惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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人類に連なるもの

 惑星アレスは人類銀河帝国の版図からはるかに離れた位置にありながら、ほかの多くの人類居住惑星と似かよっている。

 イモによくにたポトやガーリックもどきはこの惑星に降下してすぐに見つかったくらいだし、豊穣のバースにもらった香辛料の中にはカラシによくにたものあった。これは植生、すなわち生存環境と食料供給の二つの重要な要素が共通しているのだ。

 

 人類に連なる者たちが存在する惑星はみなよく似ているというが、事実は逆で何者かが人類の祖先を居住可能な星系に移住させた、というのが人類世界では定説だ。

 

 穏やかで安定期が長い主星。高い海洋-陸比率をもち、適度な地軸の傾きにより四季があり、炭素系生命に適した気温が保たれている惑星だ。

 

 主な共通点はそれだけで、違いはたくさんある。

 ある惑星では海水中の塩分濃度や微量元素の割合が違ったり、気圧や大気組成が生存可能な範囲内ではあるが明確な違いがある。ほかのどの惑星にもいないような独自の生命体が存在していたり……。 

 

 俺の生まれたトレーダー星系の惑星ランセルはどちらかというと寒冷な気候が長く、厳冬期を生き延びるために人々は長い鼻梁、色素のかけた肌、体温保持のため体格が大きくなったとされている。最近発見されたばかりの惑星、地球のように多種多様な人種・文化が花開いているところもある。

 このことから、人類を広大な銀河の星々に播種した存在は、よく似た惑星を選びだしたけれども、大規模な惑星改造をすることはなかったと推察される。彼らにも何かしらの制限、というか限界があるということらしい。

 

 人類の祖先を星々に広げた存在……播種者がバグスの存在を知っていれば、奴らの星域からもっと離れた場所に人類の祖先を配置してくれてもよかったはずだ。だが事実はそうならなかった。

 バグスとの長きにわたる戦いの中で鹵獲できたバグスの戦闘艦はわずかだったが、データを解析するとバグスは人類と同じくらいかそれ以上に古い種族であり、幾多の種族を滅ぼしてきたらしい、ということがわかっている。また征服した種族を奴隷化することも。

 

 イーリスに解説してもらったが、バグス本星をさがすことと人類に連なるものたちを探索するのは同義である。

 なぜなら広大な銀河といえども我々のような炭素系生命体が生存できる範囲は限られているからだ。

 銀河中心付近では密集した星々からの激烈な宇宙線により炭素系生命体は生存不可能だ。遺伝子構造そのものが形成されない。反対に銀河縁辺だと決定的に重金属元素が不足しており、炭素系生命体の呼吸系に必要な元素が得られないために、知的生命体の誕生が難しいことは探査結果からもはっきりしている。

 

 銀河中心から一定の距離――三万光年から四万光年――からなる円環ゾーンが炭素系生命体の存在範囲とされている。

 人類にとって不幸なことにバグスもまた炭素系生命体であり、このゾーンの中で対立している。だから航宙軍の戦艦がバグス本星を探す旅の途上で、人類に連なるものが住む惑星を発見したことは何度もある。また、人類がかつて住んでいたらしい廃墟の惑星も……バグスが先に見つけたのだ。

 

 探査アルゴリズムはこの円環宙域にそって展開されるため、円環の任意の位置にいつ到達するかは予測可能だ。また円環宙域のバグスの出現頻度から、やつらの侵攻ベクトルはすでに判明している。

 

 その結論は……バグスがこの惑星アレスに到達するのは人類銀河帝国の探査船がやってくるよりずっと早い。その後の悲惨な展開は明白だ。この惑星は地獄になる。

 俺はバグスにまつわるあの惨状の記憶を再生しそうになり……いまは考えたくない。

 

 

 大樹海の新拠点は開拓も本格化し、人口も三千を超えた。教育も進んではいるが目的実現までの道のりは遠い。バグスが到達する前にFTL通信で人類銀河帝国に救援を求めるのが最低限で、可能であればバグスに対抗できるだけの科学技術を獲得していることが望ましい。

……あまりにも遠大な目標だ。

 

『イーリス、来てくれ』

 即座に制服姿のイーリスが俺の仮想スクリーンに現れた。背景が居室の石壁とかさなっていてなんとなく違和感を覚える。

 

[おはようございます。計画の進捗についてですね]

『どうしてわかった』

[先日の拠点視察の際、艦長はずっと何か考えていらしたようですので]

 イーリスは俺の行動ログを観察していたようだな。

[私も任務とは言え一個人とここまで長い関係はじめてです。すでに前任の艦長にお仕えしていた期間を越えています]

 俺はちらりと前の艦長のことを思い出した。あの高潔な指導者の後任が俺、というのはいまだに信じられない。とはいえ、与えられたカードでゲームを回すしかない。少なくとも俺にはイーリスという最強のカードがある。

 

『現在の進捗状況と、達成率はどのくらいだ』

[新拠点の人口は現在三千百十二名、あと四年以内に一万人に到達するにはあまり良いスタートとは言えません。科学技術の発展には人口の集中による情報密度の向上が必要です。通信回線がないため、人々は集合して知恵と知識を交換しなければなりません。学校教育もより高度にしなければ、目標達成は難しいでしょう]

『実現可能性は』

[三パーセント弱、でしょうか]

 初めて聞いた時とほとんど変わってないな。自然増による町の規模拡大は無理か。やはり任官希望者やベルタ国王のお墨付きで王都から植民を徴募しなければならないようだ。そうなると一時は解決の方向に向かった食糧問題がまた復活してくる。

 

『樹海の伐採を早めよう。入植者主体で実施を考えていたが、夜間の汎用ボット運用で進めてくれ。劣化したボットのパーツはコンラート号の艦内工場で製作し、脱出ポッドで降下させるように』

[脱出ポッドの数には限界があります。さらに今後のパーツの損耗を補うだけの金属資源が艦内にありません]

 いくつかの部品は無重力下で生成しなければならない。コンラート号の船内工場がどうしても必要だ。

 

[第一級緊急事態宣言下でこのような発言は不適当かもしれませんが……わたしの存在とて永遠ではありません]

 そうだった。うっすらと思っていながら口に出せないでいた事実。軍用艦は戦闘不能になった時点で秘密保持のため爆破されるか、無事でも規定の年数で退役になる。数百年に及ぶ運用は設計時点で考えられていないだろう。しかし俺たちの計画は中央値でも600年は続く。

 

 イーリスに耐用年数という言葉は使いたくないが、実際のところどうなのだろうか。

[現在は復旧しているものの、多くの資源を失っています。本艦は地上七百キロ上空にあり、つよい宇宙線にさらされているため、残念ながら計算の上では二百年程度かと。万一この星系の主星が太陽フレアを発生させるとさらに運用可能年数は下がります]

 それでは計画は途中からイーリスなしで実行しなければならない。俺たちの計画はイーリスなしでは難しい。

 

[ただし、地上からの定期的な物資補給と運用要員の供給があれば別です]

 地上からコンラート号へはシャトルによる運用が必要だ。偵察ドローンは宇宙空間までは到達できない。地上から軌道上に打ち上げるための施設もいるだろう。

 

[偵察ドローンによる補助推進を提案します]

 仮想スクリーンに画像が現れる。

 補助燃料タンクを追加したドローンの左右に偵察ドローンがアームでつながっている。

[ドローン二台で成層圏まで出力増強型ドローンを運搬、その後切り離しと同時に自力推進します]

 

 ドローンには人員を二人程度のせるスペースがある。そこの気密性をたかめれば、人だってイーリスに送り込める。艦内の酸素は失われているが、こちらから運搬して気密性を確保すればいい。まずは循環システムの再構築、次にシールドの強化か……。

 よし、それでいこう。

[ドローン三台を分解、機関部および燃料タンクの統合が必要です。積載量の増強のため貨物エリアの容積を増やします]

 この際、ドローンの数が減るのはやむを得ない。

『八十二機のうち六機を分解統合し、シャトルは二機体勢で運用する。そのほか老朽化に応じて一部を地上管理にする。全機一斉に老朽化ということは避けたいからな。シャトル運用は中庭では手狭だ。新規に離発着場の設営も検討するように』

[了解]

 

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