二日後……。
明日に控えたスターヴェークへの進軍を前に、糧食の確保のためガンツとの間を行ったり来たりであわただしかった。武器はガンツ攻防戦で鹵獲したのがたっぷりあるが、糧食はサイラス商会の協力――例によって法外な請求があったが、俺の”貯金”をある程度取り崩した――でなんとか準備を終えた。もともとアラム聖国の白銀貨が原資だからなんの問題もない。
今日は朝からセリーナたちと南部諸侯制圧の作戦を検討だ。しかし、できるだけ人的被害を少なく、かつ十分な恐怖を与える、というのはなかなか難しい。
[アラン艦長、連絡シャトル便D2改がまもなく着陸体勢に入ります]
すっかり忘れていた。今日は艦内工場で作られた汎用ボット用の交換パーツを地上におろす予定だったな。
この拠点を構築する際に、汎用ボットや掘削機械などを酷使していたから、優先度の高いパーツばかりだ。
「わかった。俺も一度帰還に立ち会おう。セリーナたちも来てくれ」
「「了解」」
城館の中庭から偵察ドローンに乗り込み、西の山脈中腹にある発着場まで移動すると、すでに発着場の倉庫の前に汎用ボットが整列していた。
[まもなく着陸します]
空を見上げるが、着地態勢に入ったシャトル機はステルスモードなので可視光では見えない。視覚を熱源探知モードで見ると、姿勢制御の噴射口付近がうっすらと赤く滲んで見える。
着地と同時にステルスモードが解除されて、偵察ドローンより二回りほど大きいシャトル機が姿を現した。
「本日の貨物は汎用ボットの交換パーツ、及び未回収の艦内居住エリアからの物品です。リストはこちらです」
セリーナがリストを俺に渡した。
コンラート号はコールドスリープ区画を完全に失ったが、乗員不在のまま居住エリアだけは無事だった。リストには航宙軍の作業用ツナギ、工具類、俺が個人的に持っていた調理セットなども記載されている。イーリスのやることに抜かりはない。
シャトル機後部の貨物ハッチが開いた。俺が積載リストから目を上げると……。
「イーリス・コンラート大尉、只今着任しました」
制服姿のイーリスが後部ハッチから出てきて敬礼する。
思わずVRモードが起動していないか確認してしまう。セリーナがこっちを見て首を振った。やっぱりVRなんかじゃない。
「……クローン、なのか?」
「いいえ。艦長のご命令で、セリーナとシャロン以外は製作していません。私は軍用AIのインターフェースとして音声もしくはホログラムでしか艦内に存在していませんでした」
といいつつ、イーリスはちょっと笑ったような気がする。
シャロンが言った。
「もしかして、トレーニングボットを改造したの?」
艦内の訓練施設には対人戦闘訓練用のボットが用意されている。セリーナとシャロンだけでは習熟の難しい格闘技を、高度な自立行動ができるトレーニングボットで習得したはずだ。ボットは人間が使用するあらゆる武器を使うため、四肢や体形も人間とそっくりに作られているが……。
「イーリスがインストールされたボットということか。だとするとイーリスが二台、いや二人いることになるぞ」
「いいえ。私のメインモジュールは依然としてコンラート号にあります」
「二人いることには変わりないんじゃないか」
「この体はコンラート号にあるメインフレームの目や耳だとお考え下さい。私の視点では二つのディスプレイをならべて、軌道上の視点と地上からの視点を同時に視聴している状態に近いでしょうか。この機体はシャトル便で送っていただいたプロセッサモジュールも内蔵していますので、通信が遮断された場合でもある程度の自立行動が可能です」
モジュールを修理すると言っていたが、こんなことに使うとは。なんか騙されたような気がしないでもない。
「イーリス、模擬戦闘ボットとずいぶん姿が違うけど構造はどうなっているの」
「詳細は後ほど。まずセリーナとシャロンには謝らないといけませんね」
「なんでしょうか」
「いままで連続同期を続けてごめんなさい」
「いいえ、プライベートな時間は同期を解除できるし……あ、そういうことね」
「なるほど」
なにがそういうことなんだ? シャロンとセリーナはともに納得顔でうなずいている。
「私やセリーナがイーリスと同期していないときは、イーリスは目を塞がれているような状態になってしまう。それを回避するためでしょう」
「……そうなのか」
「はい。私は軍務の都合上、地上に降りたことがなかったので、こうやって新たな視点でアラン艦長にお仕えできるのを嬉しく思います」
イーリスは俺にもわかるくらいはっきりとした笑みを見せた。表情の微細な動きまで再現できるのか。
やはり俺のいやな予感は当たってしまった。最近のイーリスは非常事態宣言以来、独断専行の嫌いがある。シャトル機が完成次第、すぐに艦に戻るべきだった。
ちょっと待てよ? 唐突にあることを思い出し俺は愕然とする。
「もしかして、その姿で任務につくのか」
「なにか不都合でしょうか。軍務である以上、制服のほうが」
俺は一人でこの大陸に流れ着いたことになっていた。後付けでセリーナとシャロンは同じ船に乗っていたことにしたが、これだってかなり無理な話だ。
その上、セリーナたちとそっくりな年上の姉といっても通る顔立ち――コンラート准将のオリジナルを模しているから当然だが――どうやってクレリアに説明すればいいんだ?
「アラン、積荷はすべて倉庫に格納しました。汎用ボットが偵察ドローンの整備を開始します」
イーリスを送り返すわけにもいかない。というか実体を眼前にして帰れとは言いづらい。まずは城館で話を聞こう。
◇◇◇◇
執務室に入ってすぐにイーリスとセリーナ、シャロンが並んで座った。こうやって実体が目の前にいると本当に三人姉妹のようだ。
「で、ボットに姿を変えてまでここに来た理由をくわしくきかせてくれないか」
「軌道上のコンラート号と地表の距離では、ナノムから携帯用の通信コミュニケーターを経由する場合、一秒近いタイムラグがあります。たとえセリーナとシャロンがコンバットレベル九十以上でも王都で危険に陥ったことを考えると、解消するには直近で任務にあたるのが適当と判断しました。一言で言うと、護衛をより身近で強化するためです」
例の王都でエルヴィンの罠にはまった時のことか。あの事件以来、隊長のダルシムも警護にかなり気合を入れるようになったんだよな。イーリスもおそらく同じ考えなんだろう。
「さらに、これまでの艦長の行動ログを改めて検証したところ、かなりのオーバーワークです。セリーナとシャロンを合わせても航宙軍としての人的資源は枯渇していると言っていいでしょう。すなわち早急な増員が必要です。これ以上、アラン艦長のご負担を増やすことなど私には認められません!」
映像を相手に会話するのとは違って、実体を得たイーリスと会話していると、なんかこうぐいぐい押されるような気がするな。
だがセリーナとシャロンにそっくりな人物が城館にいるのはさすがにまずい……というか危険な気がする。クレリアに説明がつかないよな。
「イーリス、その容姿は変えたほうがいいと思うぞ」
「お望みとあれば、ナノムによる改変が可能です」
「えっ。ボットなのにナノムを常駐させているのか」
「はい。人間に限りなく近づけるために、私の外装はクローン胚から作成した人工皮膚を使用しています。その維持のためにナノムが必要なのです。細胞に栄養を与えるために食事もできます……味わうことはまだできませんが」
「そのクローン胚の出所は? ……まさか」
「イーリス・コンラート准将の体組織からです」
……やばすぎるだろ。これは。
人類銀河帝国の帝国国教会の連中が聞いたら泡を吹いて卒倒するような内容だ。くそ、俺の悪い予感が斜め上の方向で実現してしまった。イーリスが俺に内緒でまだほかにやらかしてないか、やっぱり一度は艦に戻らないとだめだな。
「イーリス、構造仕様書を見せてくれ」
仮想スクリーンに詳細な構造図と概要が浮かび上がった。
基本的な構造として図上の基礎レイヤーに人体モデルが浮かび上がった。対人戦闘訓練ボットだから当然と言える。しかし使用されている強化骨格は、軽量ながら人骨よりはるかに強靭な泡状金属素材だ。図のレイヤーを重ねていくうちに体内にはさまざまな機構が追加されているのがわかる。
コミュニケーターと同様な通信機能も内蔵している。肺呼吸の必要がないから、ナノムを使わずとも自力で長距離走行モードに相当する高速移動も可能らしい。内臓バッテリーも通常のボットより出力が大きい。というかこれ兵器化も可能なんじゃないか。いや、元が戦闘訓練用だから当たり前か……。
右手の装備は何だろう。スワイプして拡大すると内臓バッテリーからの太い動力線が結線されている。
一番上のレイヤーには構造体に張り巡らされた微細管のルートが浮かび上がった。これは皮膚組織への栄養供給機構、つまり”血管”、か。
俺はかつて重巡洋艦[テオII]に乗船していたころ、惑星ミルトンの激戦で担当士官が戦死したため、修理スタッフとしてボットの管理を手伝ったことがある。だから構造についてはかなり理解しているつもりだ。だが、これほどの機構は初めて見た。俺の理解の及ばない構造もあるうえ、容姿が全く普通の人間と区別がつかないレベルとは……。
「イーリス、右手の装備はなんだ?」
「小型化したレーザー銃です。通常の武器も当然扱えますが、武器が容易に手にはいらない状況も考えられますので。むろんコンバットレベルは九十九を維持しています」
「じゃあ、私たちと手合わせしてもらってもいい?」
「もちろん、喜んで」
「すごい! イーリスと格闘訓練できるなんて!」
シャロンたちは単純にはしゃいでいるが、俺のコンバットレベルは情けないが八十五だ。メンバー最弱レベルの位置は変わらないな。
しかしよくこれだけの構造を考え出したものだ。様々な制約に縛られている軍用AIがこれほどの独創性を発揮した例は俺も知らない。
俺が構造図を見ているあいだにも、刻々とイーリスの容姿が変わっていく。やがてセリーナたちと同じ年頃の女性の顔形になった。
「これまでに観察したアレス人女性の典型的な姿形にしてみました。いかがでしょう?」
「まだ元のイーリスの面影がすこし残っているけどこれでいいか。シャロンに頼んで髪も染めてもらったほうがいいな」
これくらいなら、クレリアやエルナにも疑問を持たれることはないだろう。だが俺たちの仲間として活動するにはもう一つハードルがある。
「クレリアにはどう説明する? まさかセリーナたちと同じ軍人扱いするわけにもいかないし」
「アラン、教会の手を借りたらどうでしょう。教育係として城館にシスターを迎える話もありましたし、ちょうどよいのでは」
なるほど教会か。こういう形で利用するのもありだな。シャロンの案を採用しよう。
「イーリス、教会関係の知識はあるか」
「王都で入手した宗教書はすべて目を通しています」
「それはいい。イーリスにはシスターになってもらって、城館の教育係として常駐してもらおう」
「アラン、イーリスの補佐としてガンツのデニス家令の息女、マルティナについてもらったらどうですか。我々にもまだこの大陸の風習とかわからないところはありますし、マルティナには教育の才があります」
「そうしよう。たしかシスターになるには任命式とかがいるはずだ。拠点の教会に行って関係者に会おう」
「アラン艦長、この大陸の慣習ではこのような場合、信頼できる人物からの紹介状が必要です」
「そうだな……。デニスさんに紹介状を書いてもらおう。マルティナの話もその時に詰める」
イーリスが物理的に城館に常駐してくれれば、我々三人が前線に立つような場合に、実体を持ったイーリスがこの拠点で守りを固めてくれれば助かるというものだ。