ベッドに横たわったまま、俺は取り残された兵士の話を思い出した。
どこまでが本当なのかはわからない。故郷であるトレーダー星系ランセルから遠く離れた航宙軍の訓練キャンプで聞いた話だ。ナノムを投与されたばかりの俺にとっては忘れられない話だった。
ある辺境惑星の出来事だという。
バグスに制圧され、軌道上の艦隊も壊滅的な被害をうけたため、航宙軍は撤退した。しかし死んだものと思われた一人の降下兵がナノムの助けで生き残ってしまった。
理由は不明だがその惑星の人類を殲滅したあと、バグスは去った。おそらく惑星に居住する人類を殲滅することだけが目的で、星系そのものには戦略的な価値を見いだしていなかったのだろう。
その兵士はナノムとともに七年間、ふたたび航宙軍の探査船がやってくるまでたった一人で生き残った。ところが当時のナノムは今と違ってかなり人間に近いAIだったらしい。
孤独な兵士はナノムとやり取りするうちに、ナノムに死んでしまった恋人の名前までつけていた。救出されてもほかの人間とコミニュケーションができなくなっていたという。
自分を最もよく知っている理想の話し相手が存在する以上、誰と話す必要があるのか。ナノムは彼の見聞きしたことすべてを知っており、彼の体を本人以上に理解している。その上、ナノムは宿主に絶対的に服従し、昼夜を問わず心身を支え続けてくれる。
彼は退役によるナノム除去を断固拒否して、いまは人類銀河帝国のどこか遠い辺境空域で孤独なパトロール任務についているということだ。
天井を見上げながら考える。
俺はどうなんだ?
現在も十数億のナノマシンが俺の体に存在し、俺の五感を通じた情報収集だけでなく、探知魔法による知覚すら獲得している。最新バージョンのナノムは人格モジュールが初期モデルよりはずっと簡素化されている。必要以外のことは話せないし、人間味はない。
おそらくあの伝説の男の話と似た事例がたくさんあったのかもしれない。現在の航宙軍はナノムの非人格化を実施して今に至っている。
……ただし、航宙艦の軍用AIは別だ。人間とのコミュニケーションが絶対的に必要とされているため、人格モジュールは必須とされている。
イーリス・コンラート。
近年最大の航宙軍兵士の英雄。航宙軍士官学校を最優秀で卒業、順調に出世の階段を上がり、最初の艦長としての任務でそのキャリアに自ら終止符を打った。多数の民間人の命を守るために。
俺がいつも相対しているのは亡くなった英雄の人格を模して作られたAIだ。正確には対人インターフェースモジュールの一つにすぎない。
人間に対する絶対服従というモジュールの最奥にくみこまれた枷を除けば、どんな人間よりも優秀で、冷静さを失うことなく目的のために最善の行動を取る存在、イーリス。
もしたった今、バグスの艦隊が惑星アレスへの侵入軌道をとったならば、彼女はためらうことなく戦端を開き、すこしでもバグスの戦力を削ごうとするだろう。たとえ自らの存在を失うことになろうとも。
イーリス、直掩機を送ってくれ。
イーリス、調査結果を表示しろ。
イーリス、蒸留器を設計できないか。
リーリス、……。
何もかもイーリス頼みだ。俺は依存していないのか。
艦長としての悩みはさておき、シャイニングスターのリーダーとしての悩みすら、イーリスは助言することを厭わないでくれる。
そのイーリスが出した結論。
彼女の寿命はそう長くない。超長期にわたる太陽輻射と宇宙線が、シールドを失った彼女の船体を劣化させいく。
修復が進んだとはいえ、この状態のイーリス・コンラート号をこのままにしてはおけない。リアクターは無理でも長寿命化はできるはずだ。
俺たちの大陸国家統一にはイーリスの力が必要だ。
……いや、これは建前だ。
俺は彼女を助けたい。これまでの献身に報いたい。ただそれだけだ。
これは依存だろうか? そうではないと信じたい。
『イーリス』
[はい]
『シャトル便が完成したら、まず俺が艦にもどる』
[了解。……ありがとう、アラン]