イーリスが答えを返すより先に、管制システムが警告を発した。
俺はブリッジの大スクリーンに目をやる。
背景の星々の光をゆがめながら、巨大な航宙艦が次々と通常空間へワープアウトしてきた。
それぞれがコンラート号より一回り大きく、より先鋭的な形状をした人類銀河帝国の最新鋭航宙艦だ。七隻もの派遣は惑星アレスの星間地政学的な重要性を物語っている。
六隻が同型艦で、おそらくイーリス・コンラート号の系譜を踏むギャラクシー型の後継艦に違いない。
続いて実体化したもう一隻の艦はやや小ぶりだが、それでもコンラート号くらいはある。わずか半年でこの星系に到達するとは、人類銀河帝国の航宙技術もかなり進歩しているようだ。
コンラート号の会議室に移動して、俺とイーリスは待っていた。やがて会議室の投影装置が起動し、二人の士官が立体映像となって姿を現した。
「緑色艦隊カンバリア方面軍、第百三十艦隊一番艦カルラ・アイローラ所属、艦長のパウラ・ブェンディアだ」
彼女の褐色の肌に青い目は、俺の知る限り、故郷のトレーダー星系ランセルはおろか、人類銀河帝国の主要な惑星には見られない。……そうか、地球文化圏からすでに将官位が生まれているんだな。もうそんなになるのか。
彼女のそばに控えているのがアイローラ号のAIだろう。
すぐさま俺は敬礼した。
腕の急な動きで、久しぶりに着た航宙軍の制服のサイズが少し合わなくなっているのがわかる。
「赤色艦隊スピカ方面軍、第二百三十八艦隊二番艦イーリス・コンラート所属、宙兵隊情報第一小隊 アラン・コリント中尉であります」
[補足いたします。コンラート号の事故により生存者のアラン・コリント少尉は帝国軍軍規第十二条第三項のCにより艦長職に戦時昇任しております]
イーリスがすかさず説明した。無論、FTL通信で報告書を送付しているから、向こうも理解している。これは形式的なものだ。
答礼した艦長はすぐさま要件に入った。
「最初に第一級非常事態宣言下の貴官の行動について、航宙軍最高司令部の決定を伝える」
彼女の感情の欠けた表情からは何も読み取れないが、ここから先は事実上の軍法会議だな。
「貴官の提出した報告書は、艦長の行動ログを管理するイーリス・コンラート号のAIによりすべて事実であることが確認されている」
俺の仮想スクリーンに、”罪状”が並んでいく。
一、一般人へのナノム投与
二、本人の同意なき記憶操作
三、クローン製造
具体的にはクレリアとエルナへのナノム投与、そして俺がクレリアに惑星ミルトンの惨劇の映像を見せてしまったばかりに生まれたトラウマを記憶操作で除去した件だ。
クローン製造はセリーナ、シャロンのほかに、戦力増強のために亡くなった航宙軍兵士から遺伝情報を抽出した件だな。
人類銀河帝国の法律に照らせば、すべて重罪だ。特にクローンは人権侵害の最たるものとして、軍籍はく奪は免れないはず。
「惑星アレスの”人類に連なる者”は、事案が発生した時点で帝国臣民と認められていないため、ナノム投与の件および記憶操作については不問とし、帝国臣民へ昇格した暁にも遡及は行わないものとする」
かなり詭弁な感じもする。俺がクレリアの人格に深い傷を及ぼしたことには違いがないのだから。
「コンラート号に格納されていた体組織よりクローンを生成したコンラート号AIイーリスについては、未開惑星における絶対的な人的資源の不足への処置として、第一級非常事態宣言下での特例的行動であったと判断し、不問とする。なお、生成されたクローン、セリーナ・コンラートおよびシャロン・コンラートについては帝国臣民としての権利を有するものとする」
人間のあるべき姿を厳しく定めている帝国国教会としてはAIに作られたクローンなど論外であるに違いない。だが、今回はイーリスの多大な貢献により処分は見送られた、という気がする。
「ここからは最高機密に該当するため、今後は他言無用……いや、貴官は艦長教育を受けているのだったな。ならばこの警告は無用だな。実は、コンラート号の乗組員には一切知らせていない封緘命令があった」
封緘命令とはある条件、例えば日時や場所などが合致した場合のみ、内容が明らかになる命令のことだ。最も機密性が高い命令は、艦長ですら知ることが許されない。
「貴官は接触プロトコルについて知っているだろうな?」
「はい。他星系において”人類に連なる者”が発見された場合のコンタクト方法を定めたものです。我々より科学技術が遅れている惑星アレスのような惑星が対象です。私の場合はプロトコルを発令する以前に惑星に降下してしまいましたが」
「実はS級AIには別バージョンの接触プロトコルが搭載されていた。”人類と同等かそれ以上の存在”と接触した場合のものだ」
これまで人類銀河帝国が発見してきた”人類に連なる者”は、惑星外への宇宙進出はおろか、蒸気機関発明以前、中には狩猟採集レベルの惑星も少なくない。
接触した中では人類と同等かそれ以上とはサイヤン帝国ぐらいだが……。たとえサイヤン帝国と同等レベルの惑星がこれから発見されたとしても、今の技術水準からすればその上位プロトコルを使う必要はないはず。
「貴官も士官学校時代に聞いたことがあるはずだ。何十億人も住人を抱える惑星をたった一人の艦長が滅ぼした話を」
「その事件が契機となって艦長教育が大幅に見直されたと聞いています」
「そうだ。実はその話には大きな嘘がある。彼が発見した惑星は当時の人類銀河帝国の技術水準を超えていた。ただ、銀河外縁のあまりにも星々が希薄な星域に位置していたため、住民は航宙技術をもたず、独自の文化を静かにはぐくんでいたらしい。
だが第一発見者はサイヤン帝国の植民星と誤認し、惑星を自らが率いる艦隊の全火力をもって焼き尽くした。それがサイヤンとはまったく無関係とは分かったのはのちの発掘調査まで待たねばならなかった」
そうだったのか。だから新たな艦長教育では厳しい倫理規定が脳に刻み込まれるのだ。
「サイヤン母星の破壊を含め、人類銀河帝国は二度にわたる大量虐殺を行ったことは否定できない。我々の手は同族殺しという血で汚れている。ゆえにより上位の存在に遭遇した場合のプロトコルを考える必要があった」
人類が超古代に播種者と呼ばれる存在によって、人類の祖先が生存可能な惑星に配置されたというのは常識だ。最高司令部はあの二度にわたる大虐殺以降、より一層そのことを念頭に置いていたんだろう。いつか、その播種者に断罪されたらどうなるかを。
「それ故に上位版の接触プロトコルは最強のS級クラスAIにゆだねる必要があった。乗員の中で最も訓練された人間より、はるかに冷静で合理的な判断を下しうる者に……」
「イーリスにそのプロトコルが用意されていたと」
「そうだ。イーリス、最高司令部の命により、情報開示を許可する。君から説明するように」
イーリスの立体映像がこちらに向き直った。
[艦長、命令とはいえこのような、]
「いや、いいんだ。俺もそんな気がしていた」
「……情報開示いたします」
イーリスによると、ワープアウト直後に俺が気を失っていた一時間ほどのあいだ、この間は事実上無人状態だった。その空白の一時間にイーリスはその存在から接触を受け、接触プロトコルを起動、対応にあたったのだ。
その存在は大陸の人間にこう呼ばれていた……女神ルミナス、と。
接触してきたルミナスは播種者ではなく、彼らによって作られたある種のAI……惑星管理システムらしい。そのシステムは環境破壊や特定の種族だけが他者を押しのけて惑星アレスで繁栄することは許さないという。
やはりそうだったのか。俺が武力で大陸諸国を統一し、技術帝国を打ち立てたところで、リアクターを建設するまでもなく滅ぼされていた可能性が高い。
結果的に魔法と科学の共存による穏やかな発展という俺の望みは正しかったといえる……のか?
それは俺の脳に刻み込まれた艦長教育という倫理規定、そして秘密の任務を抱えたイーリスの誘導ではないのか。
「女神ルミナスの代行者としてイーリスは動いていた?」
「イーリスを責める必要はない。このプロトコルは上位存在とは対立を避け協調するように組み立てられている。イーリスがこの惑星管理システムの意向に従ったのは当然だ」
ここまで聞いたら、その少し先にすべての答えがあるのは明白だ。
「ブェンディア艦長、もしこの惑星管理システムの行動が播種者の意向なら、播種者が過去に存在していた銀河領域でも同じルールが適用されているのでは?」
「最高司令部がその理解に達したのはごく最近のことだ。イーリスの報告書でそれが確信に変わった」
「人類銀河帝国だけが、この銀河の覇者であってはならない。つまりバグスはこの銀河系において、惑星アレスでのドラゴンのような役割を担っている」
「最高司令部はこう結論付けている。バグスが人類の前に姿を現したのは我々が二度にわたる大虐殺を行って以降だ。その悪行を感知して、我々を排除しにかかっているのだと。いわばバグスは銀河生態系を守る者が作り出した掃除屋なのだ」
「それでは我々の千年に及ぶ戦いが意味を失ってしまいます」
「これを公にすれば、人類銀河帝国の諸星系の結束は崩壊するだろう。だから、我々はこれから遭遇する”人類に連なる者”たちへの態度をあらためねばならない。図らずも惑星アレスはその成功したテストケースとなった」
すべてがひも解かれ、謎が氷解していく。これほど明確に断言するからには、司令部側にもこれまでの航宙探査船の報告などから確たる傍証があるのだろう。
「そこで今後の処置についてだが……。最高司令部は以下の結論を出した。一、惑星アレスは人類銀河帝国の統制下に編入する。ただし、貴官の文化的保護の具申を認め、急速な近代化を行わず、対バグスのための護衛艦隊の配置にとどめる。なお住人にはその存在を秘匿するものとする。二、アラン艦長は本日付でその任を解き、最高司令部直轄の新機関に異動とする。三、イーリス・コンラート号は廃船とする」
俺の提言が受理されたのは嬉しいが、恐れていた通りコンラート号は廃船か。耐用年数をとっくに過ぎた艦なら当然かもしれないが、納得がいかない。
「イーリスのクローン作製は不問に付されたのでは?」
それまで無表情だったブェンディア艦長が笑みを見せた。
「これだけの貢献をしたAIが破棄されるはずもないだろう。最高司令部は新ギャラクシー級戦艦のAIの機能向上のためイーリスの解析データを必要としている。解析後、イーリスは新造艦に移植される。……そちらからでも見えるだろう」
「あの小型の艦でしょうか」
「小型と言っても、コンラート号よりはるかに速く、そして強力だ」
AIは艦種ごとに最適化されるものだが、イーリスの適合能力は高い。問題なく操船できるようになるはずだ。それにしても破格の扱いだ。イーリスのもたらしたデータがそれほど貴重なものだったということか。
「これより辞令交付を行う」
俺の仮想スクリーンに書面が浮かんだ。
「貴官は今後、最高司令部直轄機関”シャイニングスター”の一員として、新生コンラート号に乗船し、バグス母星領域を探査せよ」
ブェンディア艦長の横に立っていたAIが言った。
「バグスの母星が存在する可能性の高い星域を概定しています。アラン艦長はイーリスがルミナスから託されたメッセージを携えていただくことになります」
「危険な旅になるだろう。だが、我々がバグスに大攻勢をかけても失敗するのは目に見えている。だから惑星アレスでの成功例を伝えるのだ。我々のこれからの未来像として」
「しばらくお時間をいただけないでしょうか」
「四十八時間を与えよう。それから我々のナノムは艦長が惑星に降り立ってからも進化を続けている。アップデートするように」
「了解しました」
二人の映像は消えた。