惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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大樹海へ

[新たな発着場の候補地はこちらになります]

 仮想スクリーンに投影された箇所は大樹海の西側にある開けた丘陵地だ。ただし拠点からはかなり距離がある。

[増強型ドローンは高出力のためステルス化が困難です。拠点から目視されることのないように距離が必要だと判断しました。また近くに有望な金属鉱床があります]

 

 今朝考えていたコンラート号増強計画はシャロンとセリーナに話すと大賛成してくれた。俺が一番乗りすることは反対が予想されるのであとにする。

『俺からも提案がある。偵察ドローンを使った候補地探索をやめて、かねてから検討していた樹海の地上探索を行いたい』

 

 スクリーンにイーリスに指示していた地上ルートが現れた。ルートをやや西寄りにすれば候補地点まではさほど距離はない。

『今回は深層地質探査を行う』

 地質探査装置はコンラート号から脱出ポッドで投下してもらう。脱出ポッドの数も少なくなってきた。なんとしても早期にシャトル便を運行させねば。

 

『”あれ”を使うということは、資源探査以外にも目的があるのですね』

 流石にセリーナは鋭いな。深層地質探査機はたしかに普通の調査旅行には過剰装備だ。

 

 ミューオン深層地質探査機はバグス占領下での戦闘には欠かせない。バグスは惑星に降下すると果実に群がる害虫のように地下に潜り込んで巣を作る。巣ができると餌――つまり人類――をもとめて地上に溢れ出し、虐殺が始まる。

 惑星ミルトンの戦いではディスラプターのアップグレードで辛くも地上は制圧したものの、地下のバグスを根絶するには大変な時間がかかった。

 ミューオン探査機を一定間隔ごとに埋設すれば、探査ネットワークを形作ることにより地下のすべてをあらわにできる。残念ながら大気圏外からでは恒星由来の自然ミューオンの雑音で精度が出ないのだ。

 降下兵が最初にやる任務の一つが探査機設置であり……もっとも人的被害が大きい戦闘フェーズでもある。

 

『まさかアランは大樹海にバグスが潜んでいるお考えなのですか』

『もし巣があったらこの惑星の人類は滅びているはずだ。俺が探すのは遺跡だよ』

『アーティファクト、ですね』

 今度はシャロンが言った。ふたりともよく勉強しているようだな。

『そうだ。それと参加メンバーだが……』

『今回は私が行きます。いつも留守番ばかりなのは嫌です! シャロンはこのあいだドラゴン探しに行ったのだからここに残るべきよ』

『次席指揮官はアランの不在時にその任務を代行するとても大切な役目。セリーナ、任務をおろそかにしてはいけないわ。……というわけで絶対に私がアランと行きます!』

 

『残念だが今回はふたりとも留守番だ。最強の案内人がいるからな』

『まさか、グローリアですか』

『そうだ。その代わり二人のうちの一人は常に直掩機と視覚共有リンクで調査に参加してくれ』

『では私が最初にリンクを……』

『セリーナ、ずるい!』

 ふたりともそこまでだ。もっと重要な問題があるだろう。

 

『……申し訳ありません。グローリアといえば、あの問題ですね』

 先週、グローリアの未来の伴侶が極地方を発ったことはわかっている。だが、グローリアに予告なしに会わせるのもためらわれる。それに俺はまだドラゴンの習慣と言うか風習をよくわかっていない。

『伝え方が難しいな。グローリアは人間で言えば青年期なわけだろう。本人の望みとはいえ、いきなり伝えていいものだろうか。例えば……グローリア、ほら望み通りに頑丈そうなやつを連れてきたぞ、みたいな』

『ひどい』

『アランがそこまで差別主義者だったとは、信じられません』

 ふたりとも言ってくれる。俺がどれくらいの犠牲を払ったかわからないんだろうか。俺はようやく形をなしてきた後ろ髪に手をやる。まあ、犠牲というよりはドラゴンブレスをなめてかかった報いかもしれないが。

 

『イーリス、俺もよく知らないんだが、ある種の動物は雄が雌に求婚のダンスを踊ったりするそうだが、ドラゴンにもそういった習性があるのかな』

[グローリアはれっきとした知的生命体です]

『……わかったよ。その知的生命体としてドラゴンは何らかの求愛行動するのか。もし代わりに族長が踊ったりするというなら俺は無理だ。拒否権を発動する』

『アランとダンス……。もしそうなら私と』

「シャロン、勝手に決めないで。まだわたしの権利が残ってるわ」

 

 話が変な方向にそれた。セリーナとシャロンもまだ十代だからな。王都の宝石店でアクセサリーを選んだときも年齢相応の騒ぎだったな。……とにかくダンスは駄目だ。

[王都で入手した博物誌にはドラゴンの求婚についての記載はありません。ただし、伝承はあります]

『続けてくれ……ダンス以外なら何でもいいぞ』

 

[ドラゴンの男性は、求婚のときに貴金属を女性に送るようです。ほかに競合する求婚者がいた場合は、財宝の価値で伴侶を選ぶとの言い伝えです]

 そういえばグローリアの母親は金銀や宝石類を大量に溜め込んでいたな。きらきら光るものが大好きだったと言っていた。

 ドラゴンはどうやって貴金属を入手しているんだろう。貴金属も精製しなければただの石ころだ。……まさか人間から奪ったりしているのか。遥か北方では人間との関わりも少ないから財宝なんかあるわけがない。ドラゴンの到着が遅れているのはそれが原因なのだろうか。

 グローリアは母親がためこんだ貴金属があるからそうとう価値のあるものを持ってこないと関心を持たない可能性もある。

 

 

 セリーナとシャロンがARモードを解除した後、イーリスだけが残った。まだ俺にはやることがある。

『イーリス、特定のDNAをもった植物を上空から探査することは可能だろうか』

[広範囲に繁茂しているか、探知しやすい性質のものであれば可能です]

『探知しやすさに違いがあるのか』

[ある種の植物は特定の元素を生物濃縮します。また葉緑素の濃度や分布は種によってことなるので上空からの探査が可能です]

 できれば直接、現地に行ってナノムをつかって調べるのが一番だが、なにしろ樹海は広大だ。ある程度領域を絞りたい。

 

『これまでの探査結果をもとに人類に有用な植物が生育していると思われるところを図示してくれ』

 瞬時に仮想スクリーンにマップがあらわれた。何種類もの色分け区分がされている。色ごとに作物の名称がポップアップしている。

[いずれも品種改良が必要なものばかりですが、食用は可能です]

 黒い線が樹海とガンツの境界線だろう。周囲を囲む山脈の前後で植生は大きく変わっている。当然ながら大樹海のほうが多様性がある。着色されていない箇所は裸地や岩石の露頭など生育に適さないところだな。

 お、ポトやガーリックもどきの群生も結構ある。

「俺たちの人類世界で知られている植物との類似性が強いものを表示してみてくれないか」

……やはりな。結構な面積で群生しているようだ。

[アラン、またシミュレーションモジュールを酷使するつもりですか]

 

どっちかというと、エラや孤児たちのためさ。俺にも息抜きが必要だ。

 

 朝起きてすぐに風呂に入り、朝食までぼーっとするのが冒険者時代の俺には至福の時間だったが、今はそうも言っていられない。

 このところ”アラン・コリント男爵”のためにいろんな儀式が発明され、俺はそれに引っ張り回されている。クレリアはもちろん、ロベルトが気合い入れまくりで貴族の儀典とやらを俺に教えたがる。一応王都で儀典官に教育を受けているのだが。

 俺は民衆との距離が近すぎるらしい。もっと威厳を保たねばならないとか何とか……。正直、疲れる。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 翌朝。

 久しぶりに軍のツナギを着てブレードナイフをベルトに差し、パルスライフルを肩にかけた。この頃は拠点にやってきてはお目通りを願う商人たちの前で堅苦しい衣装を強いられてきただけに、入隊したばかりのような新鮮な気持ちになる。

 

 最上階から屋上に出た。ちょうど朝日が昇りかけたところで、周囲には誰もいない。屋上の床には頑丈そうな革製の鞍がおいてある。ほかには小ぶりのワイン樽と鉄鍋が一つ。それから直径十センチ、長さ八十センチくらいの円柱が六本。探査機の数はこれで樹海の西側をほぼカバーできる。昨夜のうちにイーリスにコンラート号から脱出ポッドで降ろしてもらった。

 

 空を見上げると朝焼けの空にグローリアが姿を表した。

「族長、おはようございます」

 即座にナノムが翻訳してくれるおかげで、ドラゴン特有のゴロゴロした音声も気にならない。

「悪いな、グローリア。こんなに朝早く仕事を頼んでしまって」

「全然、そんなことないです。シャロン隊長とセリーナ隊長はこないんですか」

「どちらか一人は上にいるよ」

 ちょうどディー・テンが雲間を切って姿を見せ、俺たちの上で旋回した。

『おはよう、グローリア』

『シャロン隊長、どこにいるんですか』

『ディー・テンと視覚を共有しているの。あなたの姿も見えるわ。また少し大きくなったみたいね』

『一緒に旅行に出るのは嬉しいです』

『旅行じゃなくて調査任務だよ』

 いいつつ俺は鞍を用意する。ガンツの馬具職人に安価に作らせたものだが、カトルによれば、その工房の親方は俺の教えた裁縫技術で大儲けしているらしい。グローリアも慣れたもので、俺が鞍を装着するあいだじっとしている。

 

「族長と二人だけで任務って初めてですよね」

「シャロンも見守ってくれているけどな。今回は魔物を狩ったりはしない。どっちかと言うと、一族のみんなに喜んでもらうことなんだ。特にイーリスのためだよ」

「イーリスのためなら頑張ります。きっと喜んでもらえるようにしますよ」

 イーリスはドラゴンに大人気だな。

 荷物を鞍にしっかりとくくりつけてから俺は席に座り、固定具をつけた。

「場所はこのあたりだ」

 最近、仮想マップの使い方を覚えたグローリアは小さく頭をかしげている。その姿は微妙に人間っぽい。

『どうした。グローリア』

『わたしもこのあたりは行ったことはありません。あまり大きな魔物がいないので』

 なるほど、それはいいことを聞いた。魔物の生育分布についてはスペクトル分析だけじゃなく、住人に聞くのが正解だな。

『よし、グローリア頼む。陽が高くなる前に大樹海の奥に飛んでくれ。途中で何回か降下するが、そのときは合図する』

『了解!』

 グローリアは大きく吠えると、力強く飛翔を始めた。

 

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