エルヴィン叔父上 様
アラン様とともにこの拠点にたどり着いて、はやひと月がたとうとしています。その間にあった出来事を思いつくままに書きます。
私が襲撃事件とかかわりがあることはアラン様が口止めしてくださったので、ほかには数名の方しか知りません。私は遠い田舎町からきた孤児ということになっています。
アラン様の設営した学校というものに通うことになりました。
物心ついてからずっと家業に従事したおかげで読み書きはできますし、商売のこともわかりますが、どうしても行く必要があるそうです。
学校は午前中に座学があり、読み書きのほか算学を学びます。午後からはそれぞれの適性に合わせて街の工房で下働きをしています。私は農作業の腕を買われ、アラン様の邸内にある畑で働くことになりました。里でも畑仕事をしていたので、私の農作業の知識は重宝されています。農地の監督はニルス班長で、カトル様とガンツにでかけていないときは、仕事を教えてもらっています。このあいだは手際の良さを褒めていただきました。
学校では教会のシスターのほか、シャロン様が教壇に立つこともあります。
きくところによると、シャロン様にはあのアラン様でも体術がかなわないそうです。
ときおりアラン様の魔法のことやこれまでのご活躍の様子なども聞かせていただきました。
一介の冒険者から、ドラゴンを倒し、貴族に列せられたというだけでもすごいことですし、シャロン様のほかにも辺境伯軍の兵隊さんの話では、魔法は全軍を相手にしても勝てるということです。
まだまだ話題はつきませんが、今回はこのくらいで。
この手紙はアラン様がガンツに向かうときに届けてくれるそうです。ほんとうに不思議なことですが我々のガンツの隠れ家の場所もアラン様はとっくにご存知でした。
叔父上様もどうかご無事で。
樹海よりお祈りしております。
追伸、この手紙の内容は叔父上様の命令通り、アラン様に目を通していただいています。魔法の下りは大げさすぎるとアラン様は苦笑されておりました。
◆◆◆◆
「ライスター卿、わざわざ呼び立てして申し訳ない」
「いえ、我々親子はアラン様に従います」
「お体もだいぶ回復されたようだが」
「もしお救いくださらなかったら今頃は地下牢で朽ち果てていたでしょう」
「救い出したのはエルナたちだ」
「あのご三方には感謝しております。さらに治癒魔法と滋養のある食事のおかげで、私もここまで回復するとは思いませんでした」
俺はライスター卿に椅子を勧め、向かい合って座った。
街が一望できる執務室の大窓からは早朝の陽が入りこんでいた。山すそはすでに赤や黄色の落葉の色に変わりつつある。
「最近はご子息のアベル殿が領内を見て歩かれているようだ」
「クレリアさまの指示でございます。この街の発展のために為政者の立場になって見聞きし報告するようにと」
『イーリス、アベルの活動範囲を街の地図に表示してくれ』
[了解]
仮想スクリーン上の街路図に青と赤の移動線が浮かび上がる。青が騎乗で赤が徒歩だな。耕作エリアと街道は青、商業エリアは赤く染まっている。丹念に見て回っているようだ。
「クレリアもそこまで考えてくれているとはな。報告の際には同席させてもらいたいものだ」
「この件、アラン様に秘匿するつもりは毛頭ございません」
「さて、ここに来てもらったのはほかでもない、ベルタ王国での宰相をしていた際のことをいくつか確認したい」
「なんなりと」
「ベルタ王国では代々の宰相は国軍とは独立した諜報組織を抱えていたそうだな」
「ど、どうしてそれを」
「ある筋から聞いた情報だ。その組織は歴代の王も知らず、宰相だけに継承されていたという。ベルタ王国初代宰相のころからな」
ライスター卿の見開かれた目は、一転して細く鋭くなった。俺がここまで知っていることより誰が漏らしたのかを考えているに違いない。
「長エルヴィンは我が配下となった」
「なんと!」
俺は暗殺未遂事件のあらましを話して聞かせた。話が進むにつれてライスター卿の顔に驚愕が浮かぶ。
「それでは佞臣バールケはもう手駒を持たないわけですな」
「自領地の私兵以外はもういないはずだ」
「長のエルヴィンは義に厚い男。いつまでもバールケの配下にとどまってはいないと思っておりました。先祖より歴代の宰相に仕えた一族ゆえ、迷いもあったことでしょうが」
「いや、決心したのは卿がクレリアに忠誠を誓ったことを俺が話したからだろう。つまりバールケと手を切ったのは卿の人徳によるものだ」
「とんでもない。これもアラン様の御威光ゆえのことと存じます」
「改めて確認したい。ライスター卿、彼らを我が私兵として使ってもよいか」
「もはや、かの者たちは我が手駒ではございません。ご随意に」
「そう言ってくれると助かる。だが、かの者たちに指示を与える前にライスター卿の助言が欲しい」
俺はサイラス商会と護衛契約を結び、アルヴィンたちを護衛を隠れ蓑にして調査に当たらせる構想を話した。
「なるほど、商会の護衛を隠れ蓑に各地に探りを入れるというわけですな」
「そうだ。クレリアは現在のアロイス王国の情報を切実に欲しがっている。近衛の者たちも同じだろう。得た情報は皆と共有する。どうかクレリアを補佐してやってほしい」
「ありがたきお言葉でございます。息子ともども力を尽くします」
それからも政治絡みの案件をいくつかきいてみたが、深い含蓄のある回答が速やかに返ってくるのに驚く。老いても頭脳は明晰なようだ。隣国セシリオ王国の内情にも詳しく、好戦的な王太子については相当調べていたらしい。ライスター卿の読みでは、セシリオ王国の現国王が逝去のあかつきには間違いなくルージ皇太子はベルタ王国に侵攻するという。
この件についてはクレリアも含めた主要メンバー全員の協議が必要ということで俺と卿の意見は一致した。
「ライスター卿、最後に一つ頼みがあるのだが、きいてくれまいか」
ライスター卿は快く俺の頼みどおりにしてくれたあと、ペンを置いて深々と頭を下げて執務室を出ていった。