『イーリス、もう一度再生してくれ』
仮想スクリーンでさきほどの模擬戦合が始まる。
クレリアとエルナが十分満足したようすで居室にもどったあと、俺は執務室にもどりARモードでセリーナ、シャロン、そしてイーリスを呼び出した。呼ばれた三人は何も言わない。要件は模擬戦ことに決まっているからだ。ざっくりいうと「反省会」ということになる。
『イーリス。魔素のエネルギーを視覚化して、画像にオーバーレイしてくれ」
『了解』
これは俺とクレリアの魔素を画像化して人物に重ね合わせたものだ。画像では俺の胸あたりにある魔素の集合体はクレリアと比べて輝きも強く、大きい。対するクレリアは輝きこそ控えめだが、胸から全身のシルエットに魔素が隅々まで満ちているような美しい姿をしていた。これがこの惑星の人間と俺の違いだろうか。
……クレリアが最初のフレイムアローを放つ。俺が避ける。次にクレリアは壁に向かって全力で移動し、俺と距離を取る。
俺が突っ込む。
第二弾のフレイムアローがクレリアから放たれる。
俺は即座に上体をそらしそのまま直進しようとする。
俺の一メートルほど手前で、フレイムアローは分裂。
そのうちの一本が俺の肩に刺さる。
次の瞬間、クレリアの凄まじい突きが俺の鳩尾に当たる……。
『みんなの意見を聞かせてくれないか』
『リアの火魔法が劇的に向上しています。無詠唱で手も使っていません。試合前の集中で魔素を蓄えていたのは間違いないでしょう』
『シャロンの言うとおりだな。セリーナはどうだ』
『以前より剣の正確さが増していますね。アランの鳩尾を正確に突いています。真剣ならば致命傷だったでしょう』
俺は思わず腹に手をやる。普通の人間だったら木剣でも死んでいたかもしれない。容赦ないな。クレリアは日頃の鬱憤がかなり溜まっていたのかもな。これくらいで解消されるならいいことだが。
片手片足をグレイハウンドに食いちぎられて瀕死の重傷を負っていた姿を思い出した。あれからここまでよく頑張ったものだ。
『リアの体にあるナノムの影響もあるのではないでしょうか』
『いや、治療機能だけだ。ナノムとのインターフェースは構成していない。クレリアはナノムを操作できないはずだ』
『だとすると、これはもともとのリアの才能……?』
『イーリス。魔素のエネルギーをもっと明るく強調表示してみて。リアが最後のフレイムアローを放つ直前から再生速度を十分の一くらいで』
シャロンは審判として直近で俺とクレリアを見ていた。なにか気づいたことがあるのか。
「はっきりとはいえないんですが、二回目のフレイムアローが気になります」
再び再生が始まる。
……五メートルの距離を一気に縮めようとする俺にクレリアがフレイムアローを放ち、体にあるエネルギーが輝きを増す。これは発射時の残存エネルギーだろう。試合中は気が付かなかった。
そしてフレイムアローが分裂する直前、再びクレリアの体が一瞬、激しく輝いた。
『これは……』
『発射したのちに、フレイムアローの弾頭部を魔法でコントロールしているようですね。まるでミサイルのように指示を与えているとしか』
思い出した。あれはタラス村からゴタニアの街までをベックたちと旅していたときのことだ。馬車の進行方向にネズミウサギが現れ、クレリアの放ったフレイムアローは進路を変えていた。ホーミング機能かな? と思ったのを覚えている。
あれ以来、クレリアはひたすらに自分の技を磨き続けていたということか。
『これからはリアとの模擬戦は慎重にしないといけませんね』
『シャロンならどうする』
『リアの魔力が尽きるまで回避し続けるしかないでしょうね。なにか別の方法がないか考えてみます』
『次はエルナ対セリーナ戦だが』
『対戦者としての意見ですが、魔法でも剣技でも近衛の中でエルナにかなう者はもういないでしょう』
『もともとエルナは風魔法では近衛随一の使い手だ。それが進化したのだから当然だな』
『今回は複数の魔法を組み合わせた複合魔法です。以前、エルナから聞いたのですが、それぞれの魔法の習得に要する難度より、複合魔法を一つ操れるようになる方がはるかに難しいそうです』
ファイヤーボールで十七工程、エアバレットですら四十近い工程を集中して念じなければならない。混合魔法の難易度はかなり高いだろう。おそらく俺の飛行魔法研究に付き合ったせいで魔法への理解が進んだのかもしれない。
しかもエルナはナノムなしで複合魔法をやってのけた。まだシャロンとの対戦向けに隠し玉があるらしい。
再生が始まる。
それぞれの構えのまま微動だにしない二人。
エルナが大きく木剣を振るう瞬間、胸部にある魔素の光量が爆発的に上昇する。放たれた光の帯は剣を伝って、回転半径のはるか外へ伸びていく。
輝く円弧が接近するセリーナに直撃、セリーナは吹き飛ばされる。
『すごい……』
『まるで風魔法を木剣に載せているかのようです』
どちらかというと木剣を依代にして魔素のエネルギーを放出しているようだ。これが魔力伝導性の高い魔法剣だったらどうなっていたことか。威力は数倍ではきかないはずだ。
『エルナはセリーナに当たった瞬間、明らかに動揺していました。ということはまだコントロールしきれていないのでは』
エルナに限ってそんなことはないだろう。技の完成を待って俺たちに披露したはずだ。ところが完全には制御できなくなったらしい。以前見せてもらったウィンドカッターより魔力が明らかに強い。
『セリーナ、シャロン、自分のナノムに体内の魔素エネルギーを測定させてみてくれ」
『『あっ』』
やはり……か。
『蓄積できる魔素の量が増えているんだな』
『はい、私は二割近く増えています』
『私もです』
俺の蓄積量は五割も増えている。ここにいる誰よりも魔法の使用頻度は高いから、それだけ適性があるのかもしれない。
『イーリス。クレリアの身体データは記録しているな?』
[はい]
『魔素の許容量が上がってないか』
『二十五パーセント上昇しています』
今日の結果を見るかぎり、間違いなくエルナの魔素量も増えているだろう。
魔素をたくわえる量は限界が決まっているとクレリアは言っていたが、増える話は聞いていない。
[おそらく大樹海の影響だと想定されます]
『ガンツとここでは大気中の魔素の量が違うのか』
[はい。奥地に行くほど濃度は上がります]
『魔素の蓄積量が増えるだけなら問題ないが、人体に悪影響はないのか』
[サンプルが少ないので確実なことは言えませんが、王都で収集した文献に気になる記述が見つかりました]
『再生してくれ』