン王家の血筋を継承する者と、そうでない旧来の王家の血筋との間で激しい対立はある。結果、若い国王も結論は出せず、今回は仲裁役としてアトラス教会への助言も求めてもいる。
これだけ議論が錯綜していれば、俺がクレリアを王都に連れて行ったとしても、閣僚が反対して婚儀が難しくなる可能性がある。望ましい方向ではあるが、もう少し圧力をかけてみるか。
『イーリス、以前王都で収集した貴族年鑑に旧バールケ派の重鎮、シュマールバハ侯爵の家系図はあるか』
仮想スクリーンに図が投影された。
よく見るとシュマールバハ侯爵本人は、現国王の祖父の弟の子孫だから当然スターヴァイン王家の血筋は入っていない。エクスラー公爵の対抗軸としては有用だ。
将来的にシュマールバハ侯爵へのテコ入れ行い、あとでバールケが収集していた貴族たちの醜聞ファイルに目を通しておこう。バールケはエクスラー公と対立していたからエクスラー派貴族の弱みを完全に把握していたはずだ。だが、すぐに俺が影響力を行使すべきは……。
「もう少しアトラス教会に圧力をかけようと思う。この打ち合わせの後で王都に向かう」
「了解」
[次の報告です、先ほどシャトル便一号が帰路につきました。第二便の打ち上げには、汎用ボットのほか、プロセッサモジュールと滞在用の生活物資の積み込みをお忘れなく。必要物資のリストを送付します]
「わかった。俺も戻るのを楽しみにしている」
イーリスの姿が消えて、執務室には俺とセリーナだけが残った。
「私は艦長がコンラート号に戻るのは反対です。航宙軍の制式運搬シャトルに比べて安全性に問題があります」
「実はコンラート号にもどって確認したいことがいくつかあるんだ」
「なんでしょうか」
セリーナは次席指揮官だ。シャトル機の安全性はともかく、情報共有は必要だな。
俺はイーリスとの視聴覚共有が切れているのを確認した。指揮官権限でセリーナの状態を確認すると、彼女も今は共有していない。
「宇宙空間で魔法が使えるのかどうか、というのが確認したいことの一つだ」
「もし使えれば魔石は強力な動力源になるかもしれませんね」
「もし魔法がこの惑星内限定だと判明したら、その原因も特定したい。あともう一つは……」
俺は言葉を切って、執務机の後ろにある椅子に座った。セリーナの映像も追従して作戦テーブルから移動し、俺の前に立った。
……少し言い方に工夫が必要だな。
「この星系にワープアウトした時点で、勤務中の兵士四十八名は全員亡くなった。重力ダンパーの効いたクリーンルームにいた俺だけが助かった」
「その話はイーリスから聞いています」
「立ち入ったことを聞いてすまないが、セリーナとシャロンはクローン槽から出て、惑星に降下するまでの間、艦内で訓練したんだよな?」
「はい。宙兵隊の訓練設備とトレーニングボットがほぼ完全に残っていたので、イーリスの指導で正規兵訓練から特殊部隊訓練まで完了しています」
普通なら三年はかかる訓練だ。それを数か月でやってのけるとは……。さすがにイーリス・コンラート准将と血肉を同じくしているだけはある。
「その間はずっと訓練区画にいたんだな」
「イーリスの設定した訓練は分刻みで、睡眠以外の自由時間はありませんでした。私たちもアランが危険な目にあっているのではないかと気が気ではなくて……」
「そうか。ありがとう。俺も二人が来てくれて本当に助かっている。いや、二人がいなかったら大樹海まで来られたか疑問だ。本当に感謝している」
「シャロンにも今のお言葉を伝えます。嬉しいです」
そういったセリーナの頬がうっすらと染まっている。
俺はセリーナの顔を見ながら思った。
もしかしたら、イーリスはクローン育成中に何らかの条件付けをしたんじゃないだろうか、という気さえする。肉体年齢は十七歳とはいえ、生まれてすぐに俺なんかのために厳しい訓練にその身を投じるとは……。
「話を戻すが、イーリスの話では遺体は医療セクションの冷凍庫に保存したそうだが、見たことはあるか」
ワープアウト時にコールドスリープ中でなかった兵士たちは非番であれば生活居住区、任務中であればブリッジがほとんどだろう。それらの場所で凄惨な死を迎えた者たちすべてを医療セクションに保存できるとは思えない。
「わたしたちは訓練区画からほとんど出ませんでした」
「ほとんど?」
「訓練中に私がトレーニングボットとの格闘訓練で怪我をしてしまって」
「医療セクションに行ったのか」
「はい。事前に学習していた艦内施設として異常な点はありませんでした」
「冷凍保管庫へは?」
「いいえ。詳しく知りたければイーリスに艦内映像を共有してもらえばよいのでは? それにアランは亡くなった兵士の遺伝情報の使用をイーリスに与えています」
「確かにそうだな。だが正式にお別れしたい気持ちがあるんだ。ただそれだけだ。俺も頻繁にはシャトルを利用しない。心配かけてすまなかった」
「わかりました。シャトルはご出発前に私が念入りに点検します」
「頼む」
セリーナの映像が消えた。
俺はイーリスに全面的に依存している。だというのに俺は何をしようとしているのか。だが、もし俺の予感が当たっているとしたら……上官としてイーリスを止める義務があるはずだ。