「そんなことはないさ。皆の活躍を期待している」
俺の言葉が終わると同時に、たちまち周囲は近衛と辺境伯軍の隊長格が激しい論戦を始めた。例によって先陣争いだ。どちらがクレリアの前で手柄を立てるか、だな。兵士にとって最も武勲をあげる場だから俺がとやかく言うことはない。クレリアも軍議の中心で注意深く耳を傾け、ときおり指示を出しているようだ。
これでいい。クレリアには王族としてより強い自覚を持ってもらいたい。
俺はその喧噪の輪からしばらく歩いて距離を置いた。周囲は見渡す限り開けた農地で遮蔽物もないからな。
王城の攻略の前にブレーズたち北部貴族がアロイス正規軍に敗れるのはまずい。
『イーリス、ブレーズの状況はどうなってる』
[アロイス軍はブレーズ・サンソン卿の領地まであと一日の距離ですが、悪天候と卿の配下がしかけた山道のトラップで移動は遅くなるでしょう]
『もしアロイス軍がブレーズと戦端を開くようなことがあれば、雷撃でも落としてやれ』
[了解]
気配を感じて振り向くと、セリーナとシャロンが立っていた。
この二人に伝えておくことがある。昨夜、秘密通路を歩きながら考えた出したプランだ。これが今後のクレリアとの関係に必須のものとなるだろう。
イーリスによると俺が考え出した政治形態は、人類銀河帝国の比較的古い文化圏の諸惑星では珍しくないそうだ。
「二人に伝えておきたいことがある。王都奪還後に最初にすることだ」
俺が話すと、二人とも愕然としていたが、シャロンが突然、理解の笑みを見せた。セリーナはまだその考えに到達していないみたいだな。
「まさかアランがそんなことを考えているなんて」
「シャロン、どういうこと?」
「セリーナ、まだわからないの? 多分リアはアランの考えを見抜くと思うわ」
セリーナが何か言おうと口を開きかけたとき、地面にさっと巨大な影が差した。ドラゴンたちが戻ってきた。
『族長ーーっ!』
風を巻きたてながら、ドラゴンたちがグローリアを筆頭に次々と着地していく。群れの最上位はグローリアという位置づけなのか、後ろにきちんと整列しているところは見事だ。
『獲物はすぐに見つかったみたいだな』
『あまり大きい魔物はいなかったです。でもビッグボアの群れがいたので』
ビッグボアの群れとは珍しいな。たぶん狩猟する者が少なくなったから数が増えたんだろう。
『まだ戦いは続くけど、少しの辛抱だ。いつもすまないな』
『一族のために働くのがうれしくって。それに任務? でいろんなところに行けますからねっ!』
『そう言ってくれるとありがたいね』
「アラン」
振り返ると、クレリアとエルナ、そしてダルシムが近づいてきた。顔を見ると軍議がまとまった……わけではなさそうだな。
「アラン様、一つお願いがございます」
「俺はこれ以上の手助けはしないぞ」
「アラン、討議の席でどうしてもまとまらないことがあって」
「最初に作戦の内容を教えてくれると助かるんだが」
「ダルシム」
「はっ。明朝、日の出とともに秘密通路から内部に侵入します。王城を熟知している近衛全員が王族のいる上階を目指し、ヴァルター率いる剣技に優れた二百名は城内の兵舎を押さえます。残りの兵は全力で正門を攻撃し、王都内の守備兵の注意を引く計画です」
となると残る問題はたぶんあれだな。いつもの話だ。
「クレリアの護衛ならエルナがいるだろう。俺がいなくても十分だ」
「近衛の長として彼女の腕を否定するものではありません。しかし、城内では乱戦は必至。秘密通路を通って敵の中枢にクレリア様をお連れするわけにはまいりません」
いつものダルシムとクレリアのやり取りが始まったか。たしかにお姫様の護衛をしつつ乱闘というわけにはいかないよな。
「ダルシム、クレリアの実力は、エルナを除けば魔法も剣技も並みの近衛兵よりはるかに強い」
「しかし……」
「クレリアはもう庇護されるべき者ではなく、王国のために近衛とともに戦う者だ。ダルシムは王城を奪還し、ロートリゲンの一族を捕らえることだけを考えてくれ」
「…………」
しばらく黙っていたダルシムはやがて、クレリアに言った。
「クレリア様、近衛の長としてお守りすることは変わりません。どうかそのお力をわれらのためにお貸しください」
「私は足手まといになるようなことはないと約束しよう。此度の戦、王城戦ではそなたの力が必要だ」
「ありがたきお言葉です」
ダルシムはそう言うと、クレリアに深く頭を下げた。
「アラン、私は必ずこの戦いを勝ち残る」
「クレリアの実力は折り紙付きだ。もう魔法の展開は十分に速いし、剣技も……コリント流でも何でもいい。実力をみせてやれ。それにエルナの風魔法は室内では無敵だからな。まさに千人力だよ。俺は全く心配していない」
「アランのおかげで心置きなく戦える。私はスターヴェーク王国の復興を願うすべての人のため戦うわ」
「アラン様、我々が王城を落としたとして、王都内の兵が気になります」
「ダルシム、大事なことを忘れていないか。クレリアの味方はドラゴンだけじゃない」
「…………」
「王都には五十万の住人がいる。かつてスターヴァイン王家は民から敬愛されていたと聞いている。ロートリゲンの苛烈な統治下で奴を慕う者などいると思うか?」
「い、いえ。ここに来るまでの荒廃を見るに、そのような者がいるはずもありません」
「残存する王都内の兵くらいなら、五十万の住民が抵抗すれば動きは十分に鈍くなるはずだ。そのあとは任せる」
ここで俺が宗教を利用して住民に根回ししたことは伝える必要はない。あの信者たちの反応を見ると十分に期待できそうだ。……イーリスも少しやりすぎたし、その後の言動にも疑問が残るが今は置いておこう。
『シャロン、例のものを出してくれ』
『了解』
シャロンはグレゴリーの背に乗せている荷物を鞍からほどいた。包んでいた麻布を広げる。
「これは!」
「アラン、まさか!」
巨大な布を広げるとスターヴェーク王家の紋章が現れた。
「これを全ドラゴンの肩から胸に回して取り付けると、まるで制服みたいだろう? これで王都上空を旋回する」
「これはドラゴンがスターヴァイン王家の側にあるという示威行動……」
「これで王都の民は私たちをはっきり認識するはず。二万程度の兵など問題ではないわ。アラン、……ありがとう」
「いや、グローリアも皆と同じようにおそろいを着たがっていたからね。まあ、顔見世興行みたいなものかな。あとはこれを見て王都の民がクレリアをどう思うか、だな」
シャロンとセリーナが、王国旗をドラゴンの胸に固定している。ドラゴンたちにはあらかじめ、決戦の場で装着することは話してあるし、グローリアも全力で賛成してくれた。やはり、一族としての連帯感はドラゴンにとって、とても大切なものらしい。
「ああ、それから王国旗はもう一つ用意してある。王城を落としたら、これを掲げて王都民に知らせてやるといい」
「……クレリア様、これならば心置きなく敵と戦えます」
「戦闘が終わったら俺も治癒魔法で治療を手伝おう」
「ありがたいことです」
安堵の顔を見せるダルシムをよそにクレリアは何も答えなかった。ただ、俺の顔を見ている。そして思い切ったように言った。
「アラン、すべてが済んだら、王城の大広間で会いましょう。そこで私の決意を見てもらう」
「クレリアの苦労が報われる瞬間に立ち会えるなら俺も嬉しいね」
その場所でクレリアは流浪の王女から、一国の女王へと歩みを進めることになる。
周囲ではあわただしく出立の用意が始まった。今日の夕刻には王都に着いていなければならない。途中の障害物はイーリスが除去しているが、この距離だとあまり時間はない。