あわただしかった一日もようやく終わって、俺は割り当てられた王族専用の居室でベッドに横になっていた。
俺の求婚は瞬く間に全軍に広まったらしい。
大勝利の余韻が冷めやらぬ中、すぐにダルシムやエルナが今後の予定――国軍再編とか婚儀とか――を立て始めたのにはまいった。俺が関与できないと言っているそばから、盛んに助言を求めてくる。辺境伯軍のヴァルターなんかは吉報を知らせたい一心でルドヴィークに残るロベルトに早馬を送ったらしい。
問題なのはクレリアで、今度は正式に求婚の儀をやるとか何とか言いだし、これもまた頭痛の種だな。またあのややこしい礼儀作法の勉強をやるのかと思うと……。
とにかく今日は疲れた。まさか死にかけるとはおもってもみなかった。ほんの数秒判断が遅れたら、俺の体は哀れがれきの一部と化していたはずだ。あのアラム聖国製の砲も現場検証もしなければならないが、王都中がお祭り騒ぎの今、王城から一歩も外には出られそうもないな。
……いや、今俺に最も必要なのは休息だ。アラム聖国が動くにしても国境の橋が復旧するまでしばらくかかるだろう。少しぐらいは時間が取れるはずだ。
例えば釣りなんかがいい。俺は拠点の北にある湖を思い出した。朝霧漂う静かな湖のほとりでのんびり釣り糸を垂れる情景を思い浮かべつつ、意識は眠りへと落ちて……。
[艦長、お休みのところ申し訳ありませんが、航宙軍の緊急会議開催を要請します]
イーリスも容赦ないな。というかイーリスが緊急というからには緊急なのだ。艦長はつらい。
『わかった。シャロンとセリーナにも呼び掛けてくれ』
[了解]
すぐさま二人の立体映像が俺の仮想スクリーンに浮かび上がった。投影された画像の二人は航宙軍の制服を着ている。実際にいま何を着ているのかは知らない。
『プライベートな時間中に呼び出してすまないな』
『問題ありません』
『さっきまでグローリアと今日の戦いの話で盛り上がってました』
グローリアが参戦するのも初めてではないし、どこに盛り上がる要素があったんだろうか。とはいえグローリアには俺の間抜けな行動のおかげでずいぶん心配をかけてしまったな。
『ドラゴンたちには褒美が必要だな』
『グレゴリーは若いドラゴンに伴侶を与えたいそうです』
『いや、その話はまたあとにしよう。……イーリス」
またどっかのドラゴンの巣を探してそこの族長と戦うのはもう勘弁してほしい。
[本日の議題はルドヴィークで発見された金属板の件です]
『新しい発見があったのか』
あの金属板は、拠点からのシャトル便でコンラート号のラボに運んで詳細な調査をさせていたんだった。
仮想スクリーンに黒い金属板の立体映像が浮かび上がった。ゆっくりと回転している。大きさは俺の手のひらを広げたくらいだ。板の一辺に切削痕がかすかに見える。もとは別の用途で使われていたものから切り出したんだろうか。
[これまでの物理探査に加え、詳細な生体探査も行いました]
映像の金属板の表面にうっすらとたくさんの指紋が浮かび上がった。
[この付着した指紋のうち、シャロンとエルナのものを除きます]
金属板の表側からからほとんど指紋が消えた。が、裏面には指紋というより明確な掌紋がくっきりと浮かび上がった。ちょうど金属板に手のひらの全体像が収まるぴったりの位置だ。
[さらに付着した表皮細胞のDNAを分析した結果、本艦のライブラリにあるものと一致しました]
金属板の横にテキストデータ、そして一枚の人物画像が添付される。
『こ、これはっ!』
『まさか』
『あの事故で俺以外の生存者がいたってことか』
この星系にワープアウトした時点で、艦橋、機関セクション、第一、第二コールドスリープ、通信セクションなど、コンラート号の人員が配置されていた場所が狙われたかのように破壊されていた。俺はたまたま重力ダンパーのあるクリーンルームにいて助かった。これはまったくの偶然に過ぎない……はずだ。
[私が把握している生存者はアラン艦長だけですが、検査結果に間違いはありません]
『アラン、この方をご存じなのですか』
『俺の上官だ。コンラート号所属、情報小隊長のエレオノーラ・ファルク少佐。交代勤務で彼女はコールドスリープ中だった』
『もしかして我々に生存を知らせるために意図的に指紋を付けたのでは?』
『つまり彼女は正式な連絡が取れない状況にある、ということ?』
『これまで挑発だと思っていたこの金属板は実は救援要請かもしれない、か」
『アラン、もしそうなら”宙兵の流儀”を守るべきです』
セリーナの言葉は正しい。宙兵は絶対に仲間を見捨てない。それが窮地に陥った仲間であるなら、いかなる犠牲を払ってでも救出に向かう。だが……。
『アラム聖国の爆発的な技術の進化は彼女が原因だとしたら』
『我々と同じく大陸統一が目的なのではないでしょうか』
『この惑星の人類は”人類に連なる者”だ。アラム聖国はこれまで大陸の各国に対して、潜入工作、武装難民の輸出、教会関係者の虐殺など多くの犯罪に手を染めている。それに加担したとは考えたくないな』
とはいえ、俺も帝国国教会の視点ではクローン製造という大罪を犯している。人のことは言えない。
『それは少佐がこの惑星に降下する以前から、アラム聖国が進めてきたことでは』
『それでも一度、直接会う必要があるのではないでしょうか』
それが救出なのか断罪なのかは今の時点では決められない。だがシャロンの言う通りコンタクトはとるべきだ。もし救出を目的とするならば、アラム聖国への攻略作戦は根本から見直さねばならないな。
『イーリス、アラム聖国の王城を表示』
仮想スクリーンに上空からの映像が投影された。
『セリーナ、意見を聞きたい』
『これは……。城というより丘の一部を切り崩して開口部を作ったような感じですね。しかも入口が一つしかありません。これでは地下要塞です。攻略は難しいのではないでしょうか。しいて言えば物資を運び入れる馬車に隠れて侵入するとか」
巨大な門の周辺には防壁があり、大勢の兵士が配置されている。門扉の周囲だけでもちょっとした城塞だ。馬車の列をみるに、ため込んでいる物資も膨大だろう。
仮想スクリーンの画像が、地下構造も含めた立体映像にかわった。
[四層のフロアがあります。構造分析から、何らかの遺跡を改造して作られたものと当初は思われました。これにミューオン地下探査の結果をオーバーレイします]
突然、最下層に巨大な輝きが表れた。
『金属の鉱床でしょうか』
『いや、違うな。ミューオン探査では物質の密度が露わになる。この密度分布だと何らかの構造体である可能性が高い、となると』
『これは人工物……』
『まさか、宇宙船?』
『もしそうなら、駆逐艦クラスだな』
『航宙艦のワープドライブは惑星の重力圏内では使用できません。運用にはシャトル便が必要です』
『だから、これは不時着したというのが正解だろうな』
『まさか、サイヤン帝国の?』
[その可能性は高いでしょう。周辺の地層から見て相当以前に着地しているようです。この要塞は過去に不時着した船体を覆土して構築されたものと推察されます]
『他に船が見つからないところをみると、残りは統一帝国の初期に資源として消費されたんだろうな』
……いや。俺は一瞬、グレゴリーがグローリアのために極地から持ち込んだ金属棒のことを思い出した。あれはもしかするとほかの航宙艦のパーツだったのかもしれない。
仮想スクリーン上の構造体から始まる通路は、四つの層を枝葉が伸びるように伸びていき、細かな通路や倉庫らしき部屋にもつながっている。これが後から作られた部分だな。
『イーリス、アラム聖国攻略を政権奪取から、救出または確保を前提とした作戦に変更してくれ。少佐が今どんな状態かわからないが、空爆などは避けるべきだろう』
[了解。作戦を再検討します]
仮想スクリーンに浮かぶ立体映像がゆっくりと回転している。
『アラン、潜入しようにも、入り口からは相当な距離があります』
『そのうえ、屈曲した通路を通らないといけません』
出入口が厳重に警戒されている一か所だけというのは非常に突破しづらいな。
『少佐の位置は特定できるか』
[王城に搬入される貨物にビットを何度か打ち込んで確認したところ、第三層に王族および重要閣僚の存在が確認されました]
『少佐がいるとしたらそこだろうな』
今どんな状態なのか。アラム聖国の閣僚として積極的に科学技術を与えてアラム聖国を強国へと導いているのか。だとすると俺の大陸統一とは真っ向から対立してしまう。
ただ、そのやり方も悪くはないと思えてしまう部分もある。アラム聖国は教会や魔法を排し、サイヤン人の科学知識がわずかでも継承されているとしたら、やり易さはあるだろう。俺みたいに貴族や教会の間で右往左往する必要がないし。だが、アラム聖国がこの大陸では狂信者とみなされていることも忘れてはいけない。
[アラン艦長、王城攻略は重質量弾による開口部形成後の侵入を提案します。偵察ドローン一機に最大積載量に等しい金属弾頭を積載し、高高度から突入させます。炸薬を最小限にすれば開口部を作る以上の被害はありません。地上部より第二層床盤を貫通する通路が確保できるでしょう]
『アラン、ドローンの損失は痛いですが、今後コンラート号で部品製造が本格化すれば問題ないのでは』
『その案で行こう』
『でも、アランおひとりではあまりに危険です。私たちも同行します』
『いや、この件は俺の単独案件とする。クレリアにも黙っていてほしい。これ以上の議論はしない』
『アラン……』
いつになく俺が強めに言ったせいか、セリーナは口を堅く結んだ。少佐を確保したとして、俺の予感ではセリーナとシャロンがいるところでは話せない内容になる気がする。もちろん、俺を援護する存在は必要だが。
『イーリス。汎用ボットの武装化は可能だな?』
[はい。ただし自立式人型兵器の運用は航宙軍では厳しく制限されています]
かつて人類がサイヤン帝国と相まみえたとき、最初期に投入された戦闘用のボットは簡単にハッキングされて味方に甚大な被害を及ぼしたという。それ以来、ナノムの制式採用の後は戦闘ボットが戦線に投入されることは少ない。
『技術的には可能だが、実戦投入はしづらい、と』
[汎用ボットは耐久性もあり、人間の使用する道具は全て使用できますが、本来は敵惑星への橋頭堡や基地の建設のために使用されるものです]
俺はしばらくして思い出した。この惑星に降下する前に受けた艦長教育の一節をだ。それを応用しよう。
『現在の状況下で航宙軍士官である私が単独で戦うことは、極めて危険であることは明白である。よって艦長として既存汎用ボットの武装化を命令する。ただし使用する武器は非殺傷兵器とする』
[敵勢力の陣容から、劣勢にあることが認められます。第一級非常事態宣言により、戦力維持に必要な手段として汎用ボットの武装について了解しました。搭載する兵器は非殺傷とします]
よし、これでいい。すらすらと出てくる言葉は、なかば洗脳で叩き込まれた艦隊規約や運用規定によるものだ。便利なようだがちょっと不安だ。
「非殺傷兵器はスタンガン、催眠ガスなど敵の非武装化を図れる程度のものにする」
[了解]
「侵攻作戦は残存汎用ボット八十機のうち三十機とする。偵察ドローン一機に一台のボットをフックで懸架する。この惑星に降下させた時もそうだったな。……戦闘プログラムを作成、ボットに入力せよ」
[城館の地下工場をフル稼働すれば二十四時間以内に武装化は可能です。汎用ボットの交戦規定はいかがされますか]
「動くものはすべて撃て」
非殺傷兵器だから高度な判断をボットは下す必要はない。
俺は仮想スクリーンでゆっくりと回転する王城の立体映像をもう一度みてみる。
『開口部形成後の状態を表示してくれ』
[了解]
表層から地下第二層の床を貫く形で、直径三メートル程度の穴が開いている。ここを抜けると第三層にすぐに到達できる。
『最終目標地点は』
[第三層に到達した時点で、少佐のナノムIDを感知して、正確な位置の特定が可能となります]
少佐はおそらく宇宙船についても把握しているだろう。もしこの宇宙船に資源が残っていたとしたら……。