惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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クレリアの想い

 今日、聖堂の建設が本格的に始まった。仮の教会堂を今まで使っていたけれど、聖堂が完成の暁にはこの街の中心となる大切な建物だ。

 アランは打ち合わせに一度も来てくれなかった。何度も誘ったのに。精霊様を体に宿していながら女神ルミナス様の話をアランから聞いたことがない。アランと出会ってから不思議に思うことの一つだ。

 セリーナに聞いてみると、アランは朝早くに魔物を狩りに出たまま戻らないという。シャロンと支援者たちも一緒だから問題ない、と言ってくれたが気にかかる。行き先も教えてもらえない。

 アランは行き先を告げずにふらっと姿を消すことがある。それが私をどんなに不安にさせるのか気にもとめていないのだろう。

 

 夕食を済ませ、居室で日記を書こうと机に向かったけれど、筆が進まない。

 新拠点に来てからずっと政務にふりまわされている。スターヴェーク王国にいた頃は、政治や経済は父上と兄のアルフにまかせっきりだったのが悔やまれる。ああ、いけない。それ以上はいま思い出すべきことではない。

 剣技と魔法をもっと練習したいのに。このまえの模擬戦ではアランに勝ったけれど勝ちを譲ってくれたような気もする。

 

 驚くほど透き通った窓ガラスの向こうは一面の星空が広がっている。

 アランが話してくれた人類銀河帝国の銀河とは、スターヴァインと似たような意味らしい。輝ける星々からなる大河とは素晴らしい名前だ。この大陸の遠い遠い彼方にあるというその国はどんなところなのだろう。いつか私が訪れることはあるだろうか。

 もし大陸統一が成って、大きくて頑丈な船を作れるようになったらアランが去ってしまわないだろうか。

 

 ぼんやりながめていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「クレリア様」

「エルナか、入れ」

 ドアが開いて私服に着替えたエルナが現れた。

「もう遅うごさいます。明日はサテライトの定期報告の日ですので」

 サテライト各班はガンツに週替りで滞在している。今週の帰宅組がガンツの様子を報告に来る予定だった。ほかにもあとからやってきた辺境伯軍の隊長たちから陳情がある。近衛と辺境伯軍の待遇は変わらないし、セリーナもとくに近衛の者を贔屓せずに指導しているはず。はじめに訓練を受けた者たちの力量が卓越しているのは当然だが……。

 

「隣の部屋からでもまだ起きてらっしゃることはわかります」

「すまない、できるだけ音はたてないようにしているのだが」

「どんな厚い壁でも乙女のため息は筒抜けと申します」

「……エルナ」

「冗談です。よく眠れる茶葉をガンツから取り寄せております。いかがですか」

「いただくわ」

 エルナが廊下に戻り、やがて茶器と恒温ポットをもって現れた。このポットは最近アランが発明したものだ。魔力で温度を保つという優れもので、側面にある穴に魔石を入れると何日でも適温に保たれる仕組みだ。試作品だというのにまたカトルが大騒ぎしたらしい。

 私の前に湯気の立つ茶器を置くと、エルナは私の斜め前にすわった。臣下は目上の者の真正面には座らない、という礼儀を守っている。

 エルナもいまは個人的な時間のはずだが、臣下の立場を決して崩さない。時にそれが重く感じることもある。

 

 しばらく二人で黙ってお茶を飲む。

 珍しい風味だ。タラス村で飲んだ緑色のお茶によくにている。国を追われて以来、初めて暖かく迎え入れてくれたのがあの村だった。もうずっと遠い昔のような気がする。アランと私の二人だけの旅だった……。

 

「クレリア様」

「すまない。少しもの思いにふけってしまったようだ」

「アランが心配なのでしょう?」

 エルナはいつもどおり単刀直入だ。ごまかしてもしょうがない。

「そうだ。気にはなっている」

「ため息をつくほどに、ですか」

 そんなに盛大にため息をついたつもりもないのだが。ここは冗談と受け取っておこう。

 

「行き先も告げずにアランが出かけるのは珍しくない。つい最近も湖で魔法の練習していたというではないか。エルナの報告がなければ知らずじまいになったところだ」

「アランが一人で行動しているときは何かが始まる前触れです。王都でゲルトナー大司教に一人で会いに行ったこともありましたね。おかげで司祭様がこの町に派遣されることになりました」

 

 アランがこの街にしてくれた最大の貢献だ。もし大樹海の中で信仰の証たる聖堂がなければ、私がここを拠点として選ぶことはなかったかもしれない。

「アランが単独で行動した結果は我々のためになることばかりだが……」

 何となく言葉が続かない。

 

「シャロンと二人で狩りに行ったことが気になりませんか。クレリア様」

「…………」

 私が感じていた言葉にできない気持ちはそれが原因なのだろうか。全てではないがそれを問題と感じているのかもしれない。

「シャロンとセリーナはアランの部下だ。同じ軍の所属だとアランは言っていた。支援者たちも同行するというなら、今度の狩りも任務と考えればよいのだ」

 

 エルナは手に持った茶器を机において私を見つめた。

「狩りに行ったのが私とアランだとしたらどうですか」

 いったい今夜のエルナはどうしたというのだろう。模擬戦の前後からエルナの気持ちの振れ幅が大きいのは感じていた。大きいと言っても冷静で少々斜にかまえていたのが少し常人に近づいた、くらいだが。

「任務ならかまわない」

 エルナは私をまっすぐに見つめた。透明な瞳にはなんの感情もこもっていない。けれど私はエルナがなにか思い切ったことを言う前にこんな目をするのを知っている。

「クレリア様、もっと正直になりませんか」

「…………」

「スターヴェーク再興という大義も大事です。けれどクレリア様がご自身の気持ちをすっかり殺してしまったら、スターヴァイン家が絶えてしまうかもしれません」

「エルナはどうなのだ。自分の想い人はいないのか」

「私は一生、クレリア様にお仕えすると女神ルミナス様に誓いました。輝きの御印があらわれたので、その誓いはルミナス様の御心にかなうものだったのでしょう」

 ああ、エルナ。なんということをしたのだ。臣下の間でもこれほどの誓いを立てるものは少ない。

「それこそ自分の気持ちを殺すことではないのか」

「いいえ。私は尊敬する方にお仕えできるだけで十分です」

「……エルナ。もうこの話はやめよう。ため息もつかないようにする」

「はい」

 エルナは私の冗談がわかったのか薄く微笑んだ。

 

「とにかく私はアランのことは心配していない。ドラゴンを従えたアランにかなう魔物などいるはずはないではないか」

「もしかして、またドラゴン狩りにでかけたのでは」

「だとしたら今度は一匹と言わず三匹くらい連れてくるかもしれぬ」

 思わず二人で笑ってしまう。が、すぐに笑いが覚めていく。

「ま、まさか」

「いくらアランでもそんな暴挙は」

 ……ありえる。

 行き先も教えずに出かけたのは、私を心配させないようにという気遣いだろうか。

 女神ルミナス様、どうかアランがそんな無謀なことをしていませんように。

 

 

「……夜も更けました。長居をして申し訳ありません」

「エルナ、ありがとう」

「どういたしまして」

 エルナは頭を下げると自室に戻っていった。

 日記帳を閉じベッドに横たわる。

 眠りに落ちる直前のまどろみが急に冴え、エルナの言葉よみがえった。

 

“私は尊敬する方にお仕えできるだけで十分です”

 

 私は尊敬に値するだろうか。もしそうでないとしたら、エルナの尊敬の眼差しはいったいどこへ向いていくのだろう。

 

 

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