惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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帝国の残影

帝国の残影

 

[アラン艦長、シャロンがルドヴィーク城でギニーアルケミンの探索に失敗した模様です]

「なんだって!」

 

王都で打ち合わせを終えた俺は偵察ドローンの中で眠りこけていた。だが一瞬で眠気は蒸発した。

 

「イーリス、シャロンと視覚共有していたな? 投影してくれ』

 

 狭い貨物室の壁を背景に仮想スクリーンが暗転した。

 地下通路だろうか? ライト魔法とともにシャロンが先導している。やがて途中の壁の変色に気づいて、隠し扉を開く。そこでブレーズとヴァルターと別れてしばらく進むと大きな空間にでた。

 

 スクリーンにシャロンが分析した壁面の成分データが流れる。あり得ない。この大陸の技術からみて数百年は先の技術だ。

 俺とセリーナが王都で魔法剣を入手した際、古代統一王朝の技術が現時点の大陸のそれよりはるかに高度だったという店主の話を思い出した。過去にさかのぼるほど高度化する遺物……。

 過去の王族たちがこぞってアーティファクトを求め、迷宮探索に熱心だった理由がこれか。

 

 シャロンがさらに奥に進み、ライト魔法の光球を増やすと王族の石棺群があらわになった。整然と並ぶ石棺の配置は、航宙艦のコールドスリープチャンバーに不気味なほど似ている。

 

 石棺の上部には同じ紋章が彫られているのが見えた。あれはスターヴァイン王家の紋章だ。

 シャロンたちはさらに進んでいく。石棺の列が終わる一番奥の扉が無残にも破壊されていた。

 その奥にあるのは金属製の巨大な台座のようだ。寸法から言って、拠点の地下に保管しているギニーアルケミンを置くにはぴったりだ。

 だが、その上には何もない。そしてシャロンの手にエルナから金属プレートが手渡された。

 

『シャロン、報告してくれ』

『ギニーアルケミンはありませんでしたが、台座にこのようなものが残されていました』

 

 仮想スクリーンに金属板が拡大表示される。

 これは……以前、俺とセリーナが退魔香の調達のため、アラム聖国に潜入したときに目撃した、輸送兵の記章と同じだ。

 

『アラム聖国の紋章だな』

『では聖国の手の者がすでにギニーアルケミンを……」

 

 この紋章を置いた人物は俺たちより早くこの場所を特定し、盗み取ったことになる。その人物はルドヴィーク城の秘密通路の場所を知っていなければおかしい。

 

 情報漏洩、なのか。

 ルドヴィークのギニーアルケミンの存在を知る者は俺たちと、クレリア、エルナ、ロベルト、ライスター父子、ブレーズ・サンソン卿のほか、エルナの出立時にはダルシム隊長にも伝えている。この中の誰かが前もってアラム聖国の手の者に情報を伝えていた?

 ……あり得ない。この中の誰も情報を漏洩させる理由がない。

 

『シャロン、光魔法を増強して地下室の全体が見えるようにしてくれ』

『了解』

 光魔法の光球が増え、部屋の中に散開していく。と、シャロンの視点が上を向いたまま停止した。

 

 天井一面に文字がびっしりと書かれている。拡大すると、これは彫刻のようだ。金属に直接加工しているらしい。よほど後世に伝えたい内容らしい。

 

共有しているシャロンの聴覚越しに、ロベルトの声が聞こえる。

『こ、これは古代統一王朝期の古代文字では……』

『ロベルトは読めるの?』

『いえ、古代文字の読解はアトラス教会によりかたく禁じられております。私も古い書物でその伝承を知るのみでした。あるいは魔術ギルドならわかるやもしれません』

やはりそうか。教会が読解を禁じている時点で文化や技術は断絶している。もし存続しているとしたらアラム聖国だけだろう。

 

 ギニーアルケミンが存在しない以上、もうルドヴィークで探索する意味はないな。これより先のクレリアの祖先が探索したという地下迷宮を探索するのはあとにしよう。

 

『シャロンはエルナとともに拠点に戻れ。ヴァルターとロベルトもそこにいる理由はないからドラゴンで一緒に戻ってもらう』

『ロベルトはここに残りたいそうです。体力的にもドラゴンの騎乗は無理かと』

『残ってどうするつもりなんだ?』

『近くの村に身を寄せるそうです。亡くなったルドヴィークの兵士たちを供養したいと』

『……わかった。あぁ、それからブレーズ・サンソン卿には例の件を伝えたか』

『はい。必ずやご指示通りにいたしますとのことです』

 

 シャロンとの通信を終えて、仮想スクリーンに投影されたアラム聖国の紋章を見る。改めて観察しても、退魔香を取りに行ったときに遭遇した兵士たちの記章と同じものだ。

 

 あの時もそうだったが、この記章には既視感がぬぐえない。俺にはこの紋章によく似たものをどこかで見た記憶があるのだ。

 見たのはずっと昔、航宙軍の士官学校時代だったような気がする。もしそれが事実だとしたら……。俺の背中に何か冷たいものが走っていく。

 俺がこの惑星に降下してからのすべての行為が無駄だったということになりかねない。

 

「イーリス、人類銀河帝国で知られている紋章、記章、国旗などをサーチして類似している物を探してくれ」

[お待ちください……]

 数秒を経て、仮想スクリーンの左側に金属板の紋章、右に酷似した画像が表示される。

「これはッ……!?」

 右側に映し出されたのは長円錐形の巨大な航宙戦艦で、その船体に描かれた紋章は金属板と同じだ。やはりそうだったか。

 

『イーリス、これはサイヤン帝国の紋章だな?』

[はい。現地で入手したものは一部簡略化されていますが、サイヤン帝国のデザインに酷似しています]

 

 

◇◇◇◇

 

 

 サイヤン帝国……。

 帝国紀元前三三年に、人類銀河同盟が遭遇した星間帝国だ。遭遇してまもなく一方的な宣戦布告により戦争の端緒が開かれた。

 

 初戦においてはサイヤン帝国が圧倒的有利に進み、多数の星系が人類銀河同盟から離脱していった。

 しかし人類銀河同盟は帝国紀元前一〇年、鹵獲した敵戦艦からサイヤン帝国の母星の位置を含む、様々な情報を入手し、彼らの母星攻略への道筋が開けたのである。

 

 帝国歴元年。

 人類銀河同盟は数万発のノヴァミサイルにより、サイヤン帝国の母星を数十億の人類ごと葬り去った。同時に、同盟の解体と人類銀河帝国の樹立を宣言した。

 

 サイヤン帝国の艦隊のうち、他星系に逃れた艦隊はサイヤン幽霊艦隊とよばれ、のちに新生の人類銀河帝国航宙艦隊の苛烈極まりない追跡によりほとんどが撃破されている。しかし、一部の艦隊はその追跡を逃れ、銀河の人類未踏の星域にその姿を消したという。

 

俺が惑星アレスに漂着したのが帝国暦二二五八年。ということは、この大陸の伝承にある二千年前の古代統一王朝は、サイヤン人が始祖だった……?

 彼らは人類銀河帝国の追跡艦隊に追われ、半死半生でこの惑星にたどりついたか、あるいは俺のように原因不明の事故で強制ワープアウトする羽目になった可能性が高い。

 

かつての古代統一王朝は、当時のサイヤン人が持っていた科学技術を利用しており、おそらくその残滓が、アーティファクトってことか。商業ギルドが秘中の秘として門外不出にしている通信アーティファクトも統一王朝時代から伝わるものに違いない。

 

 だが、伝説によれば古代統一王朝は二千年ほど前に女神ルミナスの眷属であるドラゴンに滅ぼされた。これはドラゴンのグレゴリーからも聞き取った事実だ

 

だとすると、俺の恐れていたある可能性が急浮上する。

 

『イーリス、サイヤン帝国は優れた遺伝子操作技術を持っていたな』

[はい。その技術の精華ともいえるのがクローン兵士です]

 

 サイヤン人の選民思想の根幹は人種的統一感にある。

 

 地球のように様々な人種が存在する惑星がある一方で、特定の人種に偏りが生じている惑星は人類銀河帝国にもたくさんある。

 ところが、サイヤン戦争中に鹵獲した艦船のライブラリから判ったことだが、サイヤンにはたった一つの人種しか存在しない。これは過去に粛清されたというわけではなく、その惑星の歴史が始まってからずっと単一人種――ある種の白人種――だったのだ。

 彼らが星間航行に乗り出してから、初めて多人種の混在する惑星に遭遇した際、彼らは相当なショックを受けたらしい。

 

 彼らの思考からすれば、他の人種は劣等であり、存在が許されざるものなのだ。サイヤン帝国と人類銀河同盟がたちまち戦争に突入したのも無理はない。

 この選民思想が古代統一王朝の末裔と称するアラム聖国に受け継がれているとすれば筋は通る。

 

『イーリス、サイヤン人のDNAシグネチャーはライブラリにあったよな』

 サイヤン人は自らの人種的優越性を示すために、その高度な遺伝子改良技術により、DNAの不活性領域に特徴的なマーキングをしていた。この遺伝子のIDをもたない者はサイヤン人として認めていなかったようだ。

 

[はい。当時鹵獲した艦艇に生存していたサイヤン人の遺伝子データが電子化されて本艦にも存在します]

『クレリアの遺伝情報と比較しろ』

[お待ちください。クレリア王女のナノムと交信中……]

 

 サイヤン帝国のクローン兵士は人類銀河同盟が開発したウィルス兵器によりほとんどが壊滅していたが、クローン兵以外の将官は生き残っていたはずだ。

 

[クレリア王女はサイヤン人の子孫である可能性が非常に高いと思われます]

 

 これで惑星アレスの古代に関する違和感は払しょくされる。

 

 古代統一王朝はある時期に、理由は不明だが科学技術を捨てて魔法に頼るようになった者たちと、科学技術を信奉する者に分かれた。やがて魔法を選んだ者たちとドラゴンが勝利し、負けた方は大陸の南方に逃れ、古代統一王朝を継承するアラム聖国の民となった。

 

 アトラス教会の影響下にある地域では古代文字の読解は禁忌とされ、サイヤンの科学技術の伝承は途絶えた。一方で、アラム聖国は高度な技術の流れをある程度、継承しているはず。残存するアーティファクトの数も多いに違いない。ギニーアルケミンの経済的価値はともかく、彼らがギニーアルケミンのようなアーティファクトの収集を行っている可能性は高い。

 

 魔法を選んだ者たちもサイヤン人特有の選民意識の片鱗――血縁による絶対的な貴族制度を守り続けているのも確かだ。

 

 そこで一つの疑問が生じる。

サイヤン人の残存勢力の一部は母星喪失後も数世紀にわたり、散発的に人類銀河帝国との戦闘を繰り返していた。だから航宙軍はいまだにサイヤン人を敵性認定している。

 

 人類銀河帝国に反旗を翻す者はもちろん、それに手を差し伸べたものは極刑だ。

 俺がこの一年間にやってきたことはそういうことなんじゃないのか。俺はサイヤン人の子孫であるクレリアに手を貸し続けてきている。人類銀河帝国の法規に照らして俺は有罪、なのか。

 

『イーリス、もし惑星アレスの住民がサイヤン人の子孫だとして、我々航宙軍の立場として彼らを救う義務はあるか』

 

[現在、人類銀河帝国はバグスの脅威に対抗するため、銀河に散らばる”人類に連なる者”の救済と団結を至上の目的としています。したがって、惑星アレスの住民がサイヤン人の子孫だとしても、この惑星の人類に連なる者たちを救う義務を我々は有します。ただし、今後の発展において、人類銀河帝国に対抗すること、サイヤンの選民思想の復活などは認められないでしょう]

 

 近年の急速なアラム聖国の勃興は、かつての失われたサイヤン科学を再発見した人間によるもので……それこそが「魔女」なのか。航宙軍兵士としての俺の立場としては、その女はサイヤン帝国の復活を目指す者であり、明確に「敵」だ。

 

 まだ一つの疑問が残る。アラム聖国の手の者はなぜ、俺たちにわかるように紋章をルドヴィーク城の地下に残したのか。それが俺がアレス人≒サイヤン帝国の末裔という事実に到達することを促すためだとしたら。

 

 やつらは俺たちがギニーアルケミンを求めてルドヴィークに至ることを確信していた。あの紋章は俺に向けたメッセージなのでは……。

 

[アラン艦長、天井にかかれていた文字列の解読が終了しました。文字は若干の文法変化はありますが、明らかにサイヤン人の共通語のようです]

『要約を頼む』

 

[“人類銀河帝国に対する激しい憎悪と怒り、サイヤン帝国の復興、それを子孫が忘れないようにする戒め”でしょうか。一言で言うと”復讐”です]

 

 

 

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