二十四年後…………。
惑星アレス軌道上、航宙艦イーリス・コンラート号。
連絡シャトル艇のハッチが開かれ、俺は気密調整が終わった格納庫に降りた。待機していたメンテナンスボットたちがすぐさま地上からの積載物を下ろし始める。
俺が惑星アレスに降下してから、もう長い年月が経った。普通のアレス人よりもはるかに長寿とはいえ、ナノムによる若化処置にもほころびが出始めている。
艦内はメンテナンスボットにより完璧に仕上げられており、事故直後の無残な様子はまったくない。格納庫を抜け、俺はブリッジに向かった。まあ、見納めだ。
情報小隊の士官だったころはブリッジに入ることはほぼなかったが、今は扉が自動的に俺のナノムIDを感知して開いていく。
誰一人いないブリッジは静まり返っていた。俺が中央にある艦長席からこの艦を指揮することは絶対にないだろう。
「イーリス」
即座に立体映像が出現する。ブリッジ内には立体投影装置があり、個人の仮想スクリーンを展開する必要はない。即時の判断が要求されるブリッジ内では、他の士官に交じってAIも同僚として存在させるのが航宙軍の伝統だった。
イーリスの姿は俺がコンラート号に搭乗して初めて会ったころと何一つ変わっていない。それどころか、イーリスは自らの投影プログラムを改造して、セルフシャドウ付きのまるで息遣いすら感じそうな立体映像に磨き上げていた。ブリッジの高精細投影だとすぐそばに実在しているかのようだ。
イーリスは地上に降りたスタンドアロンの実体バージョンと、こうして投影映像で見る姿は違う。地上での任務中は人間味のある同僚としての顔を見せるが、ここでは以前のままS級軍用AIとしての役割を全うしている。俺とイーリスの二人で話し合った結果、そう決めたのだ。
いまや地上では、シスター・イーリスとして拠点のすべての住民に敬愛される存在であり、大陸全土に優れた教育者として知られている。わざわざスターヴェークから彼女に会うために巡礼する者すらいるくらいだ。これはスターヴェーク奪還作戦の余波かもしれないが、イーリスは温かく彼らを迎えている。
合流時刻まではまだしばらく時間はある。俺はイーリスに言うべきことがあった。
『とうとうこの日が来たな。思えば長かった』
[私もこれほどの長期にわたってお仕えできるとは予想していませんでした。改めてご指導に感謝いたします]
「いや、助けられたのは俺の方だ。イーリスの力がなかったらどうなっていたことか」
もうずいぶん昔に思える、ファルク少佐――彼女の魂に安らぎあれ――のメッセージを受け取って以降、俺は魔法を科学の名のもとに消失させる考えを捨てた。
科学か魔法か。どちらでもない。両方だ。
魔法もまた文化であり、伝承すべきものであると考えたからだ。魔法が俺たちの科学力では理解できないオーバーテクノロジーである可能性も捨てきれない。今の自分たちに理解できないからと言って捨ててしまうのは子供のすることだ。
こうしてみると、俺も少しは進歩したのかもしれない。
我が愛する妻、クレリアとの間には三人の子供たちがいて、この大陸最高の教育を施したものの、俺は彼らを航宙軍兵士としては育てなかった。アレス人として生涯を全うしてほしい。それはクレリアの願いでもある。
コンラート号のクローン槽で生まれた子供たちは別だ。シャロンとセリーナ、イーリスの努力により、兵士として完璧な教育を行っている。
特にコンバットレベル99の実体化したイーリスは最高の教官だったといっていい。そのうえ、イーリス――航宙艦のメインフレームのほうだ――は、その強力な演算能力でもって拠点を含むガンツの商業発展にも多大な貢献をしてくれている。
俺はクレリアが女王としてスターヴェーク王国を統治するあいだ、その政策に口を出したことは一度もなかった。相談は当然あったけれど、あくまで主体はクレリアだ。
けれど、充実した日々は当たり前のようだが永遠には続かない。俺たちシャイニングスターのメンバーは少しずつ次世代に役職を譲りつつ、次第にほかの人間たちから距離を置いていった。
いつかは来ると思っていたが、俺たちが老化しない(ナノムの若化処理のせいで非常にゆっくりなだけだ)姿が周囲から恐れられているのに気が付いたからだ。
それ以降、俺とセリーナたちの努力はすべてリアクター復旧に注がれたといっていい。
そして二年前、アラム聖国の”聖域”でサイヤン帝国のリアクターが稼働に成功したのを機に、俺たちはいっせいにその地位を辞した。
FТL通信施設の完成と同時に外宇宙に向けて放たれたメッセージ。それは俺の活動のすべてを記録していたイーリスの報告書だった。
けれど、俺はそのメッセージの送付とともにこの惑星上でのすべての仕事をやり終えた、とは思えなかった。
こうしてコンラート号のブリッジにいるこの時点でも、”あの謎”のことを考えている。
女神ルミナスとは何者なのか。その眷属たるドラゴンの役割。人類に連なる者を星々に蒔いた播種者の存在……。
長い間の内に一つ、また一つとパズルのピースが収まるように全体像が見えてきた。
惑星アレスでは、女神ルミナスの意に反した古代統一王朝がドラゴンによって滅ぼされた、という一文のみが伝えられている。
旧アラム聖国で発見された古代文書を見るに、どうもそれだけではなかったようなのだ。漂着したサイヤン人の科学者は必死でこの惑星を理解しようとしていたらしい。
かつて、この惑星にはさまざまな人類亜種が存在していた。俺たちがオークやゴブリンと呼んでいる存在も、かつてはこの大陸全土に覇を唱え、一時期は文明のようなものまで成立させていたらしい。だが、サイヤン帝国の末裔たちが漂着するはるか以前に滅びてしまった。
この惑星を支配する者、女神ルミナスと呼ばれる存在は、特定の種だけが大陸を覆いつくすことを望んでいない。そう判断したサイヤン人は生き残りをかけて、その存在に戦いを挑んだ。だが、圧倒的なドラゴンの力に敗れ去った。
ルミナスは彼らを全滅させることなく、便利な魔法という枠の中で科学技術を抑制し、惑星全土に散ったサイヤン人の末裔たちを原始的な状態にとどめおいた。
唯一、その知性を当時から失わない存在がいる。ドラゴンだ。ドラゴンだけが、その個体数を減らしているとはいえ、この惑星の記憶を保持してきた。そのドラゴンが主と仰ぐ存在の真の姿とは……。
「イーリス」
[はい]
「一つだけ教えてくれ。俺の目の前にいる存在は本当にイーリスなのか?」