ドラゴンの視野から一瞬で脱出できる加速魔法は素晴らしい。エリダー星系第二サルサの原住生物が行う瞬間移動を再現したものだ。いまのところ通常の三倍速を二秒間続けられる。
「ヒール」
俺の体を一瞬の輝きが包んでいく。
調子に乗って使い続けると強化された肉体でもアキレス腱や筋肉を痛めてしまう。この技はまだ身体にダメージが大きすぎるのであまり使いたくないんだよな。加速するたびにヒールをかけ続けるのも不便だ。
ドラゴンブレスの第一波は俺のずっと後ろで圧雪を蒸発させていた。白い蒸気煙を縫ってドラゴンが姿を表す。周囲を見渡しているところを見ると俺を倒したと思っているらしい。
上空を見上げると三匹のドラゴンはゆっくりと周回している。ひと声吠えれば俺の位置を教えることは可能だろうに、そうしないのは誇りゆえか。
フレイムアローを放つ。もちろん倒せると思っちゃいない。居場所を教えてやっただけだ。フレイムアローは直撃したが、見る限りダメージはゼロだ。巨大な体躯を動かしこちらにやってくる。
『ナノム、次のドラゴンブレスの射出速度を測定しろ』
[了解]
加速魔法とナノムのブレス警告さえあればドラゴンのファイヤーブレスは回避可能だ。はぐれドラゴンと戦ったときはいきあたりばったりだったが、考えれば対策はいくらでもある。まさに知識は力だな。
[熱量増大を感知]
一、二、三。加速。
ドラゴンの顎が開くと同時に俺は横っ飛びに加速した。停止して素早くヒールをかける。ブレスの着弾位置はドラゴンの前方の俺がさっきまでいた場所よりずっと離れている。こちらが横に逃げるとは考えなかったらしい。ブレスによる攻撃をあきらめたのか、黒ドラゴンは上空に舞い上がった。
[排気速度は毎秒二十メートル程度です]
……意外と遅いな。これで勝ち筋が見えたな。
◆◆◆
アランは一体何をしているのだろう。
地上の様子は仮想スクリーンでずっと監視している。もしアランに危険が及ぶことがあれば対処せねばならない。ほかのドラゴンが手を出さないとがわかってからは、偵察ドローン全機のターゲットは巨大な黒ドラゴンだ。
アランを直接助けられないのがもどかしい。命令とは言え安全なドローンの中で待機するのが辛い。
ドラゴンが近づいてはブレスを放射し、アランが加速魔法で回避する。加速魔法は私もまだうまくできない。アランはもう五回も加速し続けている。
『イーリス。このままだと勝負が見えないわ。アランには悪いけどあのドラゴンを撃ちましょう』
[ドラゴンブレスで水蒸気煙が発生し、姿が見えなくなったときにドラゴンの翼を打ち抜きます]
非可視光のレーザーならアランには見えない。助勢したことを咎められることはないだろう。 地上で次々と加速魔法を繰り出すアランの姿を追いきれなくったのか、ドラゴンは突然飛翔した。
『シャロン、イーリス。これで勝率が上がったぞ。一切手出しするなよ』
[了解]
『イーリス!、上空からファイヤーボールを放たれたら避けきれないわ』
[ブレスの射出速度から仮定すると、ドラゴンが高度を上げるほど到達時間はおそくなり、着弾位置がわかりやすくなります。アランは持久戦に持ち込もうとしているのでは]
無謀すぎる。持久戦……あのドラゴンがどれくらい魔素を蓄えられるかわからないのに。
ドラゴンが空中に静止した。アランの直上だ。まるでアランの動きを待っているかのようだ。頭上を見上げるアラン。やがてドラゴンは意を決したかのように羽ばたきをやめ、垂直降下した。そして……ファイヤーボールを放った。
すでに地上にアランの姿はない。
[ファイヤーボールの弾着を確認]
地上に到達したファイアーボールの紅蓮の炎が地上を舐めるように進んでいく。半径二百メートルはある。地面の氷塊が一瞬で沸きたって気化していく。
『アラン!』
『ファイヤーボールの爆発範囲があれだけ広いとはね』
『お怪我はありませんか』
『大丈夫だ。問題ない』
◆◆◆◆
……危ないところだった。
ドラゴンもブレスの速度が遅いことは認識しているらしい。だから直上からの急降下で距離を縮め、広範囲のファイヤーボールを射出したわけだ。
再び上昇したドラゴンはかなり離れた位置で高度を下げ、低高度のままこちらへ飛行してくる。
ドラゴンの高度を測距すると八メートル。はげしく雪煙をあげながら一直線に突っ込んでくる。巨大な翼が地面に触れない限界高度だ。接近戦に持ち込んで、進路上をブレスで焼き尽くすつもりだろう。
『イーリス、シャロン。一切手出しは無用だぞ』
ポケットからオーガーの五センチくらいある魔石を二つ取り出して、両手に握る。
『アラン、逃げて!』
シャロンの悲鳴を無視して直進コースを取るドラゴンの真正面に立つ。
「……エアバレット」
こんなときのために地下鍛錬場で改良に改良を重ねてきた。
コリント流飛行魔法が俺の足元で展開し、強力な連続噴射が発生する。俺はドラゴンの顔をかすめるようにして直上に到達、ストックしたファイヤーグレネード八発を全弾発射……同時に全力で急上昇する。
「うわっ」
爆発の衝撃波でおもわず姿勢が乱れる。眼下のドラゴンは青白い炎の中心にいた。ドラゴンの絶叫が響き渡る。ドラゴンは強力な火炎耐性があるらしいが、爆発の衝撃波がダメージを与えているようだ。
戦闘の終了は誰が判定するのかしらないが、見上げると三頭のドラゴンがまだ上空にいるところを見ると終わったわけではないらしい。黒ドラゴンは身動きしない。俺は警戒しつつ、ドラゴンの周囲を旋回する。
ドラゴンの両翼の根本に小さな穴が開いている。
『イーリス、手助けしたな』
[艦長を守るためです]
相変わらずイーリスは心配性だな。十分勝機はあったんだが。これでは偵察ドローンからの攻撃と俺のファイヤーグレネードどちらが有効だったか判断できないじゃないか。いずれにしてもドラゴンはもう飛べないようだが……。
俺は横たわる黒ドラゴンの頭の方に着地した。
「聞こえるか」
ドラゴンが一声うなった。翻訳はない。俺の言葉は理解したが返答ができないようだ。上空から三体のドラゴンが降下して、俺と黒ドラゴンを取り囲んだかとおもうと、一斉にうずくまった。勝った……のか。
黒ドラゴンの喉からしわがれた唸り声をだした。俺には振り絞ったように聞こえた。
『我は敗れた。掟に従い我はお前に帰順する』
なんか済まないような気になる。イーリスのやついいところで邪魔したな。
『シャロン、降りてきてドラゴンの治療を手伝ってくれ。それとナノム玉だ』
偵察ドローンが着地すると防寒服姿のシャロンがバックパックを背負ってやってきた。ドラゴンたちはシャロンを見るとなぜか一層身を低くして動かない。
ナノム玉はナノムの凝集体で大量に移植が必要になった場合のために準備しておくが、今回はなにしろこの巨体だ。時間がかかるかもしれない。
『イーリス、このドラゴンが俺と直接会話できるようになるまでどのくらいだ』
[グローリアにナノム注入した際の記録があるのでドラゴンの神経系については把握済みです。男女差はありますが一時間ほどあれば]
早速取り掛かろう。
「これから治療に取り掛かる。ドラゴンの掟では敗者にどんな扱いをするのか知らないが、俺たちはこうするんだ。じっとしていてくれ」
偵察ドローンからの翻訳音声を理解したのか、黒ドラゴンはじっとしている。首のところの鱗がすっかり剥がれ落ち、血がにじみ出ている。長い首への直接衝撃がけっこうダメージを与えているようだな。少々やりすぎたか。
シャロンがおそるおそるドラゴンの背に乗り、両翼の根本の傷口にそれぞれ特大のナノム玉を押し当てる。見る間にとけたようになった銀色の流れが傷口から入りこんでいく。
「「ヒール!」」
結局、応急的な治療だけでシャロンと二人で二時間近くかかった。そのうち内部に展開したナノムの修復機能が働き始めたのか、出血は止まり、鱗が取れたあとの赤いにじみはすっかり消えている。
[艦長、まだ微調整は必要ですが、暫定的にドラゴンとの会話が可能になりました。ドラゴンの発声は自動的に翻訳され、ドラゴンは艦長の言葉を体内のナノムが変換します]
グローリアにナノムを投与したときはドラゴンの認識や語彙が全くわからなかったからずいぶんグローリアには負担をかけてしまった。おかげで短時間ですんだようだ。
「俺の声が聞こえるか」
ドラゴンが耳障りなごろごろとした響きを返したが、瞬時に翻訳される。
「言葉は理解できる。これは魔法なのか」
『イーリス、来てくれ』
ARモードで瞬時に俺の視界に制服姿のイーリスが現れる。ドラゴンの視覚系にも干渉しているから見えるはずだ。とたんに族長ドラゴンのまぶたが見開かれ巨大な眼がイーリスを見つめたかと思うと、上体を起こし、イーリスに向き直った。
巨大な鉤爪をゆっくりと動かし、イーリスに触れようとする。当然、爪先は空を切るばかりだ。おどろいたことにイーリスはほほ笑みを浮かべている。
族長ドラゴンの声が重々しく響いて、俺の耳にはこう聞こえた。
『わが主よ、あなたのしもべはここにおります』