惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ゲルトナー大司教

 

「ゲルトナー大司教」

「ア、アラン様!」

 大司教は勢いよく椅子から立ち上がり、執務室のバルコニーから入ってきた俺を迎えた。

「夜分遅くすまない。執務中とは知らなかった」

 

 俺は夕食後にクレリアが自室に引き上げるのを待って、偵察ドローンで王都に向かった。飛行中もイーリスと打ち合わせしていたから、気が付けばもう王都上空だ。

 王都の司教座大聖堂へ飛行魔法で降下する。バルコニーから執務室に入ると、ゲルトナー大司教は机上のおびただしい書籍にうずもれるかのように書き物をしていた。

 

「国王陛下のご裁定ののち、すぐに大樹海に戻られたのでは……?」

「王都での所用を思い出して、ドラゴンでもどった」

 

 俺は大司教の執務机に目をやった。

「これはクレリア王女の正統性について、アトラス教会として意見を求められている、というところか」

 大司教の顔色が変わった。薄暗い中でも緊張しきっているのがわかる。

 やはり図星か。

 しばらく黙っていた大司教は、俺が見つめているのに気が付いて言った。

「……大変失礼いたしました。どうかこちらにお座りください」

 

 俺とゲルトナー大司教は応接テーブルに向かい合わせに座った。

「今日はいかなるご用件でしょうか」

「”聖戦の回勅”を出してほしい」

「!」

 驚愕顔でゲルトナー大司教の動きが止まった。

 

「かつてアラム聖国が大陸中央に進出を目論んだとき、女神ルミナスを信仰する諸国が連携してこれに対抗したと聞いた。それを主導したのがアトラス教会だ。すでにアロイス王国もアラム聖国の影響下にある今、それが必要な時と判断した」

 聖戦の回勅は王都までの移動中に、偵察ドローンの中でイーリスと検討した内容だ。

 

「し、しかし! 回勅は私ごときが出せるものではありません! イーヴォ枢機卿猊下をはじめ、枢機卿会議の全員の同意が必要です!」

「大司教には、枢機卿会議の開催を申し出てほしい。もし此度の回勅が女神ルミナス様の御心に沿うものであれば、必ずやそのしるしが天にあらわれるはず。しるしもなく、枢機卿猊下のご同意もなければ、この発議の責任はすべてアランにあると言ってくださってもよい」

「もしや、しるしとはイザ……、いえ、失礼しました。早速、明日にでも枢機卿猊下にお目通りを願い、聖戦の回勅について願い出ます」

「可能なら会議の日取りを教えていただきたい」

「クレリア様の婚儀を審議するため、枢機卿会議が十日後に予定されております。私が明日、枢機卿猊下に申し出れば、その席で聖戦の回勅も審議の対象となるでしょう。場所はこの王都司教座聖堂でございます」

 とりあえず、聖堂に仕掛けたビットで枢機卿たちの動向をさぐりつつ、偵察ドローンを展開すればいいか。

 

「ところで、アトラス教会が敵視するアラム聖国には魔女がいるときいた」

 にわかに大司教の顔がいつもの温厚な顔から急に怖い顔になった。

「アロイス王国での迫害はアラム聖国の煽動によるもの。その首謀者がまさにこの女だと我々は考えております」

「アラム聖国では魔法は禁忌のはずでは? それを魔女とはよくわからないな」

「恐れ多くもこの女神ルミナス様の大陸にあって、その者はアラム聖国に天から降りてきたと主張しています。さらに女神ルミナス様を否定し、自らを長とする組織を作り上げ、この大陸に覇を唱えんとしています」

 さすがにそれは自分を権威付けするための方便だとは思うが、天から降りてきたというのは気になる。だが何の証拠もないし、激しく反発するアトラス教会の視点だけから判断は難しいな。

 

「ゲルトナー大司教が今かかわっているクレリア王女の件も聞いておきたい」

「アラン様は現在クレリア王女を守護する立場におられます。本来ならば部外者にはお聞かせできないのですが……」

 

 ゲルトナー大司教はゆっくりと言葉を選びながら話し出した。

 

 現在の国王の祖母イレナは、正室としてスターヴェーク王国から嫁いできたが、その際にも対立があった。理由は……当時の国王には有力な大貴族の子女が妃候補として挙がっていたからだ。当然自分の娘が王妃となればその貴族の受ける恩恵は絶大だ。

 一方で、当時はベルタ王国とセシリオ王国の国境に位置する商業都市サンザノをめぐる紛争が激化していた。結果的に、大国であるスターヴェーク王国と姻戚関係を結ぶことは、ベルタ王室にとって有利であると判断されたのだった。

 

 けれど、クレリアはエクスラー公爵の証言で本人確認は是とされたものの、すでに母国は奪われて後ろ盾はない。

 

 閣議ではエクスラー公爵の意見――クレリアを正室とすることで、逆賊ロートリンゲンを王とするアロイス王国への侵攻が正当化されるというもの――に一定の同意を得られてはいる。しかし、アロイス王国に近接する領土を持つ貴族や、お妃候補となりえる子女を有する大貴族の抵抗が激しく、結論はでないままとなった。

 そこでアトラス教会にも声がかかった……ということらしい。

 

「宰相に就任されたシュマールバハ侯爵はどちらの側に立たれておられるのだろうか」

「…………」

 ゲルトナー大司教はしばらく黙って俺の方を見つめている。

 そういえば、シュマールバハ侯爵が宰相に就任したのは昨日だったか。なぜ俺が知っているのかをいぶかしんでいるようだが、やがてそれを問うことなく言った。

 

「あくまで中立の立場におられます。国王陛下にアトラス教会への仲裁を促してくださったのも公爵です。以前ならば決してこのようなことはなかったので、ありがたいことではあるのですが……」

「アトラス教会の見解は定まっているのだろうか」

「クレリア様の信仰者としてのお立場ははっきりしておりますし、正室にお迎えすることに教会としては異議を申し立てるものではございません。この件についてはイーヴォ枢機卿猊下も認めておられます。しかし……」

 

 ゲルトナー大司教は言葉を切った。なんだろう。アトラス教会上層部が認めているならこのまま進められるはず。

 

「実はエクスラー公爵様はアトラス教会とあまり折り合いがよろしくないのです。公爵様は領地にあるアトラス教会への寄進はおろか、教会が庶民に課す税を下げろとまでおっしゃる始末です」

 

 領民からみれば名君だが、教会にとっては迷惑な存在、か。本当に教会と貴族の関係は面倒くさいな。だが、これは朗報でもある。教会の力で公爵の力をそぐことができるな。

 ここで教会がクレリアとベルタ国王との婚儀に反対してくれればいい。この可能性についても移動中にイーリスと検討してきたから、対応策は一応用意している。あまりこういった手段は使いたくないが……。

 

「クレリア王女が王家に嫁ぐ資格があるかどうかだが……。実は俺はクレリア王女と一室で起居を共にしたことがある」

 

 そう、グレイハウンドに噛み切られたクレリアの手足が回復するまでの間、俺とクレリアはあの川辺の洞窟でしばらく暮らした。密室で寝泊まりしたというのは事実だ。無論きっちり距離を置いている。

 

「えっ!? それはつまり……、ま、まさかっ!」

 ゲルトナー大司教はいきなり立ち上がって叫び、後ずさりしようとして椅子にぶつかりひっくり返った。やはりこれはインパクトがありすぎたか。イーリスもよくこんなことを考えつくよな。

 

「クレリアもどちらかと言えば、私と今後も一緒に暮らしたいようだ」

「それでは正室としての純血が……!」

「そうなのか?」

 よろめきながら立ち上がった大司教に、俺は薄い笑顔を返してやった。ゲルトナー大司教は目を見開いたまま、血の気の引いた驚愕顔で固まっている。

 

「そのお話が事実ならば、アトラス教会は絶対に今回の婚儀を認めるわけにはまいりません!」

 だよな。教会にとって最も重要なチェック項目のはずだ。

「アラン様! いまのお立場が分かっておられるのですかっ! このままではエクスラー公爵ばかりか、国王陛下のお怒りに触れることになりますぞ!」

「そこで頼みなのだが、あからさまに書くことなく、教会としては俺とクレリアの関係に”疑義あり”として、意見書を書いていただたい」

「それでもアラン様のお立場が悪くなる一方ですぞ!」

「かまわない。教会としてもエクスラー公爵の勢力を削ぐという利点があるはず」

 

大司教の額に汗が浮いている

 いま大司教の頭の中では二つの考えが対立していたはず。

 クレリアの婚儀をみとめれば教会と折り合いの悪いエクスラー公爵の勢力は増す。否定的に書けば、これまで彼女を保護していた俺の立場も弱くなる。当然、これまで俺が支援してきた大司教の立場もだ。

 

 大司教は俺の発言を聞いた以上、クレリアに高評価は出せない。そこで俺や自分に被害が生じるのを恐れているのだろう。

一方で、クレリアを王妃にならなければ、教会と対立しているエクスラー公の力を削ぐことができる、という魅力的なオプションが大司教の目の前にぶら下がっている。これは教会にとって願ったりかなったりのはずだ。

 

だったら俺がもう一押しすればいいだけだ。

「ゲルトナー大司教、今後、俺がエクスラー公爵と対立することになったとしても、陰ながらあなたへの支援は続けさせていただく。なのでクレリアに対して否定票を投じられても問題はない」

「本当によろしいのですか? ……エクスラー様を敵に回すとたいへんなことになりますぞ!」

「ゲルトナー大司教。あなたは事実にのっとり、教会の戒律に従って正直に意見書を作るべきだ。あとのことはすべて私が責任を負う」

「…………」

 

 わずかなためらいの後、大司教は言った。

「意見書の件、確かに承りました。アラン様」

 

 

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