[朝です。起きてください]
久しぶりにナノムに起こされた。この頃は政務に忙殺されているせいか眠りがあさく、明け方に自然に目がさめることも珍しくない。
兵士の健康状態をつねに監視しているナノムは、これ以上の早朝覚醒がつづくなら強制的に強化睡眠をすると警告していたが、俺が夜更かししたのにはわけがある。
はぐれドラゴンと戦った時の記録は上空を旋回する偵察ドローンによって撮影されていた。可視光のほか、赤外線など偵察ドローンの感知機能をフルに使った映像からは学ぶところが多かった。
とくに俺の動きの悪さが。
ドラゴンはオークやビッグ・ボア、あるいは大海に潜む大型魚類をおもな食糧としている(グローリア談)。
餌は常にドラゴンの眼下にある。偵察ドローンの視点がはからずもドラゴンの視点と一致しており、画像を見るとドラゴンは終始ポジション的優位にたっていた。
俺の動きはドラゴンから見れば地上をはい回る小ネズミのようなものであり、広域のファイヤーボールを獲物の移動予想点に展開すればいいだけだ。
ドラゴンは狩りのあいだ、つねに空の覇者として主導権を握り続けているのだ。
もう一つ気が付いたことがある。
ドラゴンのブレスまたはファイヤーボールを放出するときは待機時間があることだ。
これは王城での近衛救出作戦Gルートでグローリアに暴れてもらった時の画像とも一致する。赤外線モードで見るとブレス放出の三秒前にドラゴンの胸郭内の熱量増大が感知されている。射出後は次のブレスまでに最短でも十秒の間がある。もちろん個体差はあるだろうが、はぐれドラゴンとグローリアのタイミングも同じだった。
おそらくこの辺がドラゴンを倒す突破口になるのではないか……。
ナノムには感知したドラゴンの胸郭内の温度を赤外線モードでモニターしてもらい、温度が急上昇したら警告メッセージを、ブレスやファイヤーボールを放出した直後から仮想スクリーンに十秒のカウントダウン表示してもらう。この時間はドラゴンの火炎を警戒しなくていいはずだ。おそらくこっちが逃げる羽目になったときに一番知りたい情報だ。
ナノムとやり取りして、システムがなんとか完成したところで、睡魔に負けて眠りに落ちてしまった。
[シャロンはすでに中庭で待機しています。装備は汎用ボットにより格納済みです。〇六〇〇時には離陸しますので急いでください]
イーリスのやつ妙にやる気だな。いつもとは語気が違うようなのは気のせいか。
近衛の控え部屋やクレリアの居室の窓は外側を向いているので、中庭は見えない。一度つれてきたがあまりにも殺風景なので、貴族らしく庭園として整備したほうがいいと言ったきりだ。それ以来クレリアは中庭に顔を出さない。俺が見せたくないものがあるのを察してくれたような気もする。
シャロンは駐機中の偵察ドローンの前でまっていた。
帝国航宙軍の制式防寒服だ。航宙軍が作戦降下するときは寒地であれ熱帯であれ気密性の高いパワードスーツを着用するので防寒服はめったに使用しない。最後に着用したのは寒冷惑星での訓練の時に使用したくらいだ。懐かしい感じがする。
「おはようございます」
「シャロン、防寒服よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます。その格好で出撃されますか。防寒服も用意していますが」
朝の気温が低いせいか、シャロンの頬が赤い。
体内のナノムは体熱産生を加速する機能があり、ちょっとやそっとの寒さではダメージを受けない。今回は話し合いだけで済むものでもないし、野外戦闘は避けられないだろう。念のため着ていくか。
偵察ドローンの貨物室に身をかがめて乗り込むと、すぐに後部ハッチが閉じた。かなり狭い。急造のシートらしき場所にシャロンと俺が並んで座り、それぞれシートベルトを締めた。足元には魔石を詰め込んだバックパックとパルスライフルが二丁。
「シャロン、よほどのことがない限りこれを使うことは避けてくれ」
「それは状況によります。ご指示ができない状態になった場合は私の判断で対処します」
「そうならないことを祈っているよ」
ドローンががアナウンスした。
[発進します]
機体が轟音とともに垂直離陸を始めた。ステルス機能は稼働している。街周辺の飛行はつねにステルスモードだ。
[到着予定時刻は○八三○を予定]
俺とシャロンは会話をナノム経由の通信に変更した。大声を出すのは疲れる。
シャロンがバックパックから箱を出して俺に渡した。
『朝食はまだでしたね』
『すまない』
『お茶も用意しました』
箱を開けるとカツサンドと切り分けたオレンジに似た柑橘類が入っている。
『これは』
『材料はガンツのホームから取り寄せました』
『ピクニックに行くわけじゃないぞ』
『任務とはいえ、食事は楽しまないといけません』
そんなもんかな。このところシャロンも孤児たちのために骨を折ってくれているから、ちょっと息抜きしたい気分があるのかな。
カップについでくれた液体からニホン茶に似た香ばしい香りがする。
俺が問うまもなくシャロンが答えた。
『商業ギルドに頼んでタラス村から取り寄せていました。やっと昨日届いたんです』
クレリアと旅をして最初にたどり着いたのがタラス村だった。村に入る直前で、ビックボアの黒斑を倒して、村人と仲良くなったんだっけ。暦の上では一年と少しくらい前なのに、ずいぶん遠くまで来てしまったな。
カトルの紹介で綿織物の商売が大成功して喜んで帰っていくベックとトールの姿を思い出す。あの二人、今頃どうしているか。この惑星の住民はかなり早婚だからもう所帯を持っていたりしてな。
[まもなく通常航行からラム・ジェット推進に切り替えます]
ドンッ!という衝撃音とともに加速がかかった。騒音がずっと甲高くなる。
『アラン。お味はどうですか』
うっかりしていた。うわの空で半自動的に口に運んでいたようだ。
『”豊穣”のバースと同じかそれ以上だ。この甘辛いソースも効いてる。……まさか』
『お肉は厨房で試行錯誤したんですけど、ソースもゴタニアから取り寄せています。バースさんは調味料の販売もされているようですね』
バースも手広く商売してるみたいだな。味も地球産のトンカツソースとそん色ない出来だ。俺たちがガンツへ向かってからもずっと研究していたらしい。
『シャロンも調理に興味があるのか』
『いつも作っていただいてばかりですからね』
興味があるのではなくお礼、というわけか。ちょっと気になるけど今は良しとしよう。
それからシャロンとは料理談義となったが、俺にはわかっていた。これからの任務からちょっとだけ目をそらしたかったのさ。シャロンも話を合わせてくれたが、気持ちは同じだったんだろう。
それにしてもシャロンとセリーナは双子、というかクローンなのにどうしてこうも性格が違うんだろう。
食事を終えて俺は、昨日考えた作戦の復習をすることにした。。
はじめにイーリスのドラゴン言語変換機能を使用して、ドローンの外部拡声器を使ってドラゴンに語りかける。内容は俺がドラゴンの社会における族長にあたるものであること、配下にドラゴンがいること、そして族長の務めとして部下にふさわしいパートナーを選びに来たことを伝える。
それで相手が了解すればよし。だめなら……戦うしかない。我ながらおよそ作戦の体をなしていないな。
[まもなく目的地上空に到達します。通常航行に切り替えます]
偵察ドローンのアナウンスとともに高度が下がっていく。
『イーリス、来てくれ』
仮想スクリーンにイーリスの上半身が浮かんだ。
『目的地周辺の状況説明を頼む』
[マップをご覧ください。ここ数日のドラゴンの飛行経路を表示しています]
『ドラゴンは複数いるな。飛行経路はある一点でとぎれたように消えている。つまり、このポイントに上空からは探知できないドラゴンの洞窟がある。そうだな?』
[ご明察です。推定個体数は六体です。飛行経路は主要な餌場を定期的に周回しています。このあたりに生息している大型海洋生物を餌にしているようです]
六体か。そのうちの一体が相手側の「族長」なんだろうが、一体だけを選んで戦うのは無理か。
『直掩機は』
[偵察ドローンを本機をふくめ七台に増強して上空を旋回しています]
『洞窟近くの広場に着陸させてくれ。ただし非常時にシャロンをつれてすぐに離陸できるように待機だ』
『私も行きます』
『救援が必要になったら呼ぶ。それまでシャロンは無傷でないといけない。これは命令だぞ』
『わかりました。ご命令があるまで機内で待機します』
一瞬、不安を見せたシャロンだったが、すぐに表情を引き締め俺の命令を復唱した。
電磁ブレードナイフをベルトの右側に差した。ハンドガンはおいていく。パルスライフルですら出力に不安がある。ドラゴン相手では意味がない。魔石も防寒服のポケットに詰め込んでおく。
腰をかがめて格納庫からでた。
洞窟のある山のふもとはかつて雪に覆われていたようだが、強風で粉雪は飛んで圧雪部分だけが固く残っている。その跡はまぎれもなくドラゴンの足跡だ。
洞窟の高さはこの距離にしてはかなり巨大だ。測距モードで改めて観察する。仮想スクリーンには直高二十二メートルと表示された。大洞窟じゃないか。あの中にドラゴンがうじゃうじゃ、というか少なくとも六匹はいるわけか。気が重くなるな。
[アラン、防寒マスクも装着してください]
なぜだ。死ぬほど寒いというわけではないし、ナノムの熱産生強化のおかげで風に奪われる熱量もカバーしている。
[グローリアの身体を調査した結果、ドラゴンの視覚は赤外域の波長も感知するようです。その防寒服は皮膚から発生する赤外線を外に出さない機能があります]
今の俺はドラゴンから見れば、顔や手足が光り輝いて見えるってことか。もっと早くに教えてくれよな。
[装備の扱いは訓練で学んでいるはずですが]
急いで手袋を装着しゴーグル付きのマスクをつけようとした途端、すでに手遅れなのがわかった。
洞窟の中に光る巨大な瞳が見えた。やがて姿を出したその体はグローリアを二回りは大きくしたようなドラゴンだった。
[熱量増大を感知]