大広間にはまだ明かりがついていた。
「エルナ」
航宙軍女性士官の制服を着た姿がふりかえった。
「クレリア様はお休みになられました。食後酒が強かったせいかもしれません」
「その口ぶりではそうではないのか」
「今日、私はクレリア様のお供で教会の建設現場に参りました。司祭様と一緒に進み具合を確認するためです」
「それがどうかしたか」
「ご存知の通り、教会は南の門から北に伸びる道筋にあります。今日、アランは商業ギルドの人たちを案内するということでしたよね」
「それと教会がなんの関係があるんだ」
「ちょうど教会堂からでてきたクレリア様と私の前をアランの乗った馬車が通り過ぎていきました。アランの横にはカリナさんもいました」
エルナはいつになく厳しい顔で俺を見ている。いったい何が問題なのかわからない。
「ご自分の立場というものをよく理解されていないようですね」
そうか。思い出した。
あれはシャイニングスターとサテライトの連中をグローリアの空中飛行に誘ったときのことだ。今日と同じように俺はカリナと一緒に御者台に並んで座っていた。それをエルナにたしなめられたことがあった。そのときは気にもとめなかったが……。
「アラン。私は近衛として主をお守りせねばなりません。それは外敵からだけでなく、将来おこりうる禍根からも守る、ということです」
「カリナが将来、問題になるのか」
「男爵位ともあろう者が、将来的な共同統治者がいながらほかの女性に関心を寄せるのは良くない、ということです」
「それは誤解だ。エルナも知っていると思うが、カリナは非常に優秀な人材だ。サイラスさんに彼女をこの街のギルド支店長として推薦するつもりだ。そんな人物と良好な関係を築くことになんの非がある?」
エルナは深い溜め息をついて俺を見つめた。あきらめと困惑が入り混じったような微妙な表情だ。
「さすがはアラン、いまの説明に全く誤りはありません。そのとおりです。カリナさんはとても優秀です。あの一癖あるギルド長から一目置かれているくらいですから。ですが、今後は公人としての付き合い以上のことはやめたほうが良いと思います」
「リアがそう言ったのか。エルナにそう言えと」
「違います! すべて私の……近衛としての……一存です」
なぜか、エルナは目を伏せた。
「もしかして、帰り際にカリナになにか言ったのか。少しうつむいていたようだが」
「庶民の立場をわきまえた方がいい、くらいのことは言ったかもしれません」
「それは言いすぎだ!」
一瞬、俺に声にびくっとしたエルナだったが、すぐさま言い返した。
「貴族には貴族の、庶民には庶民の役割があります。その線引を曖昧にすることは許されません。どうしてアランはそのことがわからないのですか」
この惑星では王族を頂点とする身分制が長く続いてきた。エルナもクレリアもそれ以外の世界を知らない。俺との間にどうしても埋めきれない深い溝ができるのはしかたがないことだ。だからエルナは悪くない。自分なりに正しいと思うことをやっただけだ。カリナには俺から謝ればいい。
「わかったよ。これからは気をつけよう。エルナ、忠告をありがとう。ダルシムが隊長に復帰した今、諫言してくれるのはエルナくらいだ。これからも頼む」
なぜかエルナは硬い表情で俺に一礼して、俺の前を通り過ぎ、ドアに向かった。後ろ姿が一瞬、誰かに似ているような気がしたが、よく思い出せない。
ドアの閉まった音がうつろに大広間に響いた。
『セリーナ、シャロン。聞いていたな』
ややしばらく間があって、二人がARモードで現れた。
『大広間のビットで収集した情報は私たちも共有しています』
『分かっている。一つ聞きたい。今日俺は間違ったことをしただろうか。いや、これは命令ではないから無理に答える必要はないし、回答は軍務に関係なくても構わない』
二人は一瞬、目を合わせたがシャロンが答えることに決めたようだった。
『冒険者をしていた頃は五人だけでした。ですがこれからは大勢の人と関わりを持たねばなりません。それらの人々は航宙軍のことなど知りませんし、そのルールについても無知です。だから私たちの価値観と相違が生じることはあると思います』
『それは一般論だろう。今日のこととどうつながりがある』
『二人はアランを失いたくないのです。彼女たちの目的実現はすべてアランにかかっています。エルナはアランの気持ちがリア以外に向くことを懸念しているのでしょう。たとえアランが航宙軍の一人の兵士としての価値観で許容できても、リアたちにはとても恐ろしいことなのかもしれません』
『俺は商業ギルドの人達を案内しただけだ。他意はない』
今度はセリーナがARモードでもはっきりわかるくらいのため息を付いた。
『アラン。それは私たちも同じです。たとえば、アランが……カリナさんでなくてもいいですが、ほかの女性に心を奪われ、目的を忘れてこの惑星で一生を終える決心をしたとしましょう。それを私たちは止めることはできません。しかし、そうなったら大変残念です。いえ、悲しい』
『セリーナ……』
シャロンが驚いている。普段は冷静なセリーナがここまで言うとは俺も思っていなかった。俺が周囲の人間の心情に無関心だったということか。
『わかった。これからは気をつけよう。カリナも理解してくれるだろう」
『彼女はアランにあまりにも深い恩義を感じています。それが別のものに変わるかもしれません』
シャロンの言っていることはよくわからないが、一つだけ今の俺たちに言えることがある。
『俺が叙爵されてからの数ヶ月はあまりにも忙しすぎた。俺たちはバラバラになりかけている。冒険者として一致団結していた状況が大きく変わってしまったからな。セリーナとシャロンの気持ちもわかった。みんながまたあの頃のように一つになれる方法を考えよう。夜中、呼び出してすまなかった。ありがとう』