全力で走る俺の背後で爆音がはじけ、熱風が襲いかかる。背中が熱い。とんでもない熱量だ。
『ディー・ワン、離陸準備!』
『了解』
視野の隅で容赦なくカウントダウンが進んでいく。
[直掩機がターゲットをロックオンしました]
『待て! まだ射つな!』
機に俺が飛び込むと同時に、後部ハッチが閉まった。
「発進しろ!」
エンジンの回転音が急上昇し、体がシートに叩きつけられる。
「お怪我はありませんか」
「大丈夫だ。いきなりドラゴンブレスをぶちかましてくるとは」
「ドラゴンの間に共通の挨拶のようなものがあったのかも」
「いまさらだけどな」
仮想スクリーンに機体の後部カメラの映像が写った。
ドラゴンが六匹追尾してくる。そのうちの一匹はひときわ大きな個体だ。全身が黒い鱗に覆われている。年齢と大きさが比例するとしたら、あれがこの群れの族長というわけか。
「高度三千メートルまで上昇、高度を保ったまま周回しろ」
[了解]
加速がかかって、見る間にドラゴンとの距離が開いていく。
一匹、また一匹と脱落していき、最後の巨大なドラゴンも高度を落としていく。
「ドラゴンの限界高度は二千メートルくらいでしょうか」
「あの巨体では筋力だけで二千メートルは無理だ。おそらく魔石の力を借りているんだろうな」
グローリアから聞いた話だ。飛行の前に魔石をたべると力が出るらしい。はぐれドラゴンをガンツに運んでもらったときにも魔石を食べていたっけ。
あらかじめ魔石を食べていたということは、着陸するまえから俺たちを感知していたということか。ステルスモードを解除していたのは失敗だったな。
「少しは理性的な生き物だと思っていたが。グローリアだけ特別なのかな」
「まあ女の子ですから」
女の子ね……そうか。
『イーリス、色々問題があるが、差別的な言葉を使うがいいかな』
[いつものことです]
これは心外だな。俺ってそんなに差別主義だったか? まあいい。
『今のドラゴンはひょっとして全部雄じゃないのか』
[はい。間違いありません]
「ドラゴンの社会構造については疎いが、ドラゴンは狩りを行うときは雄だけなのか」
[グローリアからの伝聞でしかないのですが、狩りには全員参加です。ただし、幼体がいる場合は女性は狩りに出ません]
雌ドラゴンのことを女性というのはどうかと思うが、人間を凌駕する知性の持ち主だとすればその表現しかないか。
『可能性としては、洞窟に雌がいて幼体もいる。あるいはこの群れには雄しかいないのどちらかだ』
[可能性としては後者の確率が高いと言えます]
『理由は何だ』
[ドラゴンの母親は産卵期、育児期はほかのドラゴンとは距離を置くそうです。グローリアも幼い頃は父親の姿をめったに見なかったと言っています]
『このあたりで単独行動する雌はいるか』
[現在のところこの集団だけです]
『なんとか方向が見えてきたようだな』
[艦長、伝聞や憶測だけで行動するのはやめてください]
『わかっている。ディー・ワン、高度を落としてもう一度あの広場に向かってくれ。ただし上空二百メートルほどでホバリングしろ』
『了解』
「シャロン、どうやら答が見えてきたようだぞ」
「どうするのですか」
「しばらく競争することになりそうだ」
俺の予想は当たった。
こちらが高度を下げれば、すかさずドラゴンは迎撃体制に入り急上昇してくる。偵察ドローンはすみやかに上昇してドラゴンの射程外に離脱する。その繰り返しだ。
ドラゴンは空中の覇者として君臨するがゆえに、自分の頭上に誰かがつねにいるのが耐えられないのだろう。
高度を上げ下げすること五回、ようやくドラゴンはあきらめたのか力尽きたのかは不明だが、洞窟前に一体のドラゴンを残してあとは洞窟に入ってしまった。残ったのは一番大きなドラゴンだ。……交渉開始だな。
「もういいだろう。着陸して俺をおろしてすぐに上昇してくれ」
「大丈夫なのですか」
『もし俺が逃げ切れなかったときは最終手段だ。ほかのドローンに対処してもらう……イーリス 』
[はい]
『ドラゴン語の通訳を頼む。翻訳した俺の言葉はすべてドローンの外部拡声器を通してくれ』
[了解]
俺は戦闘に備えて、バックパックとパルスライフルを持って外に出た。振り返るとシャロンの心配そうな顔がちらりと見え、ハッチが閉まった。その間、洞窟前の広場にいるドラゴンは微動だにしない。
「我が配下の者に配偶者を与えるために来た。そちらの族長と話がしたい」
ほぼ同時に上空のドローンからドラゴン語に変換された音声が響き渡る。
とたんに、ドラゴンが首を持ち上げた。俺と上空の偵察ドローンを交互に見つめている。
「目の前にいる人間の声をお前に聞こえるようにしている」
その言葉が伝わるとドラゴンはゆっくり俺を見つめ、いきなり牙をむき出しにしたかと思うとすぐに引っ込め、つづいて低い声で唸った
[人間で言うところの”笑い”に相当する表現です]
イーリスが解説したが、解説なしでも何となく分かる。ドラゴン視点で見れば、人間ごときが突然やってきて族長とかほざいたら笑いたくもなるだろう。
「紅き森一族は我が配下となった」
グローリアから聞いた彼女の正式な一族名だ。今はグローリアしかいないが一族が配下になったと言っても間違いではない。
腹に響く重低音がドラゴンの口から発せられた。声量もグローリアより遥かに大きい。翻訳された言葉がナノム経由で伝わる。
『その一族は滅びた』
「たしかに我が配下となった」
『人間に下るとは落ちぶれたものだ』
ドラゴンは尾をいきなり地面に叩きつけた。振動がここまで響いてくる。
「俺はお前の考えるような人間ではない」
『そのようだ。人間にはありえない魔力をもっている』
「竜族の流儀に従って、改めて申し入れる。わが配下のために若く健康な雄を一族に迎えたい」
それまで微妙に動きを止めなかった尾の動きがピタリと止まった。首を下げて俺の方に頭を近づける。巨大な角におもわず後ろに引けそうになったが、ここは我慢だ。
『虜囚となった乙女がいるのだな』
「俺が命を救い、配下になった」
『我は一族の誇りにかけて虐げられし乙女を救い、わが血族に与えんとするなり』
どうしてそうなる!?
[熱量増大を感知]
[熱量増大を感知]
[熱量増大を感知]
[熱量増大を感知]
くそ、今度はいきなり四匹かよ。遮蔽物はさっきのブレスですっかり溶けている。逃げ場ゼロだ。
[全機ロックオンしました]
『いや、撃つんじゃない! 交渉中だ!』
[とても交渉している状態には見えません]
高速走行モードで突っ走る俺のあとをドラゴンどもが追いかけてくる。ブレスは引っ込めたらしい。俺を生きたまま捕まえて「乙女」の場所を吐かせようということか。ドラゴンは頭がいいな……とか言ってる場合ではない。
「数人がかりは卑怯だぞ! 俺が負けたら言うことを聞いてやる。勝ったら俺に従え!」
上空からドラゴン語が響き渡ったとたん、地響きがとまった。振り返るとドラゴンの追跡は止んでいる。
危ないところだった。
先程よりは二倍くらいの距離を開けて再び俺は黒いドラゴンに向かいあった。少し小ぶりの三匹が後ろに控えている。やっぱりこいつが族長か。
「ドラゴン同士の戦いでは、負けたものが勝ったものに従うという。俺もその掟に従おう。俺が負けたら配下のドラゴンの居場所を教える」
[艦長。危険すぎます。ドローンで対処しましょう]
『だめだ。戦って配下に入れろって言ったのはイーリスだろ』
[生命の危機と判断した場合はこちらの判断で対処します]
イーリスも心配性だな。勝算がないと思っているのか。
ドラゴンが重低音で話し出す。少しの間をおいて翻訳された言葉が続く。
『お前の挑戦を受けよう。ただし乙女の居場所が先だ。消し炭から場所を聞き取ることはできぬ』
こいつ……殺る気十分だな。
『イーリス、大樹海からここまでグローリアの最大速度で何日だ』
[教えるのですか。艦長が負けた場合、新拠点を危険にさらすことになります]
『問題ない』
[……飛行を日中に限れば一週間ほどかと]
俺は南を指して言った。
「ここより南に向かって七日間飛び続けると樹海だ。彼女がいるのはその南端にある人間の街近くの洞窟だ」
『我が裏切るとは考えなかったようだな』
「掟に忠実な一族だと信じている」
「良い。実に良い。我も配下に伴侶をあてがう義務がある。お前もだ。ともに掟に従い戦おうではないか」
俺は黒ドラゴンの配下の若いやつを一匹もらえればそれでいいんだが。黒ドラゴンも部下に雌をあてがうつもりらしい。族長の義務、というやつか。これは……油断がならないぞ。
『ナノム、ファイヤーグレネードをストックしろ。八回分だ』
[了解]
以前ならせいぜい最大でも六回分だが、樹海効果のおかげで魔力はましている。まだ余裕だ。
強烈な羽ばたきで俺をあざ笑うかのように、黒ドラゴン以外の三匹は上空へ舞い上がった。高みの見物というわけか。一匹だけが残った。試合開始の合図があるわけではないよな。
『竜族の掟を尊重した見返りに、死ぬ前に願いをひとつ聞いてやろう』
「俺に負けろ、ってのはどうだ?」
[熱量増大を感知]
……ほんとわかりやすくて助かる。