「さてと、契約が終わったぞ。例の話は聞かせてもらえるんだろうな」
テーブルの真向かいから俺を見つめるサイラスさんの語気が強い。
どこから話したらいいだろうか。この惑星ではまだ商業法令や流通が未発達だ。まずは外堀から埋めるとしよう。
俺は昨晩イーリスに受けたレクチャー通りにいくことにした。俺のアイデアではあるのだが、俺みたいな一介の航宙軍兵士には荷が重い。イーリスは、叙爵の際に王都で収集した書籍の内容を踏まえて、いろいろと補足してくれたのだ。
「いくつか質問があります。話を進めるには情報を共有したほうがいい」
「わかった。何をききたい」
「新しい酒の需要はこれからどれくらい伸びるでしょうか」
「四、五十倍は軽いだろう。いまの醸造者はほとんど廃業になる」
「では五十倍としましょう。一台の蒸留器で五十倍の生産は可能ですかね」
「十台でも二十台でも増設するしかないだろう。当然アランの協力も頼みたい。蒸留器は設計図があっても非常に難しい工程があるからな」
「やめてください」
「なに? 生産量を増やさないと儲けは出ないぞ」
「各都市への通行が賊や災害で寸断されるとか、各地の貴族がサイラス商会の莫大な利益をみて通行税を跳ね上げるかもしれません」
「まさか作り方をほかの商会に教えるわけにはいかんだろう」
「教えましょう」
「わけがわからんぞ。そんなことをすればサイラス商会はたくさんある酒造の一つになってしまう。俺は儲けを独占したいんだよ!」
いきなり手のひらで机を叩いた。まるで俺が慈善で製法をばらまくとでも思っているのだろうか。実際は正反対なのだが。
「許可を与えた業者のみに製法を売ります。蒸留器は貸し出しましょう」
「馬鹿な。そんなことをすればあっという間に真似されるぞ」
「俺の作った蒸留装置には酔う成分をたかめる凝集器が組み込まれています。現時点で似たようなものは作れるかもしれませんが、これを超える効率のものは不可能ですね」
凝集器は一種の熱交換器だからな。熱力学や冶金学の知識がないと最高のものはできない。
「よくわからん。それでどうやって利益が出るんだ」
「まず、免許と蒸留装置の賃料から利益が上がります。さらにアラン式蒸留装置を使った醸造レシピを定期的に販売します」
「いや、それでは利益も限られるはずだ」
「サイラス商会が独占するよりは長期的には儲かります。加盟店は増税や運搬、盗賊やほかの業者からのクレームなどを全部かぶってくれた上に、俺の醸造レシピの販促までやってくれます。売上にかかわらず毎月、賃料をサイラス商会に払いながらね。払わなければ免許はく奪の上、蒸留装置は回収すればいいだけです」
「サイラス商会は酒を造らなくて良くなるのか」
「特上の醸造レシピをサイラス商会だけに卸しましょう。そうすれば価値をつけることができます。ほかの醸造業者が賊に襲われようがその土地の貴族が酷税をかけようが、淡々と賃料を徴収し、サイラス商会だけの高級酒を売ればいいのです」
「アラン、だったらさっきの護衛契約は無意味だろう」
「いいえ、まずは酒の味を覚えてもらいましょう。売上が伸びた頃合いを見計らって加盟店を募集すればいいのです。それまでは全国の各都市に現物を輸送しなければなりません。だいたい販促は一年程度で十分でしょう。もちろん護衛料はいただきますよ」
「うーむ」
サイラスさんはグラスに残った食前酒を飲み干してから唸った。
「アランの国ではこんな事業形態が普通なのか」
「まあ、そうです。規制はありますが」
いまでは人類銀河帝国ではよほどの辺地でもなければこんな悪辣な商売は禁止されている。
「この商売を考え出したやつは悪魔に入れ知恵されたに違いない。やばい案件はすべて加盟店に被ってもらいながら、何もしないで定期的に金が懐に転がり込んでくるとは……。しかも言うことを聞かなければ廃業に追い込める」
「まだ話していないことがあります」
「なんだ」
「醸造用の小麦を新拠点で栽培します」
イーリスによれば、野生種では時間がかかるが、すでに食用として供されているものを醸造用に改良するのは比較的簡単だという。
「発酵が早く、酔う成分がたくさん絞れる麦です」
「それを俺が加盟店に販売するわけだな? アランの醸造レシピはその麦でないとできない」
「よくおわかりで」
「酒は独占しないが、手段と材料は完全に独占している……ライバルはいない」
「いい話だと思いませんか。サイラス商会には特別に蒸留装置一基あたり百五十万ギニー、毎月の醸造レシピの配布に一件あたり二十万ギニーで卸しましょう。お買い得ですよ」
「なんと、俺を儲けさせてから上前をはねるのか。お前は悪魔か。法外すぎるぞ」
「俺も領民を養わねばなりませんので」
サイラスさんは目をつぶり黙考を始めた。
頭の中ではこれからの商売の展開が目まぐるしく回転しているに違いない。
「よし、乗った! 最初の加盟店が手を挙げるまでに詳細を詰めよう。アランも蒸留装置の製造にかかってくれ」
「わかりました。もちろん税の話は避けて通れませんが。賢明な貴族なら醸造業を活発化させるために他の貴族より税率を下げるはずです」
「貴族が乗り出してくるのは間違いないな。いちど顔を繋いでおいたらどうだ。領主のユルゲン様が一時、ガンツに戻られるらしいぞ」
「ほとんどガンツには戻られないと聞いていましたが」
「半年に一度、帳簿の確認のために戻るんだが、今回は予定より二ヶ月もはやい。おそらくアランが原因だな」
これはまずい。王都の盗賊掃討作戦でガンツ伯も被害を受けたと聞いている。裏でそうとう悪事を働いていたにちがいない。
「ガンツは魔の大樹海の窓口に当たる場所だ。かつては樹海に入り込む冒険者に防具や武器を売って、戻ってきたら樹海の産物や情報を買っていた。アランの拠点ができたことで、その優位性は下がっていくだろう」
なるほど、それが俺に肩入れする一つの理由だな。俺の街が繁栄するなら早いうちに手を結んでおきたいということか。
「ユルゲン様には一度お目通りしたほうが良いですね」
エルナから聞いたが、伯爵と男爵ではその威勢は雲泥の差だ。上級貴族が領地に帰還のおりには近くの身分の低い貴族は挨拶に行くものだという。
「そのまえに家令のデニス様にお会いできるように手配しておこう」
「デニス様はたいへん実務能力に優れた人物で、領民の信頼も厚い。そのような人物がユルゲン様にお使えしている理由がわからないですね」
城塞都市ガンツの人が集まりそうな場所はビットが集中的に打ち込まれている。収集した膨大な会話データから住民の関心をひろいあげるなどイーリスにとっては簡単な仕事だ。
「地元ではユルゲン様の評判はよくない。莫大な税収をつかって王都の貴族たちとの交流に腐心している。ガンツの街の繁栄はほとんど家令のデニス様の采配だが、あれ程の人物が仕えている理由は俺にもわからん。……おっとこの話はここだけにしてくれ」
カリナが応接間に顔を出した。
「サイラス様、晩餐のご用意ができました」
◆◆◆◆
晩餐のメニューは満足すべきものだった。
最後の方に出てきたのがチャーハンだったのには笑った。これは家庭料理のはずだ。どうやらゴタニアで流行っているのがこの街には高級料理として伝わったらしい。デザートもこの国特有の乾燥果実をつかったもので、ひなびた味わいがまたいい。
最後は俺の持ってきた酒で饗応は終わった。
終わりがけにサイラスさんが立ち上がった。
「カリナ、まもなく完成する支店だが、お前を支店長にしようと思う」
「サイラス様!」
「ドラゴンの競売でも立派に仕切ったお前の働きは見事だった。いつまでもアリスタの世話係にしておくのはもったいない。ここらで独り立ちしないとな。それにアランが是非にとお前を推薦してくださったのだ。りっぱに仕事をやり遂げてくれ」
「アラン様……」
カリナの目がうるみ始めた。
「サイラス家の家政はナタリーに頑張ってもらうので、心配しなくてよいのですよ。カリナは支店長としてアラン様の領地のギルド員たちを助け、商業をもり立てる仕事についてもらいたいの。これはサイラス商会にとっても大事な仕事です」
「サイラス様、アリスタ様……。ありがとうございます。孤児の私をここまで育てていただいて、さらに大きな信頼を寄せていただいて……本当に感謝しています」
頭を下げたカリナの目から涙がこぼれ落ちる。
「ではカリナの新しい門出を祈念して乾杯といこう」
「「乾杯!」」