大広間のテーブルをはさんで俺とクレリアは向かい合っていた。テーブルには夕方からずっと手間暇かけた俺の手料理が並んでいる。
広間に入室してすぐにクレリアは言った。
「セリーナたちはどうしたの?」
「シャロンは拠点の学校で司祭様と打ち合わせだ。セリーナは隊長たちと行程を検討している」
「行程は私に一言相談してくれてもよかったのに。それにこの衣裳。正装してくるようになんて急に言われても……」
と言いつつ、クレリアは俺が引いてやった椅子に座った。急な話だというのに愛用している地球産のゴスロリ風衣装ではなく、査察の際にあつらえたこの大陸の正装だった。無論、俺も航宙軍の制服を着ていた。クレリアに正装させて俺が半袖シャツというわけにはいかない。
「この辺りで、仕切りを入れたくてね。クレリアと出会ってもう一年近くになるかな。思えばあわただしい道のりだった」
「…………」
クレリアは答えず、黙っている。俺はグラスに大樹海の葡萄から作ったワインを注いでやった。
「いよいよ明日……。長いように思えてあっという間だった。追っ手から逃れて、こうして元気でいられるのもアランのおかげね。とても感謝という言葉だけでは足りない」
「そこは女神ルミナス様のご加護、と言うところだろ」
「もちろんその通りよ。でもルミナス様のお導きがあったにせよ、実際に労をとってくれたのはアランよ」
「セリーナやシャロン、そしてエルナも尽力してくれた」
「あの三人は特別。私がこれまで見聞きした中で、あれほどの忠誠と献身を見せる者は少ないわ」
俺もセリーナとシャロンには感謝しているけれど、時に彼女たちの気持ちを重く感じることがある。俺は二人の献身に十分に報いているだろうか、と。
気楽だった下士官時代とは違い、いまや艦長だ。しかも指示を仰ぐ対象すらいない。航宙軍的にはこの星系での最高位というのがいまだに慣れない。
「ところで、いまセリーナが隊長たちに説明している内容を私にも教えてほしい」
「そのためにこの席を設けたんだ。クレリアにしか話せないこともあるからね。食事が終わったら話そう」
デザートが済んでから、俺とクレリアが向かいあうテーブルに大陸の地図を広げた。
「まず、地図を見てほしいんだけど」
俺は拠点からガンツを経て、そしてベルタ王国を横断するように続く街道を指でなぞった。その先はやがてゴタニアから王都に向かう街道に接続する。
「聖戦の回勅が発布されるのは今から八日後。その時にはクレリアの率いる奪還軍は、この二つの街道が合流する点に到達してほしいんだ」
「かなりの距離がある。部隊の多くは徒歩だから、ぎりぎりの期限ね」
「その間に俺のドラゴン部隊で、アラム聖国とアロイス王国につながる街道の橋を落としてから、南部諸侯を制圧する」
俺は拠点からアラム聖国の国境付近に羽ペンで薄く線を引いた。
「ドラゴンならこの距離を期限内に移動できるのね」
「グレゴリーなら二日もあれば到着するだろう。だからクレリアたちが出発して五日後に、俺とシャロンは動く。セリーナはクレリアと同行する」
「私たちが合流点に到着する少し前にドラゴンの攻撃をしたいということ?」
「その通り。同じころに北部貴族の反乱も始まるから、アロイス王国の注意は南北に割かれる。クレリアたちは聖戦の回勅の発布と同時に、進路を変えてスターヴェークへ進んでほしい。その後、アロイスの王都付近で陽動を終えたドラゴン部隊と合流する予定だ」
城壁や王城のバリスタなどは偵察ドローンによりあらかじめ破壊しておく。ただ、無血開城というわけにはいかないだろう。ドローンで完膚なきまで殲滅することは可能だが、奪還軍に自分の手で勝ち取ったという感覚を与えることが重要だ。あくまでもこれはクレリアの戦いだからな。
「この作戦、タイミングが重要ね。少しの遅れでサンソン卿の妨害工作が無に帰するかもしれないわ」
「だからこの行程は厳守しなければならない」
しばらく考えてからクレリアは言った。
「まだダルシムは私が先頭に立つことをまだ納得していないわ」
「この大陸では女性が戦場に立つことはないのかな?」
「エルナのような女性衛士は基本的に女性王族の守護だけなの。よほどのことがない限り戦場には向かわない。アランの大陸ではどうなの?」
「男女に区別なく兵役に着けるし、優秀なら将官にもなれる」
イーリス・コンラート准将の例を出すまでもなく、人類銀河帝国では、優れた資質と功績を持つ女性にはふさわしい地位が約束されている。
惑星ミルトンでの戦いを勝利に導いた艦隊司令官は女性だったし、人類銀河帝国の戦史に輝かしい名を刻む女性将官は数多い。
コンラート号所属宙兵隊の情報隊長も女性だったが、将来的には間違いなく将官になると言われていた。いまでもその面影が目に浮かぶ。だが艦のコールドスリープセクションは破壊され、眠っていた非番の女性士官たちは全員亡くなってしまった。
「アラン」
「……すまない」
「アランはときおり上の空になるけど、それはとても失礼よ」
「わかった。気を付けるよ」
つい物思いにふけってしまった。喪失感はいつまでも消えないものだ。
「アラン、話を戻すけど、男も女も一緒に戦わなければならないほど、アランの大陸では戦がひっ迫しているってこと?」
そうきたか。婉曲に外堀を埋めつつ、一番聞きたい話につなげるとは、最近のクレリアには油断できないな。
実際、バグスとの戦いはもはや拮抗しているとは言い難い。人類の技術を着実に吸収しつつ、人類との差を縮めている感がある。しかも奴らはとらえた人類を家畜化し、言語を習得しているらしい。
「最初はこちらが有利だったけど敵も学んでいるんだろう。俺の大陸では男性だけが戦い、女性が惑……自分の国に残るということはないよ」
「残された家庭はだれが守るの?」
「残る者がみんなで守る。一方的に女性に任せることはないね」
「ではこの拠点は? セシリオ王国の賠償金とか商業ギルドの銀鉱開発とか仕事は山のようにあるでしょう?」
「そのあたりはライスター卿親子に頼むつもりだ。カトルにもある程度裁量を与えて、新商品を任せる。カリナ支店長も協力してくれるだろう。それと今後の教育については、紹介したい人がいるんだ。……実はもう呼んである」
俺は広間のドアを開き、そこで待機していた人物をクレリアのそばまで連れていく。
「クレリア様、このたびアラン様の教育関係のお手伝いをさせていただきます、イーリスと申します」
司祭館でもらったシスター見習いの長衣を着たイーリスは、膝をついて深く頭を下げた。貴族に対する礼儀作法もばっちりだな。
「拠点のシスターにこのような方はいらしたかしら」
「ガンツのデニスさんの紹介で、拠点の司祭様にも承諾をもらっている」
昼前にデニス家令にイーリスを引き合わせて、話をつけた。アラン様の信頼する方であれば、とデニスさんは喜んで紹介状を書いてくれたが、メラニーに見つかりそうだったので俺は早々にデニス宅を離れた。
拠点の教会では、司祭様は口頭試験すると言い出し、イーリスが全問正答したので司祭様は驚嘆していたっけ。ただ、いきなりシスターになれるわけではなく、シスター見習いとしての承認をもらえたのだ。
「今後は教育関係だけでなく、城館の家政も広く任せる予定だ」
「クレリア様、わたくしはこの館の使用人としてもお仕えいたします」
「よろしく頼む」
急に貴族っぽいいいかたでクレリアは言った。どうやら認めてくれたらしい。これで難題は一つ解決したな……たぶん。
◇
翌朝……。
南門前の広場にはおよそ六千人の兵が整然と並んでいた。すべての武器はセシリオ軍から鹵獲した武器で更新され、鎧もおそろいの規格で整えてある。
拠点の兵のうち、高齢の者やガンツ攻防戦での負傷が十分に癒えていない者は参加させないことにしている。
上空には七匹のドラゴンがその巨体を見せ、悠然と周回していた。ドラゴンの出撃はしばらく後だが、軍勢の一体感を鼓舞するための演出だ。
南門の広場に急遽造成された壇上にクレリアが姿を現し、皆を見渡した。
「スターヴェークの子らよ、そして我が志を共にする勇士たちよ。
あの日、我が祖国は簒奪者の手に落ち、多くの同胞が倒れ、残された者たちもまた、圧政の鎖に縛られた。
我らが進む道は単なる復讐の道ではない。それは愛する家族を救い出し、失われた正義を取り戻すための聖なる旅路である。私はスターヴァイン王家の王女として、そして一人の戦士として、皆の先頭に立って戦うことをここに誓う!
我らの剣は今この時より、簒奪者ロートリゲンの圧政を打ち砕く雷光となる。輝ける星々、スターヴェークの空のもとへ。勝利をわが手に、女神ルミナスの祝福を我らに……。出陣せよ!」
部隊の先陣を切るのは主に辺境伯軍で、続いて近衛の構成だ。少しでもクレリアを前線から遠ざけたいというダルシムの考えだろう。隊列がゆっくりと、しかし確実に動き出していく。
拠点に残る家族や商人たちが歓声を上げているが、なかには目頭を押さえている女性たちもいる。彼らのためにも兵を守り、勝利につなげなければならない。
近衛の隊列が動き出すにはまだほんの少しだけ時間がある。
クレリアはガンツ攻防戦のさいに俺が制作した女性騎士の鎧をまとっていた。
「クレリア、大事なものを忘れているぞ」
俺はポケットから記章を取り出した。人類銀河帝国の赤色艦隊のマーク。超新星をイメージしたデザイン。シャイニングスターの記章だ。
「ありがとう。アラン。私たちはいつまでもシャイニングスターの一員なのね」
「もちろんだよ。エルナは……?」
エルナは手甲を俺に見せて笑みを見せた。手甲にはしっかりシャイニングスターの記章が括り付けられていた。
「俺も戦地に向かうときに忘れずにつけるつもりだ。ドラゴンの作戦が終わり次第すぐに合流する」
「アラン、どうか無事で……。私は必ず王都までたどり着いて待っているわ」
そういうと、クレリアはタースに騎乗し、そのあとを近衛のメンバーが続いていく。
セリーナが騎乗するまえにこちらを振り返った。
「では行ってまいります」
「現地指揮官として頑張ってくれ。クレリアを任せたぞ」
「はい。シャロン、グローリアにけがをさせちゃだめよ?」
「わかってるわ」
奪還軍の上空には当然ながら、直掩機として偵察ドローンを三機常時展開している。伏兵やトラップを発見次第、セリーナに連絡する。移動には問題はない。
俺は近衛が拠点の南門を通り抜けるのを待ってからシャロンとともに城館に戻った。
クレリアと近衛には言わなかったが、俺はドラゴンたちと出撃するつもりはない。アロイス王都で少しばかり工作する必要がある。
当面、この城館はしばらく誰もいなくなるが、実体化したイーリスに任せよう。
万一、アラム聖国の間者や敵対勢力が侵入しようとしたところで、彼女の前には無力だ。シスター見習いは仮の姿で、イーリスが俺の直属の部下であることはエルヴィンにだけは伝えている。イーリスは彼らを造作もなく手足のように使うことだろう。
……もしかして、イーリスはこれを見越していたんだろうか?