大樹海の拠点を出発して、ガンツで糧食を確保してから一週間がすぎた。まもなくゴタニアから王都に向かう街道に合流する。合流点で北に向かえばベルタ王国、南に向かえばゴタニアを経てアロイス王国に続く道だ。
私たちは街道を長い隊列を組んで移動していた。街道には全軍を一度に集める場所がないため、定期的に街道わきに少しそれて休みを入れている。
それでも兵士は意気軒高だ。この者たちのほとんどは故郷に向かっているのだから。
辺境伯軍から選抜した先遣隊がおよそ距離にして一時間の行程で先行し、異変を察知次第、伝令が本隊に連絡することになっている。
本隊の前衛は騎兵による重厚な守りで固め、その後ろにクレリアを守る近衛が続く。私もその中にいるのはどうかと思うが、ダルシム隊長は私も警護対象にしているのか、進軍前の打ち合わせでもこの重厚すぎる護衛陣形を頑として譲らなかった。
最後尾の兵のほとんどは徒歩なので騎馬もかなりゆっくりと進んでいる。定期的に私とヴァルターは隊列の分断を防止するために前後に馬を走らせて隊列調整をしていた。
今日の一回目の隊列調整をおえてクレリアの後ろにつくと、
「セリーナ、少し話がある」
クレリアはそっと軍装したタースを私に近づけてきた。
「出発してからずっと考えていたことがある。もしよかったら教えてほしい。……アランたちが来た大陸のこと」
アランの不注意な発言で、一時は収まっていたリアの好奇心は止まらない。アランがだめなら私から、ということね。私も注意しなければ……。
気づけば私たちの後ろでシラーに騎乗していたエルナも距離を少し詰めてきた。
「アランの大陸で戦争が起こっているのね?」
これはアランが話してしまったことだ。いまさら否定はできない。
「ええ」
「アランの軍はどんな敵と戦っているの」
「私たちの軍が総力を挙げても膠着しています」
「”ぱるすらいふる”とか魔道具を使っても?」
「魔道具を使っても、です。彼らは私たちと同じくらい賢く、そして残虐です」
「もしそうなら、みんなこの大陸にずっといるといいわ」
「…………」
『セリーナ、私はアランにあの映像を見せてもらいました。クレリア様にはまだ早いと思います』
エルナがナノム通信で話しかけてきた。バグスが侵攻したバンク星系惑星ミルトンの凄惨な映像は、一流の戦士であるエルナでさえひどく取り乱したというから、リアに伝えるには時期尚早なのだろう。いつかは伝えねばならないにしても……。
リアの気持ちはありがたいけれど、この宇宙はあまりにも残酷だ。宇宙の時間で言えばほんのわずか先で、この惑星の人々は地獄の業火に見舞われるというのに。
それだけはあってはならない。この惑星を守るために、諸国を統一し、科学教育を施すのが私たちの目的……。コンラート号への資材運搬が終われば、赤色新星の星系へ向けての通信計画も始まるけれど、通信が成功する確率は高くない。
「セリーナ」
「ごめんなさい。……つい思い出してしまって」
「最近、エルナもシャロンも私の前では考え込むことが多いわ。もしや私に伝えられないようなことでもあるの?」
今日のリアはずいぶん積極的だ。
「スターヴェーク奪還後に、リアは政務で今よりずっと忙しくなるでしょう。配下に任せるべきことは任せてください。リアにしかできない仕事がこれからたくさんあります」
「……そうね。でもシャイニングスターの一員としては、少し寂しい気がする」
そう言ったまま、リアは黙り込んだ。
ゴタニアからガンツ、そして大樹海へ向かった旅は私の心にも深く刻まれている。思えば、クローンとして高速育成された私には、子供のころの現実世界での交友関係は存在しない。それだけにリアと出会ってからの数か月はかけがえのないものだ。
初対面の時に強い口調で自己紹介して、リアを見下していたのが今では自分でも信じられない。
盗賊退治でシャロンとともに分隊を指揮して大成功してからというもの、周囲の目もがらりと高評価に変わり、エルナやリアとも次第に打ち解けられるようになった。……あの旅の日々を忘れない。
でも、今は過去を振り返っている時間はない。これからの大陸統一の過程には多くの困難が待ち受けているのだから。
イーリスから通信が入った。
[本日午前に行われた枢機卿会議で、聖戦の回勅が発布されました。教会組織は戦費二億ギニーを拠出したほか、近隣諸国と魔術ギルドに出兵の要請を行いました。なお、クレリア王女とベルタ国王との婚儀について、アトラス教会は意見書で反対を表明しています]
よし、これで問題なく進路をスターヴェークへ向けられる。
「リア、今日でガンツを立ってからから七日目。回勅が出ているはずなので、次の分岐点で進路をスターヴェーク方面へ指示してもらえる?」
「もし回勅が発布されていなかったとしたら?」
「それでも私たちはスターヴェークへ向かいます。違いますか?」
唐突に、リアは覚悟の決まった笑みを見せた。もう私たちをだれにも止められない。一路、スターヴェークへ。