『セリーナ、シャロン、来てくれ』
即座に仮想スクリーンに二人の姿が浮かび上がる。背景の湾曲したドローンの貨物室の壁のせいで少しいびつに見える。すぐ横に制服姿のイーリスも姿を現した。
『非番時に呼び出してすまない』
『いえ、私たちもアランのことが心配で待機していました』
『それで少佐は……』
『少佐は俺が救出する直前にアラムの兵に殺された』
『…………』
二人はしばらく沈黙していたが、視線を一瞬合わせてからセリーナが話すことにしたようだ。
『アランが王城に向かっている間、私たちは改めて少佐の資料を読みました。本当に尊敬に値する人物なのがわかります。私は会ってみたかった……。残念です』
フィルターが効いている間に話を進めておきたい。感傷に浸るのはことがすんでからだ。その時に身を任せればいい。
『俺は回収したファルク少佐の亡骸をコンラート号に保管するため、いったん拠点にもどる。スターヴェークの仕事が落ち着いたら葬儀も行うつもりだ』
もちろん今は”戦時”扱いだから簡略なものになるが。
『ダルシム隊長が軍編成会議にアランの参加を希望しています。明日の早朝からです』
表向き俺はスターヴェーク王国の軍事に関与できないことになっているんだが。たぶんクレリアがダルシムを通じて要請したんだな。
『わかった。明日の朝までには戻る。……集まってもらったのは他に理由がある。これを見てくれ』
俺は二人にサイヤン艦の構造図を送った。
『これは……!』
『もしかして』
『そうだ。リアクターだ』
『これを再稼働させれば、諸国を一掃し、大陸統一はあっというまです。早急な改修をするべきです』
『統一が早まるのはいいことですけど、早すぎるのも問題かも』
セリーナの意見は当然だが、シャロンは俺の考えをうすうす感じているらしい。俺は違う意見も欲しかった。だからこそ二人を呼んだのだ。
『アラン、リアクターが残っていたなら、サイヤン人はなぜFTL通信施設を作らなかったんでしょう』
『すでに母星は破壊され、当時の人類銀河同盟に感知される恐れもあったからだろうな』
これは推測だが、ここに漂着した連中は自分たちが唯一の生存者だという自覚があったのだろう。この惑星を完全に掌握し、サイヤン帝国を復興するまで通信施設を作らず、技術だけを温存する計画だった……しかしその伝承は古代統一王朝の滅亡と同時に途絶えた。
『シャロン、リアクターで大電力が自由に使えるようになったら、電気の普及や科学知識の理解につながるでしょう? 大陸制覇は科学教育の下でおこなうべきよ』
『確かにそうなんだけど……。リアクターの復旧にどれくらい時間がかかるか、で方針は変わるんじゃないでしょうか』
シャロンの指摘は正しい。俺たちのすべての行動はバグス来襲に備えることを主軸としている。だからリアクターの再稼働にかかる時間は重要だ。
サイヤン艦のリアクターは停止以来、二千年以上も経過している。復旧には時間がかかるだろう。そもそも異星の船だ。だがサイヤン帝国との戦いは徹底的に分析されている。コンラート号のライブラリに資料はあるはずだ。いったんリアクターが稼働すれば、FTL通信施設を地上に作ることができる。……惑星の強い重力下では原理的にワープドライブの駆動はできない。
『イーリス、このリアクターの再稼働、FTL通信施設の設置にはどれくらいの時間が必要だろうか』
[今後、アラム聖国を完全に掌握したとして、科学教育の充実に二世代、電源インフラの拡充、リアクターの再稼働、FTL通信施設の設立までを考えると最短でも六十年以上はかかるでしょう]
指導者層を失ったアラム聖国を掌握するのは可能だが、その後の教育となると時間がかかるということか。
『アラン、たとえ六十年でもあまりに早い変化に置いて行かれる住民もいるでしょう。そのあいだ、便利すぎる魔法を捨てさせて科学教育を一から教えるのは難しいのでは』
『シャロン、私たちはFTL通信で救いを求めるだけでなく、この惑星の住民のレベルを高め、バグスに少しでも対抗できるようにするのが目的でしょう?』
この惑星アレスの住人は、俺たちと同じ”人類に連なる者”だ。彼らをバグスから救う、という究極の目的があるにせよ、科学一辺倒ではアラム聖国の轍を踏んでしまう。一方で、現状の迷信まみれの宗教、剣と魔法の世界でいいとも思えない。
偵察ドローンの機械的な声が聞こえた。
[まもなく、目的地に到着します]
『シャトル便発着場に着陸しろ』
[了解]
『イーリス、シャトル便の準備は』
『すでにシャトル便D2改が待機しています』
とりあえず俺の抱える問題の姿ははっきりした。
『二人とも夜分にすまなかった。方針は後で伝える』
『アラン、どうか少佐のことを……』
『わかっている。心配かけたな』
機体の揺れでドローンが速度を落とし、着陸態勢に入ったのがわかった。俺は仮想スクリーンにドローンの外部カメラ映像を投影した。
拠点とガンツの町の灯と、それより小さい拠点の町が見える。大樹海の開拓はまだ始まったばかりだ。拠点とガンツの間の樹林はやがて大都市に変わる。ここでも同じ問題が出てくる。それを早めるべきなのか。それとも住民の理解を少しずつ促しながら進めるのか。
◇
偵察ドローンのハッチが開いて、俺は少佐の亡骸を収めたボディ・バッグを機外へと持ち出した。袋の生地越しにまだわずかに体温を感じるのが生々しい。あと数分早く俺が扉を破ってさえいれば、少佐は元気にここに降り立ったはずだ。……いや、今は考えないようにしよう。
「艦長」
「イーリス……。なぜここに?」
イーリスの実体機が待っていた。顔はアレス人女性から元の立体映像のイーリスの顔に戻っている。着衣はシスターの制服だった。
「ファルク少佐は私にとっても上司でしたから」
イーリスのメインフレームはコンラート号にある。遺体はこれから運ぶのだし、わざわざ実体でここに移動する理由はないはず。
「お手伝いします」
「頼む」
俺だけでも十分だったが、イーリスの気持ちをくんで手伝ってもらうことにした。シャトル便のハッチは既に開いている。
偵察ドローンよりずっと広い格納庫には樹海産の鉱物を収納したコンテナがすでに積載されていた。その横にそっとボディバッグを置いた。
「惑星アレスでの最初の殉職者、ということになるのかな」
「第一種非常事態宣言を発令される前に、少佐は戦時不明扱いでしたので、厳密には違います。ですが、尊い犠牲には違いありません」
「俺の失態が原因の犠牲だ」
「それは事実ではありません」
「どうしてそれが言える?」
「…………」
シャトル機のハッチがゆっくりと閉鎖されていく。
答えを得られないまま、俺とイーリスは歩いて発着所管理塔へと足を向ける。
「発射シークエンスに入ります」
普段はナノム通信で伝えられるメッセージを直接聞くのに少しだけ違和感を覚える。
シャトル機が轟音とともに上昇していく。軌道上ではコンラート号の汎用ボットが彼女を医療セクションの冷凍エリアに安置する。いつか……いつか本当に故郷に戻る日まで。
瞬く間に光点となったシャトルを見つめているうちに、光点が急ににじんだと思うと、ほほを何かが流れていく。
なぜだ。あり得ない。唐突に異様な緊張感がなくなっていることに気が付く。
「イーリス! フィルターをなぜ解除した」
「お忘れですか? クレリア王女の記憶操作をしたさいに、私を医療用AIと統合してくださったのを。医療者権限で解除しました」
……そうだった。イーリスにはかなりの権限を与えていたな。だがこれはやりすぎだ。仮にも上司の俺に対して許可なくフィルター操作するなど……。
「今の艦長にはもうフィルターは不要です。ここはもう戦場ではありません。これからのことを考えましょう」
イーリスは、シスターの服をゆらりと動かして、俺の手をそっとにぎった。
「……驚いたな。体温まであるのか」
「スタンドアロン・プロセッサの廃熱を利用しています。人造皮膚の維持にも必要ですから。それに、この拠点に新たな命を迎え入れる日もそう遠くありませんし」
「もう育成は始めているのか」
「亡くなった士官の体細胞から、遺伝情報は抽出済みです。まもなくクローン槽に設置予定です」
改良されたクローン槽で生まれた子供たちは俺の城館で家族として育てる予定だ。イーリスは家政を預かる者として最も必要なことを理解している。つまり……幼児には”ぬくもり”が必要なのだと。
イーリスはもう一方の手を伸ばし、俺の手を両手で包み込むように握ったまま、まっすぐに俺を見つめながら言った。
「艦長はこれから重大なご判断をすることになります。私はそれに従うことしかできませんが、いま一度よくお考え下さい」
イーリスはそれ以上何も言わなかったが、その問うていることは分かる。持続的かつ緩やかな発展か、それとも科学の名のもとに魔法や宗教を根絶するか。もちろんバグスの脅威はあるにせよ、対抗する手段は多様だ。
俺の結論で、この惑星は大きく変わっていく。魔法を使うドラゴンに大きく肩入れするイーリスにも見過ごせない問題なのだろう。
俺はイーリスの言葉で何をすべきかが分かった。進歩の速度を緩めることはできない。より加速させるべきだ。……この大陸の一画だけで。
『イーリス、アラムの王城を中心とした半径数キロメートルを我々の直轄管理とし、立ち入りを禁止する。住民からみて聖域化だ。俺たちしか立ち入りできないように』
『その条件で、住民に科学教育を一切行わず、我々だけでリアクター復旧を行うならば、完成には二十年というところでしょう]
コンラート号での増員計画を進め、高度な教育を受けた人員が増えれば、もっと早くなるかもしれない。いまさら禁忌とは言っていられない。
[では大陸の残りの国々の扱いはどうするおつもりですか]
「ある程度の統合のあとは彼ら自身に任せる。大きな逸脱や、真にアレス人に危機が生じたときのみ我々は密かに介入する。まあ、子育てと同じだ。俺は彼らが大人になるのを助けたい。それ以外はリアクターの復旧に注力する」
「了解しました。早速その方法で工程を再検討します」
道はまだ遠い。やらねばならないことは山積している。だが、当初俺が思いついた一方的な大陸統一よりは少しはましな形で進められそうだ。
「イーリス……。これからも長い付き合いになりそうだな」
「お仕えできるのを嬉しく思います」
イーリスは俺の手を離し、貴族にするように膝を軽く折って礼をした。イーリスが少し笑っているような気がしたが気のせいだろう。
滑走路に降りた俺はスターヴェークへ、イーリスは拠点の城館に戻るためにそれぞれ偵察ドローンに乗り込んだ。
多分、この日をもって俺たちの立場がこれまで以上にはっきりした確信がある。