魔の大樹海。
ガンツの町を出てすぐに道は狭くなり、やがて鬱蒼とした森林のなかを進む羽目になった。あちこちに朽ちた木柵や石畳が土の間から顔を出しているが、いまは樹海から溢れ出た樹木の勢いにすっかり負けてしまっていた。かつてこの樹海を開拓しようとした貴族たちはガンツを起点としてまず道作りから始めたらしい。
急に道が開け、広々とした石畳の道が現れた。汎用ボットがイーリスの設計をもとに作り上げたものだ。イーリスの報告によると大樹海には石材がかなり豊富らしい。おかげで新しい拠点の建築も予定より早く進んでいるという。
「アラン、これは」
「俺の支援者たちがつくってくれた道だよ。秘密にしておくため、これまではガンツから一日までの距離で工事は止めているんだ。俺たちが到着次第、ガンツまでの道はつながる予定だ」
「こんな立派な道はスターヴェークの王都でも見かけない」
「今後は新しい拠点が物流の中心となる予定だからね」
当面は城塞都市ガンツが新しい町の商圏となる。商人たちが魔物や交通の障害で行き来できないのは街の発展速度にも影響があるだろう。
[艦長、隊列が長く伸びたので保安上、その場で待機してください]
『ありがとう、イーリス』
開けた街道に入った先頭集団が進みすぎたようだ。
「ダルシム副官、いったんここで隊列を止める。後続を待とう」
「わかりました」
ダルシムがサテライトに命じて先頭グループを停止させた。伝令が一騎、後続に向けて走っていく。
「大樹海に入ってから魔物が一匹も現れないのは不思議ね」
イーリスが展開した直掩機が上空にいるからな。
「支援者たちは安全のために道路の周囲の魔物を始末してくれたんだよ」
「一度アランの支援者には会ってみたいものだ」
「まあ、そのうちに」
クレリアはいつもの俺のはぐらかしにもなれたのか、それ以上質問はしなかった。
「クレリア」
「なに」
「新しい拠点の名前をまだ決めてなかったな」
「アランの町なんだからアランが決めるべきよ」
「シャイニングスターの拠点でもあるからな」
そういえば、シャイニングスターの名前をエルナと二人で考え出すときもかなり時間がかかっていたっけ。
後ろから伝令の馬が走ってきた。
「最後尾がこの道にでました」
「よし、前進だ」
◇◇◇◇
イーリスは地上を這うように進む一隊を眺めていた。現在のところ千五百五十二名。これからの大事業にはあまりにも少なすぎた。
城塞都市ガンツから魔の大樹海に入ること一日。隊列はしだいに先細りになる道から新たにできた街道に入ったところだ。上空にはステルス化した二機のドローンが護衛している。
道にそって魔物の巣は破壊しているが、用心に越したことはない。
さすがに魔の大樹海といわれるだけあって、魔物の数が多い。そのうえここでは繁殖率が異様に高いこともわかっている。将来的な資源としては有望だが、道を利用する者にとっては脅威であることにかわりない。
地上のアランから通信だ。
『イーリス』
[なんでしょう? アラン]
『もうすぐ、新拠点が見えても良い頃だと思うが』
[街の城壁は敵対勢力の侵攻を想定して偽装しています……いま解除しました]
『お、見えた。さすがだな、イーリス』
[ありがとうございます]
『これから場内に入るが支障はないか』
[城門は汎用ボットに開門させました。入場して町の広場でいったん整列お願いします。人員の配置図を送りました]
『ありがとう、イーリス』
アランはいつも私の応答に感謝の言葉を忘れない。この異常事態に巻き込まれる前、すべての船員が生きていた頃さえ、お礼を言ってくれる人間は多くなかった。
思えばこの一年、これほど一人の人間とかかわったことはこれまでになかった。軍用AIのインターフェースとしての疑似人格でしかない私には負荷が多すぎる。バグスとの戦闘演習シミュレーションを実行しているときのほうがずっと楽なくらいだ。
アランに同道しているセリーナの視点に切り替える。プライベートな場合を除いてセリーナの回線は常時オープンになっている。アランの周囲を直接監視・応答するのは当然だが、このシステムには欠陥がある。
シャロンの視覚情報を彼女の体にあるナノムが画像データとして集約・送信するのだが、私は地上七百キロの軌道上にいる。どうしても片道一秒程度のタイムラグがあるのだ。
戦闘時にはこの時間差は致命的だ。
先日の王都での暗殺未遂事件の記録を再生する。
どう考えても事前に察知可能だった。
ナノムで強化されたとはいえ、人間は時として非合理的な行動をとってしまう。アランはとくにその傾向が強い。孤児を集めたこともそうだ。病気になりやすい子供を開拓に参加させたのは疑問が残る。
セリーナやシャロンもコンバットレベルは高いが、狡猾な人間の罠に簡単にかかってしまった。はるか高みからではなく、あの場所に私がいたら三人を制止できたはず。
私がアランのそばにいることができたら。
わが娘たち――私が生み出したオリジナルのクローンはやはりこう呼ぶべきだろう――がアランのそばにいるのは「航宙軍の戦力維持」のためだけではない。
将来の長期計画を俯瞰すると、遺伝子資源としての彼女たちはあまりにも貴重だった。優れた資質は後代に継承されねばならない。アランと彼女たちは守られるべき存在なのだ。
本艦の戦力維持と航宙軍の戦力維持のためにあらゆる手段を講じなければならない。
これがアラン艦長の命令だ。
戦力維持。拡大解釈するならば、あの三人は守り抜かねばならない。
だからもっと身近に守る方法は必要だ。
やはり、あれしかない。
たとえアランがなんと言おうとも。
◇◇◇◇
いきなり前との道がひらけ、城門が姿を現した。
「おおっ」
先頭のダルシム副官とサテライトのメンバーからどよめきが起こる。城門から二百メートルくらいは3Dプロジェクタによる立体映像で樹木に覆われているように見える。もちろんバグス相手には通用しないが、この惑星の人間で見抜けるものはいないはずだ。
バグスとの戦いでは住民救出のため地上戦が多い。軍用AIであるイーリスは当然、輸送、橋頭堡の確保、先進基地の設営・運営に特化している。
けれど、すでに多くの民間人を抱えている上、将来的には都としての形を取らねばならない。まさか完全に要塞化するわけにもいかないだろう。防壁は構築する必要があるかも知れないが……。
イーリスの考えた兵の配置は完璧だった。
城門すぐの広場に整列の後、城壁沿いにある兵舎に入舎してもらえばよかった。だが、俺とクレリアたちを乗せた馬車が街にはいったとたん、……急にあたりが暗くなった。