一体どうなっている?
いつの間にかドラゴンが洞窟から出てきている。すべての個体がグローリアより大きな角と牙をもっていて体重もグローリアよりはありそうだ。すべて雄なのは間違いない。
『イーリス、どうなってる。倒したのは俺のはずだ』
[伝達がうまくいっていないようです。この個体とイメージ共有し、語彙を更新します……お待ち下さい]
たしかグローリアにも一晩中映像を見せてはその反応を記録していたな。ドラゴンの雄と雌では反応が違うのかもしれない。俺はドラゴンに勝ったはずだ。ドローンの打撃も俺の攻撃にしか見えないはず。
『アラン、治療しているあいだもずっとドラゴンたちの視線を感じていました。周囲のドラゴンは私を注視しているようです』
あらためて俺たちを取り囲んでいるドラゴンたちを見やった。真昼の雪原にずらりと揃った巨体も異様だが、その視線の先はシャロンをひたと見ている。猛禽類が獲物を見るような鋭さはいっさいない。ドラゴンの表情を理解はできないが全く違うなにかを見ているかのようだ。
族長ドラゴンの方もすぐ目の前に現れたイーリスを見つめたまま微動だにしない。ナノム経由の会話ができるようになったのか。
[ドラゴン語の語彙と文法をアップデートしました。彼の思い違いの原因も判明しました]
イーリスはドラゴンから目をそらし、少し遠くを見るような微妙な表情を見せた。こんな表情ができるとは知らなかった。時折、イーリスと会話するときは単なる対人インターフェース以上の人格を感じることがあるが、ここまで人間的な表情をするのはなぜだろう。
[王都で収集した書籍の中に、アトラス教会からは異端とされる書物がありました。その主張の一つに女神ルミナスに仕える使徒イザークは竜族だったというのものがあります]
『その伝承は人間とドラゴンにも共有されていたということか』
グローリアによれば、かつて人間とドラゴンはアーティファクトを使って互いに意思の疎通ができていたという。その後、アーティファクトは何らかの理由で動作しなくなって、争いが多くなり両者は別々の道をたどることになったらしい。
『突然現れて、姿が見えるが触れることのできないイーリスを見て、ドラゴンは女神様と勘違いしたんだな。さっき珍しく笑みを浮かべていたのはそのことを初めから知っていたからか」
[いいえ。グローリアと同じくらい優しく接しただけです]
『で、俺の立場はどうなる。俺のヒガミかも知れないが、せっかく治療してやったのになんか見下されているような気がする。イーリスとシャロンしか眼中にないぞ』
[さしずめ私が女神ルミナス、シャロンが守護天使、艦長はその従者のように見えているようです]
……従者とはひどすぎないか。グローリアの伴侶はなんとか確保できそうだが、族長としての俺の立場はどうなる。
[傷が完全に癒えたあとに、掟にしたがって新拠点にくるように言っておきました。ドラゴンは強力な戦力ですし、グローリアも喜ぶでしょう」
『イーリス……。これからも女神様をやるのか』
[任務に必要ならば、そうします]
そう言ったイーリスは微妙な笑みを見せた。
イーリスもドラゴンに肩入れしすぎだよな。たしかにドラゴンは人間なみの知性を持っている。独自の掟、社会構造をもち、高度な言語、魔法も使える。人類銀河帝国の諸惑星の中で人間以外でこれほどの知性を持っている存在はほとんどいない。今回の旅でドラゴンについての知見が得られたのは成果と言える。あとでイーリスが発見した書籍をナノムにダウンロードして確認しよう。
「シャロン、戻るぞ」
「アラン、せっかくここまで来たのですからなにか収穫がほしいですね。表向きここには狩りに来ていることになっているので」
「ドラゴンに頼んだらどうだ。俺なんかよりシャロンとイーリスのほうが人気があるみたいだぞ」
俺はシャロンの先に立ってドローンのハッチへと向かう。
「アラン」
振り返るとシャロンが口を手袋でおさえている。
「どうしたシャロン、俺の顔になにかついてるか」
「イーリス、私の視点からの画像をアランに転送してあげて」
[了解]
「ああっ!」
これはひどい! 後ろ髪がチリチリじゃないか。しかも髪の先端が完全に炭化している。最初のドラゴンブレスはかなり熱かったがまさかこんな被害が出ているとは。シャロンは身を震わせて必死に笑いをこらえている。
「……そんなにおかしいか」
「も、申し訳ありません。ど、どうしても我慢できなくて」
帰ったときにどうやって言い訳すればいいんだよ。髪の毛は無血管組織だからナノムが到達できないし。
『ナノム、毛根細胞の分裂を促進できないか』
[現在、医療行為は必要ありません]
無慈悲かよ。ナノムの医療行為には増毛は入っていないらしい。まいった。
シートに座ると同時にハッチが閉まった。
「もしアランがよければ、電磁ブレードナイフで切りそろえるくらいは……ぷぷっ」
いつまで笑ってるんだ。
たしかに首を前後に振ってみると微妙に空気抵抗がある。さらっとではなくなんとなくぶわっとした感じだ。このままクレリアに見せると焦げた原因をなんやかんや追求されるだろうし、間違いなくエルナの容赦ないツッコミも予想される。新拠点に着くまでになんか理由を考えるか。ただ、このままではひどすぎるな。
「……シャロン、慎重に頼む」
「はい」
偵察ドローンのエンジン音が高まり、機体は滑らかに上昇していく。