惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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かかっておいで

「クレリア、ついに稽古場が完成したぞ。久しぶりに手合わせしないか。剣も魔法も使わないとさび付くぞ」

 夕食が終わると、突然アランが誘ってきた。

 ギルド長がガンツに戻ってからアランがずっと地下にこもっているのを知っていたが、原因はそれか。

 昨日からずっと気持ちがささくれだっていて政務に身が入らない。今日は教会建設の立会も休ませてもらっている。エルナもめずらしく寡黙だった。

 

 アランに言われるまでもなく、ながいこと魔法を使っていない。

 盗賊狩りで一隊をまかされたときも、ダルシムが防御円陣を指示したので私が先頭を切ることはなかった。魔法もファイヤーボールだけ。最近はかろうじて就寝前に頭の中で練習するのが精一杯だった。剣の稽古もすっかりご無沙汰している。

 

「鎧もクレリアとエルナの寸法に合わせて用意してある。ガンツの職人に作らせたんだ」

 そこまで言われて断る理由はない。アランは私が練習できないのを見かねて声をかけてくれたのかもしれない……だと嬉しいんだけど。

 

「いいでしょう。受けて立つわ。エルナも参加しなさい」

「セリーナ、シャロンどちらかお手合わせできませんか」

「じゃ、わたしが」

「セリーナずるい。わたしも練習したい」

「まるでセリーナだけで練習が終わるみたいな言い方ですね。シャロン。大丈夫、ちゃんと順番が回ってきますよ」

「エルナ、すごい自信だな。新しい技でも考案したのか」

「そのうちわかります」

 エルナもしばらくぶりに自信たっぷりな笑みを見せた。

 

 鍛錬場は地下一階にある。階段を降りていくと城館の地下だというのに天井が高い。城館の重量を支えるためだろうか、ひと抱えもある石柱が一定の間隔で並んでいる。魔石を使った照明が室内を昼間のように明るく照らしていた。

「サテライトも兵舎の訓練場で鍛えている。追いつかれないように俺たちも技を磨き続けないと」

「アランのレベルに追いつく兵士などいないと思いますが」

 エルナが返したが、アランは笑みを浮かべただけだった。

 

 セリーナとアランが防具を手にとるとエルナが制止した。

「アランはだめです。実力が違いすぎますから、ハンデをつけましょう」

「防具なしか? それはちょっと」

「魔法もなしです。木剣はいいでしょう。対してクレリア様は防具あり、魔法ありで対戦をお願いします。これくらいでないと対等とは言えません」

「エルナ、ひどすぎないか。俺だってファイヤーボールが直撃したら怪我くらいするぞ」

「ヒールはセリーナとシャロンに頼みます」

 エルナもアランも言葉の割には楽しんでいるようだ。こんなやり取りは久しぶりのような気がする。

 

 深く考えるまもなく、私とアランは稽古場の中央に立った。

 シャロンが審判をするようだ。私たちから距離をおいて立っている。セリーナとエルナは防具をつけて控えていた。

 

 アランに剣技で勝ち目はない。私がかつて習っていた神剣流ではなおさらだ。コリント流でも相手が本家のアランでは結果は見えている。さらにアランの動きは通常人よりはるかに俊敏だ。

 ……ならば魔法を最大限に利用するしかない。

 

 アランは魔法はイメージだと言っていた。魔法書に書いてある工程より早く、自在に扱えるのだという。私はアランの言葉を信じて、実践はできなくても眠る前に頭の中で練習をしていた。それがきっと役に立つに違いない。

 まだ練習は始まっていないけれどイメージを広げ、集中する。いまでは目を開けたままでも集中できるのはアランには秘密だ。

 

「おふたりとも準備よろしいでしょうか」

「いいぞ」

「準備はできている」

「はじめっ!」

 

 全力で横に飛んだ。シャロンの声が稽古場に響くより早くアランがすさまじい突きを放ってくる。打ち合いなどできるはずもない。

 アランの顔面にフレイムアローを放って私は全速で稽古場の壁に向かって走った。

 振り返るとアランが立ち止まってこちらを見ている。当然ながら無傷だ。あの距離で完全に回避するとは……。やはりアランの運動能力は侮りがたい。

 

「やるな、リア。無詠唱でその速さ、しかも剣を握ったままとは……。相当練習したんだな」

「さび付いてなどいないはず」

「でも、何度フレイムアローを放ってもこっちはよけるだけだぞ」

 私とアランの距離は約五メートル。アランなら助走なしで一瞬で跳躍できる距離だ。

 アランの軸足に力が入った瞬間、私は全力のフレイムアローを放った。

 

 同時に中段に構え、前に出る。

 炎の矢の射線をかすめるようにアランが上体をそらした瞬間……。

 フレイムアローは四つに分裂、扇状に拡散した!

 一本がアランの肩に刺さる。

「しまっ……。ぐわっ!」

 一瞬の隙をのがさず私はアランの鳩尾を突いていた。腹を抑えたまま、アランは床に崩れ折れた。

 

「リアの勝利!」

「クレリア様、お見事です!」

 エルナは大喜び、セリーナは唖然としている。

 

 アランに勝った! これまで一太刀もあてられなかったアランに一撃できた!

 自分でも信じられない。これがアランの言うイメージトレーニングの成果なんだろうか。

「嘘だろう。いったいいつの間に」

 シャロンにヒールをかけてもらいながら、アランはいまだに信じられないといった表情だ。

「アランはフレイムアローをたくさん出して、盗賊全員に命中させていたでしょう。私はそれほど正確に扱えないから、目標の直前で広がったら一つは当たるんじゃないかって考えたの」

「……俺も負けてられないな。クレリア、本当に見事な技だった。俺には絶対に思いつけない発想だよ。長いあいだ魔法を習っていただけのことはある」

 アランがここまでほめてくれたことってあっただろうか。なんだか頬が熱くなって笑みを抑えきれない。

 

 エルナが駆け寄ってきた。

「魔法も素晴らしかったですが、最後の突きは完全にコリント流でしたね。鮮やかでためらいのない一撃でした! ……クレリア様は本当にお強くなられました」

 そういわれるとうれしいが、褒めちぎってくれている当のエルナが私より嬉しそうだ。しばらくぶりのエルナの笑顔につられて私もつい笑ってしまう。

 

 

「次! エルナ対セリーナ。両者中央へ」

「クレリア様、私もそれなりに魔法では練習をかさねておりまして」

「期待しているぞ」

 エルナを残し、私は控えにもどった。アランはまだ自分の肩に手をやっている。まだ痛みが残っているのだろうか。少しすまない気がするが、勝負は勝負だ。

 

 稽古場の中央でエルナとセリーナが向かい合った。

 エルナが近衛の神剣流、右薙ぎの構えで木剣を持っている。セリーナは隙を誘うかのように大きく上段の構えだ。これは確か……賊の首魁を倒したという「ジャスティス・ジャッジメント」? アランの話ではコリント流には珍しい一撃必殺の技だ。

 

「始め!」

 シャロンの声が響いたが、二人とも動こうとはしない。さっきの私とアランの対戦が頭にあるのか、セリーナはエルナを観察している。さすがにアランより体術が優れているだけあって慎重だ。

 エルナも間合いを保ったまま構えを解かない。

 

 いきなりエルナが裂帛の気合とともに水平に薙ぎ払った。

 ああ、その距離ではセリーナは回転半径のずっと外だ。セリーナは隙を逃さずエルナに迫る……、いや、迫ろうとした、その時。

 セリーナはまるで見えない剣に打たれたかのように飛ばされて尻餅をついた。なんと防具が割れている。

 エルナが木剣を放り出して駆け寄った。

「ごめんなさい、セリーナ!」

「いえ、気にしないで。私も気を抜いていたのかもしれない。……ろっ骨をやられたかも」

 シャロンがまたヒールを発動している。骨が折れているならひどい痛みがあるはずなのにセリーナは平然としていた。勝負に一喜一憂する私とは違う。見習わなければ。

 

 黙って観戦していたアランが言った。

「風魔法は手を伸ばして前に射出するイメージしかなかったが、ウインドカッターの回転力とエアバレットの風圧を剣の回転に同期させて射出した、というところか」

「まだ考案したばかりでそんなに力は出ないはずなんです」

「さっきのリアの魔法もすごかったが、エルナも相当修行しているようだな」

「古魔法の応用ですよ。だれかさんの真似です」

 エルナが挑戦的な目つきでニヤリとした。アランは少しため息をついていった。

「今日はもうエルナと対戦する気にはなれないな。降参だ」

「まだ一つしか見せていませんが」

「次はシャロンだ」

「……いえ、私は遠慮します。対抗策を考えてからにします」

「同じ魔法を使う、とはいってませんよ」

「どんだけ隠し玉があるんだよ。エルナ、あとでいいから俺にも教えてくれ」

「アランはあとだ。そんな大事な発見はまず主に教えるものだぞ」

 

 防具を脱ぎ捨て、向き直ったエルナは晴れやかに言った。

「もちろんですとも。クレリア様」

 

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