拠点の城館にもどったが、一睡もできないまま夜が明けてしまった。サイヤン人の件はまだ何か決定的な情報が欠けているような気がする。
睡眠不足はナノムが疲労物質を除去するから問題ないが、この機能を使いすぎると本来の回復能力が衰えるのであまり使いたくない。
朝食のあいだも先日の孤児の受け入れ話の余韻が残っているせいか、クレリアの言葉は少なかった。けれどこれからの話はクレリアにはしっかり理解してもらいたい。
俺はお茶の入ったカップを置いて、慎重に言葉を続ける。
「国王陛下が俺にクレリアを連れてくるように命じた話はしたよね。三週間の期限のうち、すでに七日が過ぎてしまったけど」
「アランはその前にスターヴェークを奪還するのでしょう?」
クレリアの瞳に俺は少したじろぐ。文句を言われるより、純粋な信頼のほうが重く感じてしまう。
「今日の夕刻、シャロンが戻ってから拠点の隊長格全員で打ち合わせをする。クレリアにも参加してほしい」
「もちろん参加するわ。でもアランは私に何かをしてほしいのではないの?」
そこまでわかっているなら話も進めやすいな。
「スターヴェーク奪還はクレリアの願いだ。だけど奪還の方法は皆に強く反対されれば、俺が独断専行はできない。だから間を取り持ってほしいんだ」
「わかったわ。皆の気持ちを一つに取りまとめるということね」
「頼む……それと今回はダルシム隊長からかなり反発があると思う」
「つまり私に危険が及ぶ、と」
「絶対にそんなことはないよ。でもそう思われかねない点はあるかな」
「アラン、もう少しはっきり言ってくれないかしら。具体が見えないわ。それはアランの力でも守り切れないようなことなの?」
「それは……」
◇
大広間には、クレリアとダルシム隊長、近衛及び辺境伯軍の隊長格全員、そしてライスター卿父子が待っていた。シャロンとエルナ、そしてヴァルターも旅装のまま参加している。ドラゴンで帰着してすぐに参加してもらった。
すでに広間の大窓から夕日が差し込んでいるが、大テーブルを囲む面々からは強い緊張感が漂う。全員が集まったのはガンツ攻防戦の討議以来だから無理もないか。
「今日集まったのはほかでもない、スターヴェーク奪還についてだ」
とたんに隊長格たちの顔色が変わった。ライスター卿とダルシム隊長だけは、平静を保っている。おそらく何らかの予感があったのかもな。
「まず、会議の前に皆に伝えておくことがある。ルドヴィークの探索はギニーアルケミンは見つからず失敗に終わった。ロベルトは慰霊のため現地に残った」
皆は無言のまま俺の次の言葉をまっている。この中でギニーアルケミンのことを知っているのは少ないからな。
「詳しくはエルナから聞いてほしいが、地下に残された証拠から、ギニーアルケミンはすでにアラム聖国の手の者が略取したものと考えられる」
「情報が漏れていたということでしょうか」
ダルシムが言った。すぐに核心にたどり着くのはさすがだな。
「俺たちがガンツ防衛に成功して以降、アラム聖国は我々に注意を向けているらしい。エルヴィンにはこの拠点及びガンツでの防諜に当たらせている」
「アラン様、すでにサンソン卿がご領地に帰着されるころです。ドラゴンを使った通信手段も確立しております。卿の配下からアラム聖国へ間者を放つ、というのも一つの方法では?」
ヴァルターの考えは正しい。だが、もうそんな時間はない。
「実は十日後にアトラス教会は”聖戦の回勅”を行うとの情報が入った」
「おおっ!」
「なんと!」
「実に百二十年ぶりですぞ!」
驚いた隊長たちが口々に声に出している。
「王都に戦勝報告に行った際、ゲルトナー大司教から聞いた話だ。アロイス王国では教会施設が破壊され、聖職者も追放されている。明らかにアラム聖国の関与が認められたため、教会も動くことになった。十日後の枢機卿会議で決定するだろう」
昨夜話してきたとは言えないので、そういうことにしておく。
「重要なのはここからだ。我々がスターヴェークを奪還するにあたり最も大切なことはなんだろうか?」
「誰よりも早く、スターヴェーク領内に到達することです。ベルタの正規軍に先陣を許せばそのままベルタ王国の統制下に入る恐れがあります」
すかさずダルシム隊長が答えた。
「その通りだ。我々はベルタ王国軍や回勅に従う諸国に先んじてアロイスを落とさねばならない。十日間の情報優位性を最大限に利用する。直ちに出撃準備にかかってもらいたい。必要な物資についてはガンツの商業ギルドに俺が話をつける。さらに……」
俺は横に座っているクレリアに目をやった。
「アラン、ここからは私が話す。皆も知っていると思うが、ベルタ国王は今から二週間以内に私が王都に出頭することを望んでいる。そうなれば王とエクスラー公爵は私を手放さず、我々のスターヴェーク奪還の道は断たれてしまう」
急に広間の中は静まり返った。この問題はすでに全員の知るところとなっているらしい。王命を無視すれば、俺の地位は間違いなくはく奪される。しかしクレリアがベルタ王都に向かえば、スターヴェーク奪還はベルタ王国が主導権を握ってしまう。
「そこでアランとも相談したのだが、私は王都に向かう」
「クレリア様!」
ダルシムとヴァルターが同時に声を上げ、立ち上がったのをクレリアは軽く手で制した。
「この拠点を立ってから回勅が出るまでの間だけ、私がベルタ王都に向かうという形をとる。回勅が発布される期日を境にすみやかに進路を変え、誰よりも早くスターヴェークの地へと向かう」
ダルシムがまた立ち上がった。
「それではクレリア様が奪還の最前線に立つことになります。あまりにも危険です!」
「アランとそなたたちもいる中で私の安全が脅かされるとでも?」
「し、しかし敵は南部貴族を主体とする十万もの兵力。さらにアラム聖国からの増援も予想されます。我々の兵力は、先のガンツ攻防戦で得た傭兵を加えても七千名に届きません。あまりに無謀です」
当然、そう考えるよな。だが、まだ伝えていないことがある。
「回勅の発布と同時に、アロイス-アラム間の街道をドラゴンで叩く。これでアラム聖国からの増援はこない。さらに主要な南部貴族の拠点もドラゴンで抑止する。アロイス王国の支援者を先に潰してしまえば、十分勝機はある」
「アラン様、お言葉ですがスターヴェーク王国での王都の護衛兵でも常時二万は数えておりました。猜疑心の強いロートリゲンならもっと兵を配置するでしょう」
「実はサンソン卿にも圧政に苦しむ北部貴族を動かすように指示している。北部貴族がアロイスに反旗を掲げれば、王都の正規軍は南方の騒動に加え、北方にも注意を払わねばならない。つまり南北で陽動を行うことで王都の守りはずっと薄くなる」
実際には輸送ルートをコンラート号からの艦砲射撃、南部の有力諸侯をたたくのがドラゴンたちだ。さらに北部貴族の反乱があまりにも早くアロイス軍に制圧されないよう、上空にドローンを送って彼ら支援する予定だ。
「その後、奪還軍と南部地方で陽動を終えたドラゴン部隊はアロイス王都近郊で合流する。最終目標は王宮内のロートリゲン一族の捕縛だ」
黙り込んだダルシムにかわって、同じ近衛のブルーノが言った。
「ダルシム隊長が危惧される気持ちもわかります。ですが俺はアラン様の作戦に賛成ですね」
「ブルーノ、何を言うか!」
「いやね、これはいつかはやらねばならないことです。俺たちの兵力が十万人になるまで待ってる時間はないでしょう? 俺たちにはドラゴンもいるし、今がその時なんですよ」
「私もブルーノの意見に賛成です」
ヴァルターがブルーノに目をやりながら言った。普段は対立しがちな二人だが、ここは意見を同じくするらしい。
彼らはガンツ防衛戦でのドラゴンの威力を実際に目の当たりにした者たちだ。同時に弱兵で八万近い大軍に勝利した実績をかみしめた者たちでもある。やがて一人、またひとりと隊長たちから賛同の声が続いていく。
「私も出撃に賛成です」
「やりましょう!」
「しかし王都に入ることはできても王城は難攻不落。近衛の長としてそれだけは申し上げます。必ずや激戦となるでしょう」
「ダルシム、素朴な疑問なんだが、なぜアロイスの反乱軍は王城を落とせたんだ? 難攻不落なんだろう?」
ダルシムの顔色がさっと変わった。俺はなんか気に障るようなことでも言っただろうか。
「アラン、ダルシムを責めないでほしい。これには事情がある」
別に責めているわけじゃないが、ダルシムの顔つきが硬直しているところを見るとよほど話してはいけないことらしい。
「百六十三年前、スターヴェーク王国は南方の旧アロイス王国を併合し、融和政策としてアロイスの主要な貴族位をそのままにしていたの。それだけでなく、父上は有力な南部貴族をスターヴェーク王国の軍務大臣と財務大臣にまで取り立てた。でも……」
ライスター父子を除けば全員が沈痛とでもいう表情に変わっている。そうか、これは隊長格全員に共通する後悔なんだな。危険分子を高位に据えたという人事上の大失敗だ。当時、近衛は反対していたが、国王に押し切られたか。
「反逆者の侵入を手引きしたのも彼らに違いないわ。内部の手引きがあれば落城は早い。逆賊は堂々と正門から入り、その後すぐに冤罪をかぶせられた父母と兄上は……」
クレリアは言葉を切った。だがテーブルに乗せた手は固く握りしめられている。
あまり昔のことを思い出すのはよくないな。それに議題からも離れはじめている。
「つまり内通者がいない限り王城正門からの侵入は困難ということか。けど、以前クレリアは家族から最後の手紙をもらったんだろう?」
「忠義の者が囚われた父上から手紙を受け取り、私に届けてくれた。けれどその者はルドヴィーク城にとどまり、戦いで命を落としたと聞いている」
「手紙を持って脱出した者がいるなら、もしかして王城には秘密の通路とかがあるんじゃないか。ダルシムは知らないのか」
「…………」
近衛の長であるダルシムさえ聞かされていないとは、よほど秘匿されているのだろう。
王城の攻略まで俺が手を下しては話にならない。あくまでクレリアと近衛が主体になるべきだ。ある程度の手助けはするが……。
「王族の墓はルドヴィークにある。だから葬儀ののちは王城からひそかに棺を運び出したはずだ。この中に葬儀に立ち会ったものはいないのか」
近衛のエルデンス卿が口を開いた。
「確か、ノリアン卿の御父君はクレリア様の祖母、エリカ様が御隠れになった際、葬儀を取り仕切ったのではなかったか?」
「はい。ですが、父は葬儀のことは何一つ話しませんでした。ただ、関係ないかもしれませんが、典儀長を仰せつかってからというもの、珍しい古書を持ち込んで熱心に読んでいたのを覚えています」
「王室の図書室は一か所だけ、しかも限られた者しか入れない……。クレリア様、もしかすると」
「そうかもしれぬ。私もエリカ様が亡くなって数週間は図書室に入ることを禁じられていたのをおぼろげに覚えている」
「わかった。その線で俺の手の者を使って調べよう。もしはっきりした場所がわかれば、それを利用することも作戦に入れるべきだな」
「アラン様、もし通路の場所が判明しても、お一人で侵入せぬようお願いいたします。これは近衛の仕事です」
「ダルシム、その上で今回の作戦に賛意を示してくれると考えていいのか?」
ダルシム隊長は一瞬、クレリアを見つめたがやがて言った。
「近衛の長として、クレリア様を全力でお守りいたします」
それだけ言うとなぜか俺から目をそらした。
クレリアは全員の同意を確かめるかのように居並ぶ隊長たちを見渡した。
「では、スターヴェーク奪還に向けて直ちに準備にかかれ!」
「「御意!」」