大広間での裁きのあと、クレリアとダルシム以下近衛の隊長たちは、王城前の広場に向かった。そこはかつてクレリアの父母と兄が処刑された場所だ。
ロートリゲンの一族も連れて行ったから目的ははっきりしている。俺は彼らの行く末を見届ける気にもならなかったので、治療にあたることにした。
城の一階に設けられた仮設の診療所で、俺とシャロンたちが治癒魔法の処置を終えたのは昼過ぎになってからだった。深手を負った者は少なかったが、俺たちは三人しかいないからな。幸い、魔石のストックはかなり持ってきていた。
簡単な治療なのに、けがをした兵士たちが治療が終わると同時にまるでひれ伏せんばかりに礼を言うのにはまいった。治療魔法をこれまで見たことがないわけではないだろう。俺を神格化するのはよくない兆候だ。
「アラン様」
仮設診療所を出てすぐにダルシム隊長が声をかけてきた。
「クレリア様がお呼びです」
「積年の恨みは果たせたようだな」
「はい。滞りなく。……王都民の誰一人として奴らを擁護しようとする者はいませんでした」
「アロイス軍も処分するのか」
「いえ、すべて王都から追放します。新たな軍編成についてはこれからです」
「なら今後は忙しくなるだろうに、わざわざ近衛隊長みずから呼びにくることもないんじゃないか」
「いえ、実はアラン様にご相談があります」
ダルシムがいつも以上に緊張した面持ちで俺に言った。
俺たちの後ろをシャロンとセリーナが黙ってついてくる。二人ともこれからのことははっきり理解しているから聞かれても問題はない。
「今後の話だな? 俺の立ち位置というか」
「はい。その通りです」
俺は階段のステップにかけた足の動きを止めてダルシムに言った。
「なあ、ダルシム。俺はもうスターヴェーク王国にとって邪魔なんじゃないか。今の俺の身分はベルタ王国の地方貴族にすぎない。そのうえ別の大陸から来たよそ者だ。故国を奪還した今、俺から政治に口出しされたくないんじゃないか? スターヴェーク王国のことはスターヴァイン王家とその臣民が決めていきたい、だろ?」
ダルシムも俺と向かい合った。しばらくの沈黙ののち、口を開く。
「アラン様にはかないませんな。多大のご助力を受けてはおりますが、アラン様のおっしゃったようなことを一度も考えたことはない、とは言えません」
「それは近衛の本分みたいなものだ。国王直下の近衛と国王のあいだに余計な存在はあってはならない」
「ですが、アラン様は姫殿下の命の恩人。そしてクレリア様の気持ちはアラン様に向かわれている。近衛としてどうして不安を持たずにいられるでしょうか」
ダルシムは規律にうるさい杓子定規なところはあるが、正確に理解している。これから俺とクレリアの関係性が国政に影響を及ぼすことを。
「それはダルシムだけの考えじゃないみたいだな。実はルドヴィークのギニーアルケミンの情報がアラム聖国にもれていた」
「な、なんとそれはまことでございますか」
「隊長格がこんなに悩んでるんだ。他の者も今後の国政について考えるところがあったんだろう。商業ギルドに身を偽ったアラムの手の者と接触した形跡がある」
「その者の名前はわかっておられるのですか」
「おそらく、その男は俺がクレリアに影響を与えて国政をゆがめるのではないか、と考えた。だから一方的に俺が有利にならないようにギニーアルケミンの情報をリークしていたようだ。だが、それは将来を憂いていたと解釈できなくもない。だから俺はその男を許す。おかげでアラム聖国の動きがわかったからな」
もしその情報が伝わっていなければ、あのルドヴィークの地下に金属板が置かれることはなかったはずだ。
ダルシムは俺を凝視したまま身動きもしない。
「さあ、どうする。俺がここに残ると言ったら? あるいはスターヴァイン王家唯一の生き残りのクレリアが俺と大樹海で暮らしたいと言ったら?」
「…………」
「心配するな。俺はスターヴェークに永住するつもりはない。俺の領地は今後もガンツと大樹海の拠点だ」
ダルシムは大きく息を吐いた。そして深々と俺に一礼して、それからはずっと黙ったまま階上へと足を進めた。
「アラン!」
俺が謁見室に入るとクレリアは王座から立ち上がり、エルナとともにこちらに近づいてきた。まだ王族としての自覚が足りないな。普通は呼びつけたほうは座っているものだろう。
「クレリア、投降したアロイス兵は追放するんだって?」
「もちろんよ。ダルシムと相談して、しばらくはスターヴェーク王国民以外は登用しないことにしたの。二度とこのようなことがないようにね。人材は大陸全土に散った元家臣を集めるつもり」
「なら俺はここにいられないな。俺はベルタ王国の辺境伯だからな」
「アラン!」
目を見開いたままクレリアの動きが止まった。
「一体何を言っているの……? スターヴェークを拠点として大陸制覇と教育をするんじゃなかったの?」
「大樹海は資源の宝庫というだけでなく、セシリオ王国、ベルタ王国からも近い。デグリート海洋王国へも陸路でいける。拠点からここに移るわけにはいかないね」
「どうして……」
クレリアの考えていたことは俺の考えとはずいぶん違っていたらしいが、この大陸の風習を考えればそうならざるを得ないよな。共同統治ならば起居を共にして当然ということだろう。
俺はクレリアの顔を見つめる。その顔に浮かぶのは怒りか、悲しみか……。あるいは別の”解”を自力で見つけ出すか。もしクレリアが十分に賢ければ、いや一国の女王としての自覚を持つことができていれば、きっとわかるはずだ。
長すぎる沈黙のあと、唇を結んでいたクレリアはやがて言った。
「ベルタ王国、アラン・コリント辺境伯に命ずる。スターヴェーク王国女王の名において、汝の所領を接収する。わが方に帰順せよ」
ああ、やはりクレリアはそこまで理解しているんだな。俺は少しうれしくなった。俺はクレリアに跪いた。
「仰せのままに、女王陛下。アラン・コリントはわが配下とともに、陛下に忠誠をつくします」
俺とともにセリーナもシャロンも膝をついている。
ダルシム隊長もエルナも驚愕の表情だ。まさかこんな展開になるとは想像すらしていなかったのだろう。
俺が王都奪還前にクレリアと合流したとき、セリーナとシャロンにはクレリアが自分の力でこの考えに到達した場合のみ、俺に合わせてくれるように指示している。
「アラン様! 本当によろしいのですか。それではベルタ王国に弓を引くのも同然。教会もよい顔をしないのでは?」
「いや、ガンツ攻防戦や今回の王都奪還で俺とドラゴンの実力は知れ渡っている。仮に攻めてきても排除できる。教会はベルタ国王とクレリアの婚儀には反対しているし、教会には影響力も行使できている。問題はないね」
「アラン、これは貴族の誓いよ。絶対に守ってもらうから」
「もちろんだよ。ただ、俺がガンツの城主であることには変わりないから、当面はガンツとスターヴェークの間で通い婚かな」
「えっ……ええっ!?」
「クレリア、俺の伴侶になってほしい。もちろんクレリアは女王のままで、俺はスターヴェークの政治に一切関与しないことを約束する」
すごい勢いで、クレリアは俺の胸に飛び込んできた。その目には涙があふれている。
今まで無理をしていたんだな。ここ数週間の動きは緊張の連続だったに違いない。
「クレリア様、おめでとうございます」
すかさずエルナが言い、続いてシャロンとセリーナが続いた。
これで名目上、俺はスターヴェーク王国の臣民となった。
大陸諸国の王制のルールに従えば、俺はスターヴェークの女王の施政に関与できない地方貴族のままだ。女王陛下の忠実な配下として、あるいは伴侶としてそれなりの地位はあるが発言権はなく、将来的に王位につくことも絶対にない。これで文句を言うやつはいないだろう。
無論、陰から教育と大陸の諸王国を統合整理するのは俺の仕事だし、アラム聖国関連の問題は山積している。
だだ、今は……。
俺はまだ涙をこぼしているクレリアをそっと抱きしめてやった。