ガンツの拠点に宿泊するのはしばらくぶりだ。
カトルと戻ってから、サリーさんたちに一通り声をかけた。一時はサテライトと使用人合わせて百人近い人間がいただけに、みな残念がっていた。
ここはガンツにおけるシャイニングスターの橋頭堡だ。サイラスさんとの関係がうまくいっている間は確保しておきたい。
久しぶりのホームの風呂はひとりきりで貸切状態だった。新拠点の温泉計画も早いところ実現せねばならないな。
八班の連中は俺に遠慮して入浴をしないでいるんだろうか。変な気づかいはやめてほしい。最近は新拠点でもクレリアとロベルトが妙な儀式や格式張ったルールを「発明」するのにはほんと困る。貴族様として必要な格式とかが必要なのかもしれないが……。
まあいい。今日のところはもう寝ることにしよう。明日は魔術ギルドに行って懸案の魔法と信仰について調べる予定だ。
『プライベートモードのところ失礼します』
『セリーナか。入浴中なんだが』
『し、失礼しました。至急、拠点にお戻りください』
『なんでだ』
『拠点内で暴動が発生したようです』
『暴動? セリーナたちは大丈夫なのか』
『私たちは無事ですが、商業エリアで火災が発生しています。ダルシム隊長が現場に向かっています』
『すぐに拠点に戻る』
『ディー・ツー、ガンツの城門前の広場にステルスモードで待機』
[了解]
暴動とは穏やかじゃないな。
浴室を飛び出した俺は着替えるとすぐにカトルの部屋へ行く。
「カトル。開けるぞ。……起こしてすまない。拠点で急用だ。すまないが明日の魔術ギルド訪問は中止だ。それからタースをつれてもどってくるように」
「アラン様、どちらに」
「これから拠点に戻る」
「え、馬もなしでどうやって」
「頼んだぞ」
「アラン様!」
カトルの声を後ろに俺はホームを飛び出し、ガンツの正門へ向かう。守備兵との応対はめんどくさい。高速走行モードで走りぬけたが誰も気がつかなかったようだ。
暗視モードでみると広場の草木が激しく揺れている。サイレンスモードでも隠しきれないかすかな排気音が耳朶を打つ。俺を認識したドローンが後部ハッチを開く。偵察ドローンは後部に二人くらいの人間なら搭乗可能だがかなり狭い。機体がすぐさま上昇を開始する。
『セリーナ、いまガンツを出発した。状況は』
『消火活動中です。騒いだ連中は全員捕縛しました』
『原因はなんだ』
『それが、アランにだけ話したいと』
『クレリアたちは』
『居城でまだ就寝中です』
『首謀者を俺の執務室に連れてくるように、クレリアは起こさないほうがいい。それと被害状況の概略を送ってくれ』
『了解』
話しているうちに、新拠点の上空についた。
「ディー・ツー、赤外線モードで観測し、俺の仮想スクリーンに送れ」
[了解]
画像を見ると商業エリアの一角がオレンジから赤にまだらに染まっている。まだかなり余熱があるようだ。派手にやったな。
「ディー・ツー、居城の中庭に着陸してくれ」
[了解]
◆◆◆◆
「言い訳を聞こうか」
執務室のテーブルの前にはサテライト六班のヴァルターと以前エルナたちが地下牢から救出した近衛のブルーノがいる。どちらの目のまわりに青いアザがついていた。ブルーノは左目が、ヴァルターは右だ。ブルーノは左利きらしい。どうでもいいが。
俺としてはクレリアの耳に入る前に片付けたい。
「せっかく作った酒場もいまは跡形もない。なにしろサテライトの六班と近衛の一団合わせて三十人近くが大暴れしたからな。まったくやってくれる」
辺境伯軍のロベルト、近衛のダルシム隊長が立席を強く主張したが、セリーナとシャロンと一緒に広間に控えてもらっている。
主犯を連行してきた不寝番の兵士たちは廊下で待機だ。酒の話は俺にも責任の一端があるし、二人の口から不穏な話が飛び出さないとも限らない。俺だけに話したいこととはなんだろう。
どこの集団にも酒好きの連中がいる。そいつらが街にやってくる商人から調達しては兵舎で飲んでいたのは早くからわかっていた。兵舎に仕掛けたビット経由の情報だ。監視社会みたいであまり気が進まないが、これも兵士の民度を上げるためだ。
とはいえ俺自身も嫌いじゃないから、きちんと管理された状況で飲む場所を作ったつもりが裏目に出てしまった。
街に入植した商人の中から信頼できる人物をカトルに選んでもらい、経営を任せていた。こっそり買い飲みするよりはいいだろう。営業時間も勤務に支障がないように厳に守るようにしてあったはずなのだが……。
「ヴァルター。辺境伯軍のとりまとめ役のお前まで乱戦に参加するとはな」
「アラン様にはなんともお詫びのしようがございません。騒ぎの元凶が隣に座っているので締め上げれば吐くでしょう」
「なんだと!」
「ブルーノ、今はお前の話す番じゃない」
俺はブルーノを制した。あやうくヴァルターに掴みかかるところだった。どうなってるんだこの二人は。ブルーノは地下牢で長期間の拘束に耐え抜いている。すぐに頭に血が上るような人間ではないはずだが。
「今回の騒ぎは私怨や酔った勢いのおふざけとは違います。これだけはアラン様にわかっていただきたいと」
「では一体何のためだ」
「一言で言えば、名誉です」
「酒場で暴れるのに名誉が関係あると思えないが」
ヴァルターは隣にいるブルーノをちらりと見やってから言った。
「この野郎はセリーナ様を侮辱したのです」
「アラン様、こいつの言うことを信じないでください。けっしてセリーナ様を貶めるようなことは言っておりません」
「じゃ、なんと言ったんだ」
「……セリーナ様よりシャロン様のほうが剣技にすぐれている、とは言ったかもしれません」
セリーナ・シャロン優劣論争か。
盗賊狩りでシャロンとセリーナの二人に隊をまかせて以来、サテライトの隊員たちの間でずっと続いている話らしい。
あのときは隊員たちからシャロンの指揮とセリーナの索敵行動が絶賛されていた。俺から見ればどちらも同じくらい優秀で、あえて比較するまでもないと何度も言っている。
「ヴァルター、ブルーノの発言にどこに乱闘に繋がる要素があるんだ?」
「この男は剣技の練習でこっぴどくセリーナ様に指導されたのを根に持っておるのです。たまにやさしいシャロン様がご指導くださるときは、借りてきた猫のようにおとなしいくせに」
「き、貴様、言うに事欠いて何を言うか。お前にシャロン様の指導を受ける資格はない。田舎に帰ってオークでも食ってろ!」
「!!」
両者ともに席を蹴って柄に手をやった。
「やめろ! ふたりともいい加減に酔いを覚ませ。セリーナとシャロンに能力の差はない。どちらも献身的に指導しているはずだ」
「しかし指導教官を侮辱したということにかわりありません。ですので辺境伯軍のまとめ役として、こ奴の目を覚まさせてやろうとしただけです。なにしろ言葉が通じない相手ですのでやむなく手を使ったまで」
「おまえこそセリーナ様の指導に心酔するあまり、盗賊狩りの際には六班の指揮を代わっていただきたいとか抜かしただろ?」
普段は冷静なヴァルターがなんと顔を赤くしている。
「とにかくふたりとも席に座れ」
ブルーノはわざとらしく椅子をヴァルターから離して座った。ヴァルターは唇を引き絞ったまま、黙り込んでいる。
ここまでこじれるとはセリーナとシャロンも罪作りだよな。
普段はあまり意識していないがセリーナ、シャロン、そしてエルナもいずれも人目を引く容姿をしている。エルナは剣士だけあって目つきはきついが、セリーナたちははっきり言って美形だ。
指導教官としてはどちらも剣技に優れ、辺境伯軍の精鋭でもかなうものはいないだろう。その年若い二人が本当に献身的に兵の育成に尽くしてくれている。
これではちょっと勘違いしてしまうやつも出てくるというわけだ。隊長格が殴り合いというのだから、もう部下は全力だろう。結果的に、酒場のあった場所にはもう残骸しかないらしい。火魔法をつかった馬鹿者のせいだ。
「話はわかった。この問題は俺に預けてくれ。追って連絡する。今日のところは宿舎に帰って呼び出しがあるまで謹慎しろ。暴れた連中全員だぞ」
俺は廊下で待機していた不寝番の兵を呼び、二人を送るように頼んだ。二人きりで帰らせたらどうなることかわからない。
『イーリス、この惑星の一般的な軍規というものはどうなっている?』
[王都で入手した文献によりますと、非戦闘時の騒乱は程度によりますが大目に見られているようです。兵士が戦闘時に略奪するなど珍しくない世界ですから]
『それでは困る。航宙軍レベルにまでする必要はないが、これからの建国に向けて犯罪行為は一切あってはならない』
[艦長はこの領地の最高指揮官ではありますが、スターヴェークに関する人事権はクレリア王女にあります]
戦闘時における兵士の素行は永遠の問題だが、この場合は少し違う。セリーナたちを責めることもできない。もともと近衛と辺境伯軍の間に確執があるんだろうか。
俺は一階の広間に降りた。
「「アラン様!」」
ダルシム隊長とロベルトが同時に立ち上がった。セリーナは困惑したような顔をしているし、シャロンはうつむいている。
「まず落ち着いて話そう。二人にはよく言っておいた。これにこりて素行は改まるものと判断した。しばらくの謹慎は必要だろうがな」
「アラン、兵の間の仲違いをを引き起こしたのは私の指導不足です」
「セリーナは謝罪する必要はない。四人に待ってもらったのは今後どうするかを考えるためだ。感情ぬきでいこう。シャロンもだ。責任を感じる必要はない。責任を取らねばならないのは俺だ」
「ダルシム隊長、それとロベルト、まずは座ってくれ。最初に聞きたいのは近衛と辺境伯軍の間に確執があるのかということだ。ダルシムどうなんだ」
「その前にまずお詫び致します。言い訳のしようもありませんが、ブルーノは王都での救出以降、体力の回復と剣技の向上に専念してきただけに、残念でなりません。責任は隊長の私にあります」
「責任問題はあとだ。ここは原因と対策を考える場にしたい」
俺はロベルトを見やった。一晩ですっかり老けたように見える。今回のことがよほどこたえたらしい。
「ロベルトはこの中で一番の年長者だ。近衛と辺境伯軍の関係についてわかっていることがあれば教えて欲しい」
「どこから話したものか……。ヴァルターもまだ修練が足りませぬ。私からもよく指導しておきます。ただ、今回の騒ぎはセリーナ殿、シャロン殿が原因ではなく、これまで蓄積されてきたものがあらわになる切っ掛けにすぎないと愚考いたします。辺境伯軍と近衛の確執は今に始まったことではありません。まことの原因はクレリア様の立ち位置かと」
やはりそうか。クレリアの立ち位置はあまりにも微妙だ。
スターヴェーク王国はスターヴァイン家が王家として統治していた。しかしクレリアの母は辺境伯ルドヴィーク家出身だ。だから王家の守護となる近衛からみてクレリアは王女だが、辺境伯からみれば、姪でありルドヴィークの血を継ぐ姫君でもある。クレリアはスターヴェーク再興の折にはルドヴィークの再建を約束してもいる。
近衛の王国再興の悲願と辺境伯軍のルドヴィーク家再建の願いが交錯するのがクレリアなのだ。どちらも目的とするところが微妙に違う上、近衛からみれば辺境伯軍の兵士は王都から離れた辺境防衛の集団に過ぎず、はっきり言って格下だ。
一方で、辺境伯側は最後まで謀反者と戦い抜いた誇りがある。
俺は今度はセリーナとシャロンに向き直った。
「セリーナはヴァルターが支持していて、シャロンはブルーノに尊敬されている。おそらく彼らの部下も同じだろう。まるで代理戦争だな」
「私がアランの次席指揮官なのは皆も知っています。ですので近寄りがたい印象があるのでしょう。その上、私の指導に十分について来られるのはいまのところ訓練を先に始めた近衛の者ばかりです」
「で、厳しさに耐えかねた後発の連中はシャロンの指導に頼ってしまったわけだ」
「アラン、私の指導が甘かったのかもしれません」
「いや、指導法は多様であるべきだ。目標を達成する手段はいくらでもある」
これは難問だ。建国の最初の段階で反目し合う二つの集団をかかえるのはまずい。
ダルシムが静かに言った。
「任務が必要です」
「建国ために力を蓄える今も任務の一環だぞ」
「たしかにそうですが、配下の者は長期的な視点を持つことが難しいのです。手の届きやすい短期の目標や任務がないと、特に年若のものは腐ります」
ダルシムの言うことは正しい。訓練だけでは軍隊は成立しない。しかし……。
こんなときに航宙軍ではどうしていたか。
俺も新兵の頃は絶えず任務に追いまくられていて休む間もなかったし、それでいて充実感はあった。
人類銀河帝国の諸惑星には士官学校がある。俺のトレーダー星系のランセルでも著名な士官学校が二つあった。たしか士官学校の対抗で競技する集まりがあったな。つまり良い競争というわけだが……。
任務としてはほかに二つほど考えていることがある。若干、時期尚早だがこの際しかたがない。
「ダルシム隊長の意見は正しい。ではこうしよう。このまま出自の違う集まりを一つにすることはできない。だが共通の目的に向かって競わせることはできる。そこで、セリーナを長とする近衛班とシャロンを長とする辺境伯班にわけて定期的に競技をやろう。詳細は二人で検討して報告するように」
「「了解」」
ロベルトはあまり良くわかっていないようだ。こういう発想はこの惑星にないのかもしれない。ダルシムは顔には出さないが不満のようだな。
「つぎに街道沿いの盗賊刈り部隊、および旧スターヴェーク領内の偵察部隊を設立しよう。両隊とも近衛と辺境伯軍の混成部隊とする。人選、派遣回数などはロベルトとダルシム隊長に任せる。これはスターヴェーク奪還のためにもなくてはならない仕事だと思うが。どうだ」
「わかりました。アラン様のご指示に従います」
「もちろんクレリアの許可を取ってからだ。この案件は完全にクレリアの所掌だからな。そうだ。この提案はすべてロベルトとダルシムの提案ということにしよう」
俺がそう言うと、明らかにロベルトとダルシムはほっとしたようだ。
「それとクレリアが街の視察に出るような場合、目につかないように今日の現場は速やかに復旧させること。もちろん壊したやつらに直させるんだ」
「はっ」
俺がすべてを取り仕切らず、セリーナたちとダルシムに任せたのが良かったのだろう。四人は先程の悲壮な顔つきはどこかへ消えていた。これも彼らにとってわかりやすい任務なのかもしれない。
◆◆◆◆
突然の呼び出してすっかり予定が狂ってしまったが、俺を呼んだセリーナの判断は正しい。急な帰還のお陰で単騎で街を離れた言い訳もせずに済んだ。ダルシムもすっかり忘れているようで助かった。
ここ数日の成果を振り返ってみても、サイラス商会との大口契約、調味料の販売など成果は上がっている。金、金、金……このところずっと金がからんだ仕事ばかりだ。ほんとうに植民地経営は金がかかるな。
明日はジェネラルオークの首を持ってガンツにいき、冒険者ギルドと魔術ギルドで情報収集だ。俺にもそろそろ休みがほしいところだ。
……などと考えつつ、ベッドに横たわった途端。
なにかとても大事なことを忘れているような気がした。
絶対に忘れてはいけない約束、忘れてはいけない人のことを。
『イーリス、手伝ってほしいことがある』