惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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戦友

 

 俺の乗った偵察ドローンはスターヴェークではなく、大樹海の拠点へと進路をとった。

 

 脳内フィルターが働いているのを感じる。脳内活動を常時モニターしているナノムが、高負荷状態下のストレスを強制的に抑制するシステムだ。

 

 だから今の俺には悲しみという感情はない。

 ただ、ナノムをもってしても隠しきれない怒りがそこにあるのを感じる。

 

 エレオノーラ・ファルク少佐は死んでいた。上官であり、戦友でもあった彼女は俺があの部屋に突入する直前に殺されていたのだ。

 ドローンに積んだ少佐の亡骸はコンラート号へ送る。彼女をこの未開の惑星で眠らせるわけにはいかない。いつか生まれ故郷に帰る日のために、冷凍保管するつもりだ。

 

 イーリスの報告では、俺が第三層の制圧に成功した直後に少佐のナノムからのシグナルが消えたという。幽閉していた少佐を渡すまいとしたアラム聖国の兵は、俺が扉を開ける直前に、少佐もろとも自爆したのだ。俺があの部屋に入った時には少佐はナノム、いや治癒魔法でも救える状態ではなかった。

 

[艦長]

『しばらくほっておいてくれ』

[ファルク少佐が亡くなっていたのはとても残念なことです]

『あと数分早かったら、少佐を助けられた』

[いえ、彼らは艦長が侵入した時点で、人質の奪取を理解したのでしょう。そして奪われるくらいなら人質の命を絶つつもりだったのです。艦長がご自分を責める必要はありません。むしろ作戦を立案した私の責任です]

 

 執務室に浮かぶイーリスは弔意を表す士官そのものだ。ファルク少佐は彼女にとっても上官だった。とはいえAIに感情を理解できるはずがない。

 けれどイーリスの言葉は今の俺にはありがたかった。フィルターの支配下にあってなお、抑えきれない感情の揺れが少し静まっていく。

 

 少佐の亡骸を汎用ボットに確保させてからのことはあまり良く覚えていない。

 確実に言えるのはやつらが少佐を殺害した時点で、アラム聖国は航宙軍の真の敵となったってことだ。その瞬間、俺の中の何かがはじけ、フィルターがかかったのがわかった。これは合法的な戦闘行為である、という強力な認識が俺の脳裏に浮かび上がる。脳内疲労物質は一掃され、体内のナノムが苦痛を軽減する脳内オピオイドを大量に生産開始したのがわかった。

 

“戦友の亡骸を確保したのち、宙兵として敵を排し、脱出せよ”

 

 ただ、それだけのことだ。俺はためらうことなくパルスライフルの対人抑制機構を外し、再び襲い掛かってきた連中に引き金を引きつづけた。間違いなく奴らは王城に潜む全兵力だったろうが、俺の敵ではない。

 敵に絶叫する余地すら与えない致命の激光を連射する中、もう俺を止めるものは何もなかった。このフロアにいる指導者層すべてがせん滅すべき敵だという確たる認識は、眼前の惨状をみても揺らぐことはなかった。

 

 押し寄せるアラム聖国の兵を蹴散らしながらドローンに飛び乗った時には、パルスライフルのバッテリー残量はほとんどからになっていた。脱出後は偵察ドローンに地上軍の一掃、王城の入り口にコンラート号から艦砲一斉射を命じたところまでは覚えている。

 

 今、王城のあった場所には、サイヤンの宇宙船に続く巨大な陥没孔があるだけだ。

 

[艦長、ファルク少佐は通信が可能になった時点で、ナノムから私に自動送信するように設定していました。内容をご確認願えますか]

『転送しろ』

 

 仮想スクリーンに画像は出ず、音声のみのようだった。そのほうが良かった。今彼女の顔をみたらフィルターでも防ぎきれないだろう。

 

“この記録は非常時に備えてナノムに保存している。通話可能状態になった時点で即時自動送信される。イーリスが受信してくれるといいいのだが。コリント中尉が救出に来てくれることは確信していた。しかし残された時間は少ない”

 

 エレオノーラ・ファルク少佐。コンラート号付情報小隊長。上官である以上に俺はこの人に浅からぬ因縁がある。あの惑星ミルトンの戦いでも俺はこの人の下で戦った。

 

“今、貴官は数多くの疑問を持っているに違いない。……あの事故が起こった時、私はちょうど第一コールドスリープセクションで任務交代のため目覚めた直後だった。医療用調圧水槽のなかで激しい衝撃に見舞われた”

 

 そうだったのか。コールドスリープ直後は滞っていた血流を回復させるために医療用調圧水槽でリハビリする。その時、事故に遭遇したのか。

 

“蘇生室の担当士官は隔壁に激突して亡くなっていたが、私は水槽の中にいたおかげで衝撃から守られたようだ。すでにコールドスリープセクションは船体から引き裂かれ、減圧が始まっていた。私は蘇生室近くの脱出ポッドに飛び込むしかなかった。しかし、私の脱出ポッドは通信機すら作動せず、私はかろうじて湖に着水した”

 

 航宙軍の最新鋭戦艦に欠陥品とは冗談にもならない。オーランド重工製の脱出ポッドは、偽装不良品だった。おかげで俺も姿勢制御を失い、着水することになった。陸上だったら激突していたことだろう。

 

“私が落下したのはアラム聖国の王都にほど近い湖だった。ポッドは装備を取り出す時間もなく湖に沈んで、私は完全に無防備だった。そのうえ、調圧水槽からでたばかりでろくな着衣すらなかったのだ。だがすぐに、老いた祭司が現れて私を丁重にもてなしてくれた”

 

 緑色のゴブリンの集団にタコ殴りにされそうになった俺とはえらい違いだ。

 

“この国には自分たちの遠い先祖が空から降りてきたという伝説がある。私が着水して間もなく天に印が表れたおかげで、現地民が信じ切ったのも無理はない。まさに天孫降臨というわけだ”

 

 あのときイーリスは船体に残っていた修復不可能なセクションを惑星に投棄している。その際、直撃すると惑星に甚大な被害が生じるため、各セクションに過剰なまでに組み込んでいる自爆装置を起動させたのだ。惑星に降りた俺は、爆散した破片が大気圏で燃えながら落下する光景に気落ちしたのを覚えている。

 過去からの伝承ゆえに、アラム聖国の住民たちが上空の異変と降りてきた少佐と結び付け、祭り上げたのは想像に難くない。

 

“私は言葉を覚え、自分の知識を分け与えつつ地位を向上させていった。学びを進めるにつれて、アラム聖国はかつてのサイヤン帝国の末裔であることに気が付いた。この国の人間は先祖からの教えにより、アトラス教会や魔法を排し、曲がりなりにも学びを大切にしていた。学びを尊重する教義を持った彼らは私の知識を瞬く間に吸収していった。それが彼らの野心、つまり大陸制覇のためだと気が付くのが遅れたのは悔やまれる”

 

“知識を分け与えるだけで私を厚遇するほど、この国の連中は甘くはなかった。既得権益を守るために王族は何度も私に刺客を放った。刺殺、毒殺、夜襲……地位を確立するまでに何度襲われたことか。そのたびに撃退し、私の支持者を増やしていった。だが、それがのちの過信となった。”

 

”アラム聖国の諜報機関が手に入れた情報の中に、中尉の名を見つけたのもそのころだ。その時の驚きと喜びはわかってもらえるだろうか。その後、ガンツでの戦いの報告を受けた時点で確信した。これは軌道上からの攻撃に違いない。コンラート号は健在なのだと。

 すでにベルタ王国のギニーアルケミンを入手した貴官が、かならずやスターヴェーク王国のそれを探索に出ることは確信していた。だから私はあの金属板をルドヴィークに運ばせたのだ。アラム聖国には征服地にアラムの紋章を必ず残すという習慣も幸いしたようだ”

 

“だが、その直後に私が信頼していた女官が裏切り、私は罠にはまった。以来ずっと地下に閉じ込められている。彼らは自分たちが手も足も出なかった地下に眠る船の謎を私なら解けると考えたようだ”

 

“……あまり時間がない。サイヤンの宇宙船の資料はこのファイルと同時にイーリスに送るようにしている。あとは中尉に任せる。私はともに惑星ミルトンで戦った日々を忘れない。君という優れた部下を持てたことを私は誇りに思う。アラン……ありがとう”

 

 対バグス戦の歴戦の士官が、未開の惑星で狂信者の手にかかって命を落とす、というのはあまりに無残だ。

 少佐を無事救出できたら、権限を再委譲して俺がこの艦長という重責を離れることだってできたはず。俺に指導者としての力量はない。真に優れた士官なら必ず救い出せたはずだ。

 

[ファルク少佐から送られたファイルを解析しました]

『仮想スクリーンに展開』

[了解]

 画像ファイルは少佐の視覚にとらえたものをナノムが記録していたものだ。

 漂着したサイヤン人は、金属資源や機械類で必要なものはすべて地上に出していた。だが船殻と一体化している部分はさすがに取り出せなかったようだ。

 

 拡大した一枚の画像に俺は息が止まりそうになる。

 サイヤン帝国と人類銀河帝国とで艦船の形状や内部構造がいかに異なっていても、物理法則が要求する極限状態の構造は似通っている。

 

……リアクターだ。

 

 

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