王都上空……。
空に曙光がさして、周囲は次第に明るくなっていく。
この高度まで上昇すると少し寒いな。振り返ると、グレゴリーをはじめ、すべてのドラゴンが巨大なスターヴェーク王国旗を胸にまとっているのが見える。整然と隊列を組むドラゴンたちの姿は地上から見ればさぞかし壮観だろう。地上はまだ薄暗いが、六千ちかい兵士たちがひそやかに王都正門に向けて移動を始めている。
しかし、王都にはまだ目立った動きはない。
『イーリス、王都民の動きはどうだ』
[先日の工作後に、ビットで収集した会話データを処理した結果、一部に懐疑的な声もあるものの、多くの王都民が期待を込めて噂を広めているようです。元来王都では教会の力が強かったので、うわさが広がる素地になっていると考えられます]
『イーリスの演技力も貢献しているかもな』
[ありがとうございます。またそのうち機会があれば]
そんな機会があるかどうかはわからないが、これから城館の家政を任せる都合上人間と会話する機会も増える。経験値は増えたかもしれないな。
俺は視点を変えて、クレリアのナノムIDをサーチした。仮想スクリーンに輝点となって重なって見える。
近衛を先頭とする部隊はすでに秘密通路を抜けて王城に侵入しているようだ。そろそろ王都内の兵が王城に応援に向かわぬように陽動する頃あいだな。
視点を眼下にもどすと、地上では王都城壁で兵があわただしく動き始めた。どうやらドラゴンに感づいたみたいだな。
……おかしい。
高度を下げるにつれ城壁の様子に違和感を覚える。目指す正門付近はバリスタなどの投射系兵器が思ったより少ない。攻城戦なら外敵にありったけのバリスタを投入し、さらに弓兵が加わるのが定石のはず。
『イーリス、偵察ドローンで城壁周辺を精査してくれ』
[了解]
急にグローリアが急速に高度を上げた。
『グローリア、どうした?』
[グローリアには私が高度変更を命じました]
『何故だ』
[こちらをご覧ください]
俺の仮想スクリーンに王都城壁に接する建物が拡大投影される。
画面に赤く円形のマーキングが浮かび上がった。
[探査の結果、この屋根の下に重質量の金属反応を感知しました。これはおそらく「砲」でないかと推察されます]
アラム聖国には肥料の生産能力がある。火薬としてもう兵器転用していたのか。それだけでなく高度な砲身製造技術まで有するとは。
もしこれが射程の長い大砲だとしたらバリスタよりもはるかに厄介だ。
『イーリス、ドローンで砲塔を無効化しろ』
[砲塔を鎮圧するほどの火力では、貯留している砲弾の火薬に誘爆する可能性があり、市街にも被害が及ぶでしょう]
『なら、物見台と城壁の弓兵を無効化しろ。砲塔は俺が降下して制圧する!」
[了解]
奪還軍はすでに正門に向かっている。時間はあまりない。
『俺が砲塔を制圧次第、セリーナはグレゴリに―命じて王都正門を破壊しろ。シャロンは予定通り残りのドラゴンで王都上空を低空飛行してくれ。……胸の王国旗がはっきり見えるように』
『了解』
『アラン、どうかご無事で』
城壁の上に見る見るうちに敵兵たちが集まり始めている。砲撃をかいくぐってたどり着いた猛者でもこれだけの弓兵ではひとたまりもないだろう。城壁の背後の建物の扉が開け放たれ、中から砲身が剣呑な姿を現した。
くそっ。砲塔を叩かなければ。グレゴリーが正門を焼き払ったところで、格好の的となった地上軍はそこにたどり着けない。
パルスライフルとハンドガン、電磁ブレードナイフは装備している。一人でも問題はない。
眼下ではすでに偵察ドローンの攻撃が始まっていて、肩や足を打ち抜かれた兵たちが転げまわっている。俺は先ほどの図面を仮想スクリーンでグローリアと共有する。
『グローリア、この赤いしるしの上で俺は降下する。そのあとすぐにその場を離れてセリーナたちと合流するんだ』
『これ、悪い奴ですか? わたしも戦います!』
『いや、今はドラゴンブレスは危険なんだ。終わったら声をかけるから迎えに来てくれ』
『でも……。族長が心配で』
『その時が来たら必ずグローリアにも助けてもらう。だけど今回は俺の仕事だ』
『……了解』
ようやく納得してくれたか。ドラゴンの地声はフィルタリングされて代わりに女の子ボイスで聞こえるせいか、ずいぶん心細げに聞こえる。実際、グローリアは性根が優しいからな。
グローリアはまっしぐらに砲台へ降下していく。砲台の直上で俺は飛行魔法を展開、降下した。
砲台の建物外壁に外階段がある。俺は階段の踊り場に着地した。すでに兵たちの叫び声は小さくなっている。城壁の弓兵たちは制圧されたようだ。
扉を蹴破ると同時に同時にパルスライフルの引き金を引く。甲高い電子音とともに砲台の中にいた兵士たちが崩れ折れた。パルスライフルはあらかじめ対人目標に焦点を合わせるようにセットしてある。
のたうち回る兵たちの中で一人、肩を手で押さえながら、怯むことなく俺をにらんでいる男がいた。こいつが砲兵長だな。
俺はすぐに男たちの記章に気づいた。アラム聖国……いやサイヤン帝国の記章だ。こいつらはアロイスに送り込まれた軍事顧問団というところか。アロイスには大砲を自力で生産する能力はなく、こいつらが”先進技術”とともに運用を指導しているはず。
「たった一人で乗り込むとは……」
「アラム聖国から何の用だ」
「わが国の威光を知らしめるためだ。この蛮族め!」
大砲の口径は十五センチくらいか。横に積んである弾は球形ではなく円筒型……滑空弾ではなく、砲身にライフリングが施されているとしたら、この大陸の技術水準から見て数百年は先行している。これほどの技術を有するとは……。
「この大砲のことを話してもらおうか。どうやって、誰が作った?」
「話すわけはないだろう」
俺はためらわず引き金を引いた。パルスレーザーが俺が入ってきた扉の残骸をさらに細かくしていく。
「お前の体をこれくらい細かくしてもいいが?」
「その魔道具…………。もしやお前はベルタ王国の辺境伯、アラン・コリントだな?」
こいつ、俺のことを知っているのか。こんな下士官クラスにまで俺のことを周知しているとは、ますます油断ならないな。
「俺の正体がわかったところで話してもらおうか」
「お前の首には莫大な賞金がかかっているぞ。我々に対抗するのは無意味だ」
もう立ち上がることすらできないのに、どうしてこんな言葉が出せるのか。この奇妙な自信に満ちた目つき……。
突然、男はにやりと笑い、ベルトにぶら下げた筒のピンを引き抜いた。
「アラム聖国に栄光あれっっっ!!」