惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ルドヴィークの廃城

 

「シャロン殿、お待ちしておりました」

 ブレーズが私の着地と同時に一礼した。帰国するスターヴェーク北部貴族の元傭兵たちも、微妙にドラゴンの巨体から距離を置きつつ、私たちに近づいてくる。ロベルトの付き添いで同行したヴァルターも天幕から姿を現した。

 

「移動中、誰一人欠けることなく到着しております」

「ロベルトの姿が見えないけど?」

「ロベルト殿は、昨夜ここに到着してからは見違えたように元気に城を調べております。ご案内します……こちらへ」

 私たちとブレーズが移動すると、ヴァルターを筆頭に兵士たちもぞろぞろとついてきた。

 

 王城の基礎部分に大きく陥没している場所がある。元地下室だったところがアロイス軍の破壊で床が崩れ、あらわになったようだ。階段を下りた先でロベルトの姿が見えた。

 

 もしここにあるとすれば、後々の秘密保持にもかかわる。

「ヴァルター、お願い。人払いをしてもらえないかしら。私たちのほかにはロベルトとサンソン卿だけにしたいの」

「はっ」

 ヴァルターは兵に声をかけ、門の野営地に戻るように指示している。

 

 地下室――といっても天井は崩れているので半地下状態――の暗がりからロベルトが歩いてきた。拠点を出た時よりすっかり白髪が増えたように見える。旅の途中で何度も体調を崩したというから、ずいぶん無理をしたようね。

「おお、シャロン殿! 待ちかねておりましたぞ!」

「なにか見つけたの?」

「アロイスの逆賊に通路は発見されておりませんでした」

 ロベルトはルドヴィーク家で家令のような仕事をしていたと聞いている。当然、城の構造をよく知っているはずだ。

 

「わが主、ルドヴィーク公は籠城戦となった日に、この通路を教えてくださったのです。地下室が二重底になっており、下に脱出通路があると。見た目は天井が崩れて、地下の備蓄が根こそぎ持ち去られていますが、この下は無傷のはずです」

「アランの考えでは、その通路の途中に王墓があるらしいわ」

「なるほど、この通路のどこかに別の通路がつながっているわけですな」

 アランはロベルトとヴァルター、そしてブレーズにはギニーアルケミンの存在を伝えている。

 

「ロベルトは下層に行く方法はわかっているの?」

「もちろんです……どうかこちらへ」

 ロベルトは薄暗い地下室の奥、とある壁の石板の隙間に手をやった。すると、石をこすり合わせるような音がして、ロベルトのすぐ横の壁にぽっかりと人が通れるくらいの空間が出現した。これほど大きな石壁が動かせるなんて、どこかに動力源があるのだろうか。

 

 私は仮想スクリーンにイーリスの作成した構造図を展開してみる。間違いない。ここから階段を下れば、脱出通路と王墓への道がある。

 

「ここは私が先導致します」

「ヴァルター、明かりもないのに地下に降りるのは浅慮というものだ。ここは私が、」

「シャロン様、たいまつを持ってまいります」

「ライト」

 私の指先に輝く小さな球体が現れた。わずかに震えながら中空にふわりと浮いている。これはガンツ魔術ギルドのシーラギルド長の魔法を見て真似したものだ。地下探索をするならこんなこともあろうかと練習しておいた。

 

「このような魔法があるとは」

 ブレーズが感嘆したように言った。ブレーズの火魔法は大陸一というけれど、ライト魔法は戦いには役立たないので知らなかったのね。それともライト魔法は専門外なのかも。

 

「こんな狭いところで火魔法を爆裂させるよりよっぽどましですね。ではシャロン様、その光を少し前に動かしていただいて……ここからは私が先導いたします」

 ヴァルターが言うと、薄暗がりの中で一瞬、ほりの深いブレーズの顔がむっとしているのが見えた。

 

「エルナ、ロベルトをつれて一番最後から来て」

「了解」

 ヴァルター、私、ブレーズ、エルナとロベルトという順番で階段を下りていく。

 

 かなり深い場所まで降りるとすぐに通路がまっすぐ伸びている。

「ここからは私が先頭に立ちます。その途中に別の通路が分岐しているの。多分、偽装されているはず」

 

 私は仮想スクリーンに通路の構造図を展開しているから迷いはない。

 通路の中間点近くで、一枚だけ微妙に色が違う石板が見えた。それらしく汚れが付いているがこれは偽装だろう。仮想スクリーンの立体図を拡大すると、それほど難しい構造ではない。どこかに開閉機構が……あった。

 石板の上端に触れると突起がある。強く押してみるとロックが外れて、石板が横にずれて、ゆっくりと開いていく。

「おおっ!」

「一体どうやって……」

 ロベルトは驚愕顔だ。私がすぐに見つけたので驚いたらしい。詳しく説明している暇はない。

 

 私が開きかけた隠し扉に手をかけようとすると、急に二つの手が伸びてきた。

「シャロン様、このような力仕事は私にお任せください」

「シャロン殿はアラン様の代行者なのです。何なりとお命じ下さい」

 ヴァルターとブレーズがほぼ同時に言い、扉に手をかけたまま、一瞬鋭く互いを見やった。ブレーズは王宮貴族だし、ヴァルターは辺境伯軍の取りまとめをしていた。まだ両者の対立は続いているのかしら。

 二人が扉を開ききると、余裕で棺を運べるだけの幅がある。左右の石板の色も変わっていて脱出通路よりずっと古いつくりのようだ。

 

 アランからは、もしギニーアルケミン以外のアーティファクトが見つかった場合は秘匿するように言われている。この二人にはここで待っていてもらおう。

「サンソン卿、そしてヴァルターもここで待っていてもらえないかしら。ここからはロベルトと私、エルナが行きます。助けが必要ならこちらから呼びます」

 ブレーズとヴァルターは互いに一瞬目をやり、入り口の左右に分かれた。

「どうかお気をつけください。シャロン様」

「何かあればすぐにお呼びください」

 

 通路の平滑な壁面は触れてみると、石材ではなく何かの金属のようだ。

『ナノム、この壁の成分を分析』

[了解]

 

 壁面に触れた私の手のひらが一瞬、うっすらと光った。手の表層に集まったナノムの集合体がマイクロレーザーを放ったのだ。

[タングステン17.5%、クロム3.9%、バナジウム約1%を含む鋼材です。タングステンハイス鋼に酷似しています]

 木材や木炭の熱量ではタングステンの加工は不可能だ。航宙軍では複合材の一つとして突撃艦に使われる部材でもある。なぜこんな場所に……。

 

「シャロン、何か危険なことでも?」

 エルナが壁に手を触れたまま立ち止まった私を不審に思ったらしい。

「いえ、でも慎重に進みましょう」

 念のためライト魔法の光球の数を増やしておく。私は暗視モードが使えるけれど、エルナやロベルトにも周囲に気を配ってもらいたい。

 

 通路を抜けるといきなり巨大な空間が現れた。奥行きは三十メートルはあるだろうか。半円筒形を横にしたような石棺が整然と並んでいる。歴代のスターヴァイン王家の墓に違いない。不思議に地下なのに湿気がない。風が奥から吹き込んでくる。仮想スクリーンの図面では王墓よりさらに下は複雑な通路が交錯している。これがアーティファクトが隠されていたという迷宮なのだろう。

 

「おお、これは……」

 ロベルトのしわがれた声が部屋に響いた。

 入り口側に近い石棺に手を合わせている。奥のとは違い石棺の劣化も少ない。ロベルトの知っている人だろうか。

「こちらは先代のルドヴィーク公の墓です。私は二十年、このかたにお仕えしました」

「ここはスターヴァイン王家だけのものではないの?」

「ルドヴィーク家は三百年にわたりスターヴァイン王家に仕えていました。合葬を許されているのは忠義を認められているからでしょう」

 たしかリアの母親はルドヴィーク出身と聞いている。だからかもしれない。

 

「ロベルトもここに入ったのは初めてなのね」

「はい。まさかこのような場所にあるとは……」

「地下墓地はどの王家にもあるものなの?」

「そもそも大陸の諸王国はその始祖が迷宮を制覇し、その際に発見したアーティファクトの力で王国を打ち立てたのです。スターヴァイン王家もまた然り。ただ、各王家はその場所を厳に秘匿しておるようです」

 ということはベルタ王国のギニーアルケミンも過去の迷宮からサルベージされたのかもしれない。これは調べてみる価値がありそうね。

 この大陸の今の技術水準ではアーティファクトは作れない。それが過去の遺物だとしたら昔の古代統一王朝はとんでもない技術力を有していたことになる。

 

「ギニーアルケミンも近くにあるはず。あたりを注意してみて」

「わかりました」

 

念のためライト魔法の光球をさらに追加して光量を上げた。

石棺の列を抜けてさらに奥に進んでいくと、大きな扉……の残骸らしいものが床に散らばっている。残骸の奥に金属製の台座が見えたが、その上には何もない。

ここにあったはずのギニーアルケミンの姿はどこにもなかった。誰かが、私たちに先んじて持ち出した? ここにあることを知っているのは私たちだけのはず。それとも……情報漏洩という言葉が私の脳裏に浮かんだ。

 

「シャロン、台座の上にこのようなものが」

 エルナが私にギルド証によく似た金属板手渡した。手元にライト魔法の光球をそっと近づけてみる。

 ……これは!?

 

 

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