突然、地響きとともに図書室が揺れ、遠くから何かが爆発するような音が聞こえた。これは……アランの爆裂魔法?
「アラン様が正門を破ったのでしょうか」
「ならば、打って出るのは今。ヴァルター、王城の兵は任せた」
「はっ。どうか姫様もご無事で」
ヴァルターを先頭に、辺境伯軍の兵が黙したまま静かに出ていく。
ヴァルター率いる辺境伯の精鋭二百人は王城内の兵舎と詰所へ、近衛は敵の護衛を斬りつつ王族のいる上階へ向かう。一度に王宮内に打って出ることができないその時点が一番危険だ。その時点で発見されれば身動きも取れない。
深く静かに浸透し、こちらの戦力が満ちるまで、全員が沈黙の中で迅速に行動しなければならないのだ。
「ダルシム、ロートリゲンの首は私が獲る。護衛と王の一族郎党はそなたに任せた」
「はっ」
人生のほとんどを過ごしたこの城を私は知り尽くしている。どの部屋どの場所であっても私は忘れたことはない。それを奪い、父上から王位を簒奪したあの男は私の手で片をつける。
王の間と執務室は最上階だ。
豪奢な装飾の施された階段を兵とともに駆け上がる。
「っ!」
上階フロアで重い甲冑に身を固めた騎士が陣を組んでいる。十五、六人はいるだろうか。私が宮廷にいたころは、このフロアから上は近衛数人で事足りていた。常時この人数を配置しているとはロートリゲンはよほど臆病と見える。
大柄な騎士団長と思しき男が言った。
「何者だ!」
「スターヴァイン王家正統血統、クレリア・スターヴァイン。直ちにその場を明け渡すがよい」
「死にぞこないか。ならばこの場で葬ってやろう」
「クレリア様、ここはわれらにお任せください」
すっとダルシムのたくましい体が前に出る。同じく抜刀した近衛が敵に向かっていく。たちまち白刃が入り乱れる中、エルナの一声が放たれた。
「エアバレット!」
エルナの放った風魔法でたちまち数人の兵士が投げ飛ばされ、敵の一角に隙ができた。その瞬間、屈強な二人の敵兵がエルナの横から襲い掛かった。
「エルナ!」
「私を構わずどうか先へ!」
ここで足を止めるわけにはいかない。私は次階へと階段を駆け上がった。
突然、階段の踊り場に炎が上がる。
「!」
上階の上り口に一人の男が立ちふさがった。あの服装は王宮付魔術師か。
「クレリア・スターヴァイン王女とお見受けする」
「いかにも」
「ここより先は通すことはできませぬ」
ふいにその男の前に炎の矢が浮かび上がった。王宮魔術師なら当然……いや、この程度か。
不意に喜悦にも似た感情が、胸の内に湧きあがってくる。私がアランとの模擬戦で習得した技術に比べれば、物の数ではない。
脳裏に浮かぶのは、拠点の地下鍛錬場でエルナとともに重ねた血の滲むような修練の日々。アランから学んだ数々の魔法。
私の無詠唱のフレイムアローが敵のそれを撃ち抜き、魔術師に突き刺さる。
男はよけることすらできず崩れ折れた。なんと脆弱な。これで王宮魔術師とは。
私はまだ炎の残る階段を駆け上がった。
王の間にはもう守衛がいなかった。大扉をあけ放つ。
「スターヴェークの残党か。よくここまでたどり着いたな」
アロイス王、ロートリゲン……我が血族の敵。
以前見たよりずっと肥えた体、胡麻塩頭のその姿は一国の王にしては醜悪でしかない。この男が父母と兄の命を奪ったのだ。
ロートリゲンの身振りで周囲を数人の兵が前に出る。だが抜刀すらせず手には奇妙な筒をもっている。あれはアランの”ぱるすらいふる”とそっくりだ。まさか……。
「撃て!」
轟音とともに、アランが作ってくれた輝く甲冑に何かが当たった。
「くっ!」
凄まじい衝撃に息が詰まったまま廊下に転がり出た。つづく激しい爆音とともに、廊下の壁に穴が開いていく。鼻を刺す強烈な臭い。
なにか礫のようなものを飛ばしているようだ。魔力は感じられないが……。
これでは奴に近づくどころか、王の間に入り込むことすらできない。ならば答えはあれしかない。
追尾型フレイムアロー。
目標を視認できなければ弾着はしないが、今は足並みを乱すだけでいい。私は無詠唱でフレイムアローを射出した。王の間に入る直前、弾道が屈曲、同時に空中で十以上の数に分裂していく。
「ぎゃっ!」
「わっ!」
悲鳴がやんだ王の間では、うずくまる護衛たちと肩を射抜かれたロートリゲンの姿があった。
「小娘がっ」
「お前を守る者はもういない」
「たとえ余を倒しても、アラム聖国が必ずやお前たちを滅ぼすだろう」
「わが父をアラムへの売国で裁いたお前がそれを言うのか。はじめからアラム聖国に通じていたな。では売国の罪は私が裁く。その身を持って償うがよい!!」
私は剣にすべての力を込めて振り下ろした。
◇◇◇◇
[……艦長! アラン!]
目を開くと俺は建物の壁に身を預けていて、グローリアの巨体が目に入った。周囲から矢を射かけてくる弓兵にむけてブレスで応戦しているようだ。
『イーリス……』
[ご無事で何よりです。体内のナノムは止血を終了しています。幸い骨折などはありません]
俺はいまだ粉塵が舞う周囲を見やった。とっさに加速魔法を使っていなければ、がれきの中でうずもれていただろう。いや、この惨状だとナノムでも回復不能な致命傷だったに違いない。まさか自爆するとは……。
急にあたりが静かになった。ドラゴンを恐れて兵は逃げ出したか。
『グローリア、ありがとう』
グローリアがそっと頭を寄せた。
『族長一人で行かせてしまってごめんなさい。一緒に戦う約束だったのに』
『いや、いいんだ。敵を侮りすぎた俺の責任だ』
俺はグローリアの頭に手を乗せた。ドラゴンの長としては、決闘でもない限り単騎で突っ込むのは掟破りなのかもしれないな。今度からは気を付けよう。
『イーリス、現状を報告』
[先ほど王都の正門はセリーナの指揮のもとでグレゴリーが破壊しました。我々の兵は速やかに王都内に侵入し、市民の協力を得ながら王都中央広場へアロイスの兵を追い詰めています]
……計画通りにいかなかったのは俺だけか。格好が悪いったらないな。
「アラン!」
一匹のドラゴンからシャロンが飛行魔法で降下してきた。
顔色が真っ青だ。こっちは無事……とはいえないか。航宙軍の制服はあちこち敗れているし、顔の傷は治ったといってもまだ血だらけに違いない。
「ご無事ですか!」
「アラム聖国の軍事顧問が自爆したおかげでこのざまだ。まったく……」
「肩を貸します」
「すまない」
シャロンの手を借りてふらつく足で何とか立ち上がる。
「クレリアたちはどうなってる」
「王宮の最上階からスターヴェークの王国旗が振られています」
「そうか……。クレリアはやったんだな」
「ええ。リアなら必ずやると思っていました」
俺は視点を上空の偵察ドローンの視点に切り替えた。
ドラゴンたちはスターヴェークの王国旗を胸に、王都上空を悠然と低空飛行している。王城前の広場には俺の拠点から来た兵士たちと簡素な武器を持った大勢の市民が集まり、大歓声を上げている。スターヴァイン王家はよほど民から信頼されていたんだろう。
ブレスを吐くグレゴリーの力で正門周辺は焼き尽くされており、なおその巨躯は上空にある。この勢いに敵は戦意喪失して立ち向かえなかったらしい。スターヴェーク奪還軍と市民たちの勢いに飲まれるようにアロイス軍は次々と武器を捨てて投降し始めている。連中にとってはしょせん王都の民は別の国の住民でしかない。命を懸けて守る理由はなかったということか。
あるいは王都の民によほど苛烈な扱いをこれまでしてきて、市民の復讐を恐れているのか。
俺はグローリアに騎乗して、王城に翻る王国旗を目指して飛び立った。
◇◇◇◇
飛行魔法で、俺は大広間があるバルコニーに降り立った。広間には近衛の主だったメンバーがそろっているようだ。
その足元には十名くらいの男女が転がっている。これがアゴスティーニ侯ロートリゲン、現アロイス王の親族一党だな。だがビット情報で見た本人の姿はない。
部屋の中央にある王座には甲冑姿のクレリアが緊張した面持ちで王座に座っている。
俺の惨状をみて、クレリアの目が一瞬泳いだが、すぐに力強く言った。
「咎人を前へ」
以前のクレリアなら、俺の到着と同時に駆け寄ってきたかもしれないが、今は覚悟を見せる場だ。
荒々しく眼前に二人の男が引き出された。
ああ、そうか。この二人が裏切者の軍務大臣と財務大臣だった男たちか。
「そなたたちに釈明する時間を与えよう。わが父上の厚情を反故にして、売国の濡れ衣を着せた納得のいく理由があるとも思えないが……これは女神ルミナス様の教えによる慈悲である」
「百六十年前、アロイス王国を併合したのはお前の先祖だろうが。我々はそれを取り返したにすぎぬ」
「なるほど、ではわが父をアラム聖国への売国容疑で処刑しながら、かの国から食糧援助を受けているのはなぜか?」
「…………」
「答えぬなら教えてやろう。そなたら自身が初めからアラム聖国と手を結んでいた。スターヴェーク王国各地にあった教会施設を破壊しているのもアラム聖国の意向だな?」
「違う。併合の際にアトラス教会はスターヴァイン王家を支持した。教会は我ら一族の敵だ」
「そなたたちの先祖が領民に圧政を敷いていたからだ。当時のアトラス教会の支持のもと、ターヴェーク王国は民の救済のために併合したと聞いている」
そうだったのか。だがこの併合が両者の根深い対立となっていたのは間違いないな。別の見方をすれば、教会を憎悪するロートリゲンはアラム聖国にとって扱いやすい人材だったわけだ。
「アラム聖国に売国行為を行った者は死罪だったな。そなたらが裁いたように自らも裁かれると良い」
「馬鹿な! さすればアラム聖国の怒りが……」
「やはり繋がっていたか。だがそなたたちの野望はついえた。主と仰ぐロートリゲンは死に、有力な南部諸侯の居城はない。もうお前たちを支持する者はこの王都にはいない」
「なん……だと! そんなことがあるはずはない」
「では、外を見渡してみるがいい」
外を見渡すまでもない。ここからでもはっきり聞こえる。王城前の広場に集まった爆発的な歓声を。
「そなたたちの一族にはわが父にしたのと同様な刑罰を受けてもらう」
クレリアがダルシムに目をやると、悄然とした罪人たちは広間から引き出されていく。
「ただちに、アロイスは排され、スターヴェーク王国がスターヴァイン王家により復興なったと諸国に延べ伝えよ」
「はっ」