惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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陽動作戦

 

 

「枢機卿会議はこちらの思惑通りに動いたな」

「はい。回勅が発布されてもベルタ王国の貴族の動きは遅くなることでしょう」

「馬鹿正直に兵や資産を提供すれば王宮内で立場が弱くなる。派遣軍の規模も小さいはずだ」

 これで、こちらも次の動きにとりかかれるというものだ。

 

 二日前、すでにシャロンとドラゴンたちはアロイスとアラム聖国の国境付近に向かった。執務室にいるのは俺とイーリス(実体)だけだ。……まだその姿に慣れるには少し時間が必要だな。

 

 

「イーリス、ドラゴンたちの位置は?」

「アロイス南部地方、アラム聖国との国境付近の森林に待機しています」

「これより陽動作戦を開始する。直近の偵察ドローンの視点に切り替えてくれ」

「了解」

 

 

 仮想スクリーンに地上の橋の姿が拡大表示された。

[アラム聖国からアロイス王国に向かう街道に五つある橋の中で一番脆弱な木造橋です。これをパルスレーザーで艦砲射撃します]

『発射』

 映像の木造橋に空から輝線が落ち、炎が上がった。一度、二度と繰り返されるうちにやがて炎は橋全体を包み込んでいく。

 橋の警護に当たっていた兵士たちが右往左往しているのが見えた。これで当分アロイス王国にアラム聖国からの援軍はこない。

 

 アラム聖国からの食糧援助も一時的に止まるが、橋一つの復旧なら数週間ぐらいだろう。つまりスターヴェーク王都奪還の後、アラム聖国を倒すにはそれくらいの時間しかない。だが俺たちはアラム聖国についてあまりにも知らなさすぎる。

 それどころか、ルドヴィークでの任務失敗からずっと、行動がすべて読まれているかのような、俺を誘導しているかのような気さえするのだ。

 たとえスターヴェークを奪還したとて、俺たちの勝利すらかすんでしまうような秘められた目的がそこにあるのだろうか……。

 

「アラン艦長、目標の橋梁は消滅しました。作戦の次のフェーズに移行します」

 

 俺の仮想スクリーンに展開された地図に、アロイス側の領地にある三つの貴族の居城がマーキングされる。この貴族たちはスターヴェーク内乱の時に、ロートリゲンの主力となった南部諸侯のものだ。

 

『シャロン、予定通り次の目標、南部諸侯の居城を頼む。ドラゴンたちには遠慮なくやれと伝えてくれ』

『了解!』

 

 目的は南部貴族が一丸となってアロイスの王都に向かうのを阻止することだ。それぞれの居城が炎上すれば、それどころではなくなるはず。

 ドラゴンなら一日もかからずに城を落とせるだろう。そのあとで俺はシャロンと合流し、王都に迫るクレリアたちと合流する予定だ。

 シャロンとの合流までまだ時間はある。

 

「頼んでいた王城の調査は」

「アロイス王都周辺に偵察ドローンで地中探査機を設置したところ、秘密通路の位置が判明しました。こちらをご覧ください」

 

 俺の仮想スクリーンにアロイスの王城がズームアップした。王城の北東側に輝点が点滅している。ここがエルデンス卿の言っていた王宮図書室だな。

 続いて、輝点から北東にまっすぐ輝線が伸びて、王都の分厚い城壁を超えてやがて三百メートルくらい先の森の中まで続いている。この森はおそらく王家の御料林だろう。

 

 さらに画像は拡大して、通路の立体映像になった。

「王族の棺を運んだだけあって幅が広いな。これなら兵が滞りなく侵入できそうだ」

「問題は、出入口ともに施錠されている可能性があります。地中探査機ではそこまでの解像度は出せません」

「わかった。それは俺が動く。……もう一つの調査は?」

 

 視点が王都全体をカバーする範囲に変わった。

 地中探査機を設置する途上で王都全域に情報ビットを打ち込んでいる。住民の状況を知るのが目的だったが、ほどなくして弾圧されたものの、ひそかに活動するアトラス教徒の存在が明らかになった。イーリスが調べたのはその集まる場所だ。

 

 王都の平面図に赤い輝点が現れた。

「調査の結果、特定の宗教用語の会話密度がこの地点で有意に高くなっています。ここが集会所と推定されます。集会は定期的に行われ、今夜も行われるようです」

「おそらく信徒同士で秘密裏に連絡を取り合っているはず。俺はそれを利用したい」

 

 五十万からなる王都民がアロイスの王都護衛兵に反旗……は無理としても少しでも動きを妨害してくれれば、クレリアたちは動きやすくなる。いわばあらかじめ王都の中で抵抗組織を形成する案だ。

 

 イーリスは俺をまっすぐに見つめた。……実体版のイーリスは目力が強い気がする。

「この件、私に任せていただけないでしょうか」

「イーリスの役割は俺たちが不在の時にこの拠点を取りまとめることだろ」

「一時的な不在ですし、汎用ボットも稼働させればこの城館のセキュリティは他者の侵入を許しません。それに艦長おひとりで敵の本拠地に乗り込むのは危険すぎます」

 

 困ったな。実体化しているせいか、真正面から面と向かって言われると、断りづらいんだよな。確かにアロイス王都の住民を扇動するためには俺の正体を明らかにするデメリットはある。しかし航宙艦の軍用AIにまかせてよいものか……。

 

「艦長はこの任務をどのようにお考えですか」

「女神ルミナス様の御言葉を伝える使者、とでもいうか」

 イーリスの瞳が少し開いて、小さく首を傾げたように見えた。唐突に俺は目の色がコンラート准将とまだ同じままであることに気が付いて、どぎまぎしてしまう。

 何かこちらの過ちをたしなめているかのようだ。演じているのか、実際俺をやんわり非難しているのかは知らないが、表情筋の微妙な操作には驚くしかない。

 

「……すまない、言葉足らずだった。俺は将来的に宗教組織は衰退させるべきだと思っている。だが、今の王都住民に科学をどうこう言っても通じない。このさい宗教でも何でも利用するつもりだった」

「了解しました。女神ルミナスの福音を延べ伝える形で、それとなく奪還軍の到来とその正当性を教徒たちに示唆する、という理解でよろしいでしょうか。であれば戦術的にも非常に有効な手段とですね」

 宗教を使った扇動はとてつもなく強力だ。何しろ相手は”信者”だ。聞く耳を持っている者に信仰に絡めて吹き込むだけでいい。……そこが宗教の危険なところでもある。

 

「今後は拠点の住民と話す機会も増えますし、私にとって対人関係の十分な予行演習になります」

「わかった。イーリスにまかせる」

「ありがとうございます」

 俺の気のせいかまたしてもイーリスが―― 含み笑いだろうか ――表情を緩めたようにしか見えなかった。

 

 この作戦が終わったら、目の色は変えてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 数時間後、アロイス王都上空……。

 俺とイーリスは偵察ドローンの狭い貨物室で待機していた。まもなく着陸だ。

 幸い、集会所とみなしている建物のすぐ近くに開けた場所があったのでそこに着陸する。イーリスによれば、破壊されたアトラス教会の跡地ではないかということだったが、こちらには好都合だ。

俺一人だけなら飛行魔法で降下するが、イーリスは無理だ。いまのところは、だが。

 

 ステルスモードで着陸したドローンのハッチから外に出る。

この辺りまで南下すると、夜でも拠点の気温より高いな。少し季節外れかもしれないが、俺はフード付きのローブで身を隠し、イーリスはアトラス教会の高位シスターの正規の服装をまとっている。これは拠点の地下工場で急遽縫製したものだ。黒い生地に白いイーリスの肌が際立つ。

 

 俺が少し後ろからついていくと、シスターとお供の者といったところだろうか。どのみち長く滞在するつもりはない。ちょっとした言い回しのミスや誤解で相手が疑いだしたらすぐに離脱するつもりだった。

 

「イーリス、打ち合わせ通り頼むぞ」

「ご期待に沿うように努力しますわ」

 イーリスにしては珍しい言い方だ。これから対人練習だから口調をわざと変えたのかな。

 

 目的の建物は王都内の大通りから折れた小路の奥にある。暗視モードで周囲を見渡すと、工具店や鍛冶、冶金師の看板が多いな。この辺りは職人街らしい。

 先を行くイーリスの足が止まった。

「この建物です。熱源探知の結果、屋内に多数の人間を確認しました」

 窓という窓はしっかり目張りしているのか、漏れ出る灯火の光は見えない。間違いないな。

 

 イーリスはドアノッカーをたたいたが反応はない。ドアノブに触れたが鍵がかかっているようだ。

突然、イーリスの右小指から閃光が走った。金属の焼けたようなにおいがして、カチャリと音がした。錠前をレーザーで溶断したたらしい。

「イーリス、すごい熱量だが指は大丈夫なのか」

「問題ありません。すでに修復しています」

 まあ、素体が戦闘訓練用ボットだから心配する必要はなかったか。だが、今後の対人交渉ではそこらへんは注意したほうがいいと思うぞ。

 

 中に入ると、何かの作業場だったものを椅子や机を取り払って広く使っているようだ。数本のろうそくの光だけで中は薄暗い。

暗視モードで確認すると、中にいるのは男女合わせて二十人か。子供らしき小さな姿見ちらほら見える。

 突然俺たちが入ってきたせいか、全員におびえを感じる。これが王都警護兵だったりすれば処罰は免れないからな。

 俺はライト魔法をつかって小さな光球を宙に浮かべた。中の連中の目には唐突にシスター姿のイーリスの姿が浮かび上がって見えるはずだ。

 

「あ、あなたは!?」

「私はシスター・イーリス。アトラス教会ゲルトナー大司教の命により、この地を訪れました」

「なんと……」

「信じられない」

「警備兵が通すはずがない」

 

 イーリスは部屋の中央に進んだ。まるで潮が引くように人々は下がり、イーリスを中心とした円を形作っていく。

「皆さんの声は届いています。スターヴェークの王都がアロイス王に簒奪されて以降、教会は打ちこわされ、多くの信徒が命を失ったこと。その迫害に耐え、今も信仰を守る皆さんの声も、です」

 

 一人、またひとりと周囲の人々が膝をついて、両手を合わせ始めた。まるでイーリス自体が女神ルミナスであるかのように。

 

「アトラス教会はこのほど聖戦の回勅を発布しました。教会を排し、アラム聖国に与するアロイス王ロートリゲンはアトラス教会に敵する者と認定されたのです」

 

 俺はイーリスの頭上にあるライト魔法を少し強めた。まあ、演出だ。

 

「さらに良き知らせを伝えます。スターヴェーク王国は生き延びたクレリア王女の下で再興するでしょう。今この瞬間にも王都を取り戻すべくこちらに向かわれています」

「おおっ!」

 驚愕のどよめきが部屋を満たしていく。

 

 一人の白髪頭の老人が口を開いた。どうやらこの集まりの長老格だな。

「イーリス様。どうか信仰薄いわれらをお導きください。今の私どもにはとても本当のこととは思えません」

「では私も女神ルミナス様を信仰する者として、約束します。まもなく解放の時が来ると、そして女神様の神意としてスターヴェーク王国の再興がはたされると!」

 イーリスが強く言い切って手を合わせると、全身がうっすらと輝き始めた。

 ナノムを表皮のすぐ下に集め、マイクロレーザー光を放出したな。イーリスのやつ相当研究しているみたいだ。

 

「ああっ!」

「なんと……」

「うう、うううっ」

 すでに多くの者が泣き崩れている。中にはひれ伏している者すらいた。本当に宗教の力は恐ろしいな。

「さあ、王都に住む兄弟すべてにこの福音を延べ伝えるのです。かならずや救いはスターヴェーク王家の血を引く者が成し遂げると」

 イーリスが言い終えると同時に、俺はライト魔法に魔石一個分の魔素を注ぎ込んだ。爆発的な光輝の中、室内の人間は目を開けることすらできないはずだ。

 

『イーリス、いいころあいだ。出るぞ』

[了解]

 

 俺は速やかに戸口から出て扉を閉め、長距離走行モードでダッシュした。

 イーリスもシスターの黒服をなびかせながらきっちり俺の横に並んでくる。集会所の扉を開けたところで俺たちを視認することはもうできない。突然、光とともに姿を消したことでさらに話がそれっぽくなったかもしれないな。

 

 走りながらナノムで会話を続ける。

『しかしよくあんな芝居をやれたな』

[王都で艦長が舞台に立たれてから、私も人間観察の一環として研究していたのです。グローリアでさえ”演技”できるのですから、私にできないはずはありませんわ]

 んー、それは違うんじゃないか。グローリアの”演技”とやらは相手が異性のドラゴン向けの話だろう。

 

 着陸地点で偵察ドローンがハッチを開け、イーリスが乗り込んだ。

「予定通り、俺は秘密通路の安全を確認してから、シャロンに拾ってもらう。イーリスは拠点を頼む」

「おまかせください」

 と言ったイーリスは急に動きを止めて、ハッチに手をかけたまま俺をじっと見つめた。

「どうかしたのか?」

「よくわからないのですが、これはきっと……胸躍る体験、なのでしょうね」

 

 俺が言葉を返す間もなく、ハッチが閉まりイーリスの姿が見えなくなる。やがてかすかな排気音を残して偵察ドローンは北に向かい、夜空に消えていった。……ひとり立ちすくむ俺を残して。

 

 

 

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