[なにか忘れているような気がする、ですか]
『開拓が始まって多少のトラブルはあったが順調だ。けれど何か忘れているような気がする』
[アップデート過剰に寄る脳障害でしょうか]
イーリスはいきなり怖いことを言う。脳内アップデート技術が未熟だったころに起きた事故と聞いている。いまは厳重な制限下にあるためそのような事故は起こらないはずだ。というか冗談のつもりなんだろうか。
『そうじゃない。大事な契約というか約束のようなんだが』
[人間は都合の悪い記憶を思い出せなくなるようです]
今日のイーリスは辛辣だな。
[これまで艦長が第三者に対して行った契約および約束に類する行為を精査します。その時点より、まったく進展していなものを不履行とカウントします。お待ち下さい…………]
イーリスは艦内の上級士官の行動はすべてモニターしている。特に重大な責任が問われる戦闘時は詳細な行動ログが記録されているのだ。現在は第一級非常事態宣言下にあるので俺のログは当然ある。これもあまり思い出したくない事実だ。
[一つありました。グローリアとの約束ではないでしょうか]
……何のことかわからない。グローリアには街の近くにちょうどいい洞窟が見つかったので、住まいにしてる。俺たちとの距離がずっと近くなって喜んでいた。もともと住んでいた洞窟の宝物も監視している。その場所はシャイニングスターのメンバー以外は立入禁止だ。
[族長としての責務です]
『族長はやめてくれ』
[グローリアにとってアランは族長であることには変わりありませんよ]
「わかった。まず最初からゆっくり説明してくれ」
[わかりました。現在グローリアの健康状態は良好です。ドラゴンの寿命が短くなる病気については調査中ですが、現状では異常は見当たりません。むしろ急速に成熟しているのではないかと推察されます。こちらをご覧ください]
仮想スクリーンにグラフが移る。
緩やかな線が右肩上がりに伸びていたのが、ある一点から急上昇している。
『これは?』
[グローリアの体重です。偵察ドローンのディー・テンが定期的にグローリアと競争しているのですが、その際、テラヘルツ波による身体スキャンをおこなっています]
体重は着実に増えている。それもここ数か月の体重の伸びが著しい。
『これはガンツまでの街道を建設していたころだな』
グローリアが俺たちのために、というか一族の役に立ちたいと必死なのはよくわかるし、イーリスもそれを理解して手伝わせたのだろう。
「排除した魔物は偵察ドローンなら放置だが、」
[汎用ボットが魔石を取り出したあと、グローリアが頑張って全部食べてしまいました]
街の広場で出迎えてくれたときもかなり大きくなっていた。本人は自分が未熟だと思っていて、もっと大きくなりたいのだろうか?
イーリスの推測では人間にするとグローリアは青年期に該当するというからその可能性が高いな。人間と同じで背伸びしたい年ごろなんだろう。
[グローリアの活躍はそれだけではありません。資材の運搬や、上空からの探査でわかりにくい樹海の奥地へ試掘用の汎用ボットを何回も移送しています。こちらがその時の記録です]
仮想スクリーンに建築中の居城が映し出された。汎用ボットたちが石材などを運搬している中、樹海で伐採した樹木をもって降下するグローリアの姿が見える。汎用ボットを二体つかんで奥地に輸送している画像があとに続いた。さらにグローリアはひとりで定期的に街道沿いの魔物を取り除いている。しかも夜間だ。街道を利用する人間に迷惑をかけないようにしているのだろう。
「イーリスが指示したのか」
[いいえ。すべてグローリアの自主的な行動です]
俺の思った以上にグローリアは頑張ってくれているようだな。母ドラゴンを亡くしてからずっと一人きりで暮らしていたところで俺と出会い、つづいてイーリスに始まりセリーナとシャロンが話し相手になってやったものたから、うれしかったんだろう。なんというかいじらしい。
[彼女の献身には族長として、シャイニングスターのリーダーとしても何らかの報酬を与えねば不公平です。しかも彼女は正式に人類銀河帝国の航宙軍兵士でもあります]
まあ言っていることは理解できる。確かに兵士である以上、無報酬は良くないが……。
『わかった。報酬を与えよう。だがギニー金貨を渡しても無意味だ。グローリアは俺たちのなかで一番金持ちだからな』
人類銀河帝国の現行法に照らしても、母ドラゴンが集めた貴金属と、一族のドラゴンがなくなったあとに取り出される魔石はグローリアの相続財産だ。全部合わせると天文学的な額になるだろう。ちょっとした規模の貴族の領地を領民もいっしょに買収しても全然目減りしないくらいはあるはずだ。
『……で、何を与えればいいんだ?」
[グローリアの伴侶です。若くて健康な者が良いそうです]
思い出した!
族長は配下にいる適齢期のドラゴンに伴侶を見つける義務があるんだった。これは俺的には最高にめんどくさい話だ。なので俺は記憶を封印していたらしい。
『俺がグローリアに伴侶を見つけてやるんだったな。しかし俺にはドラゴンの知り合いなんかいないぞ」
[実は艦長の代わりにこの惑星のドラゴン探索も進めていました]
イーリスのやつ、人間ならニヤリとでも表現できそうな一瞬の笑みを見せたような気がする。なぜだ。
[グローリアから聞き取ったのですが、彼らは特別な鉱石を食べることにより皮膚を強化したり色を付けたりするそうです。そこで鉱石に含まれる金属のスペクトルを有する物体を上空から観測し、それが高速で移動していれば]
『この惑星には我々のほか航空機は存在しない。つまり移動しているのはその鉱石を摂取したドラゴン、というわけだ。生息域のマッピングも可能なはず』
[ご覧ください]
仮想スクリーンに俺たちのいるセリース大陸が表示された。この大陸が惑星アレスで一番大きいが、人の住んでいない未踏の大陸もいくつかある。
セリース大陸の北側、高緯度地方の極地といっていいくらいのところにドラゴンの推定生息域があり、これが一番大きい。他の大陸にも存在するが規模が小さく、いくつかは数個体しか生存していないようだ。ドラゴンの個体数が減っているというグローリアの話は正しかったな。
「イーリス、俺たちはドラゴンの言葉を理解できるわけだろう。だったら呼びかけてみてくれないか。多少の方言はあるかもしれないが、話は通じるんじゃないか」
[私が極地のドラゴンと話して、相手が従うとは思えませんが]
「じゃどうすればいい」
[あまりお勧めできませんが、相手方のドラゴンを屈服させ、こちらのクランに加えればよいのでは]
それはどうかな。はぐれドラゴンとちょっとのあいだだけ戦ったが、ファイヤーブレス一回で俺のファイヤーグレネード数個分はあった。紙一重でよけたが戦闘時のドラゴンの動きは俊敏だった。
すこしばかり魔法の力が強いからといってドラゴンをなめてたことは否定できない。グローリアが現れて、はぐれドラゴンの注意がそれていなかったら俺も危なかった。もう一度戦えるかといえば……。
『セリーナ、シャロン来てくれ』
即座に二人の姿がARモードで現れた。制服姿だ。俺は二人にグローリアのことを説明した。
「グローリアが結婚するんですか?」
「シャロン、まだ決まったわけじゃないわ」
「でも、グローリアが望んでいるんでしょう?」
「もう一匹をクランにいれるのは無理ではないでしょうか。食料とか魔石が不足するような気がします」
二人とも俺の命はどうでもいいのか。相談相手を間違えたようだ。
『食料は増産できますし、樹海の魔物からは十分な魔石が供給できます。まずグローリアの願いをかなえてあげないとかわいそうです』
『そうね。私たちのアランが負けるわけないし』
『セリーナと私も同行します』
ちょっとまて。まだ決まったわけじゃないんだからな。
[前回の教訓を生かして、上空には四機の偵察ドローンを待機させ、ターゲットにロックオンしておきます。艦長の生命に危険が生じた場合は即応します]
イーリスまで賛成か。俺の命を誰ひとり心配していないとは……。
よし、みんながそこまで言うなら仕方がない。グローリアはシャイニングスターの仲間だ。それに強力な戦力でもある。これまでの貢献も申し分ない。クランのリーダーとして願いをかなえてやろうじゃないか。ただし前回みたいに行き当たりばったりというわけにはいかないが。
四人で小一時間の検討の結果、意見はまとまった。
グローリアは参加させない。万一、ドラゴン同士の戦いになってしまっては元も子もないからだ。俺に危険が及ぶときはイーリスの操作する直掩のドローン群が対処する。
セリーナは城館に待機。もし俺がけがを負うとかしたら次席指揮官であるセリーナが俺が復帰するまで指揮しなければならない。本人はかなり不服そうだったが、残ってもらうことにした。
シャロンは俺と同行する。もし俺またはドラゴンが負傷した場合、現地で治癒魔法を展開してもらう。グローリアの傷を治すのにはオークの魔石をたくさん使ったから、城館にストックしてある魔石を治療用にできるだけ多く持っていく。
俺も当然ながら魔法戦闘に使う魔石を持参するほか、パルスライフルとハンドガンを装備だ。正々堂々と相手のドラゴンにも理解できる魔法だけを使って勝ちたいが、相手の実力がわからない以上、用心に越したことはない。
俺たちはすでにドラゴンの言語を翻訳できるから最初は対話を心がけよう。いきなり戦闘に持ち込んだら竜族全体を敵に回しかねない。
現地との往復は偵察用ドローンを使う。ドローンの格納庫はほかに荷物がなければ数人の人間は格納可能だ。
目的地はセリース大陸の極地方。偵察ドローンのラムジェット推進を全速にすれば二時間。うまくいけば日帰りだな。
もちろんクレリアたちには一切秘密だ。セリーナには俺とシャロンが支援者たちと一緒に魔物狩りに出たと伝えてもらうことにした。ま、嘘は言っていない。