うしろから優しく押されたような気がした。
振り返ると俺に寄り添うようにグローリアが首を伸ばしている。
『族長』
『すまないグローリア。もう食べ終わったのかい』
『あのう、わたしにはよくわかりませんけど……、族長にはもっとたべて元気をだしてほしいです』
『ありがとう。ちょっとこのごろは忙しくてね」
俺は後片付けを始めた。懐かしい料理に不意を突かれたみたいだな。仮想スクリーンに映る時刻はとっくに予定を過ぎている。
『人間は食べるのに本当に時間がかかりますね。そのままでもおいしいのに』
さっきビッグボアを落としたところは地面が真っ赤だった。それ以外は何も残っていない。
『もうちょっとたべたいけど、あとにします』
ってこれだけ食べてまだ足りないとはドラゴンの食欲も相当だな。タラス村の黒斑だって全部食べるのに村人総掛かりだったのに。
『グローリア、もうひと仕事だ』
『はい!』
◆◆◆◆
シャトルの離発着場の候補地は大樹海の西にある丘陵地だが、支障となりそうな大木はなく、丈の短い草が生えているだけだった。少し歩いてみると、簡単な整地作業でかなりの敷地が確保できる。風がほとんどないのは西側の山脈が壁になっているようだ。シャトルの基地としては理想的だ。
拠点の方向を見渡してみる。わずかに居城の尖塔が小さく見えるだけで、街から目撃されることもないだろう。探査機設置は午前中いっぱいかかってしまったが、直線距離だとさほど飛行時間はかからない距離だ。
あとは汎用ボットと掘削機械をここまで運べばいいだけだ。金属鉱床のありかまでは道を造成せねばならない。地中探査ネットワークを樹海の西側だけでも展開して、鉱床の位置を確定してからだな。
よし。樹液糖も穫れたことだし、当初の目的の三つのうち二つは達成したな。次が難物だが……。
『アラン、あと十五分ほどで有効視認範囲に到達します』
『わかった。シャロンはそのまま俺の上空で待機してくれ』
『了解』
俺が周辺を歩き回って調査しているあいだ、ずっと静かに待機していたグローリアの正面に立った。
『グローリア、大事な話がある』
『ありがとうございます』
『まだ何も言ってないが』
『イーリスは族長は必ず願いを叶えてくれると言っていましたから。たぶん、あのことですね」
なんだ、もう知っているのか。昨夜はけっこう言い方の練習をしたんだけどな。イーリスもグローリアにいろいろと伝えているようだが、俺にも一言ぐらい欲しいところだ。
「そうだ。俺は族長の勤めを果たしたよ。もう一人、俺たちの仲間にドラゴンが加わることになった」
突然、グローリアがぐいっと顔を俺に近づけて、人間で言うなら大声に近い叫びをあげた。無論、俺の耳には十代の年若い女の子の声に変換される。それにしてもすごい迫力だ。
『嬉しい! ずっとずっと願っていたんです。族長のお力添えがなければ、わたしで赤き森一族が絶えてしまうところでした』
そうか、そんなに喜んでもらって俺も嬉しい。
『いつ到着するんですか』
『ドラゴンの流儀にのっとって戦ったせいで、少々怪我をさせてしまった。傷が治ったら来るように言っておいた。それが一週間前のことだ。そろそろ来る頃だよ」
『ええっ、そんなに早くですか』
『ただ、問題があるんだ。うまく言えないんだが、もしかするとそのドラゴンはグローリアより貧乏かもしれない』
『アラン、なんてことを』
『シャロン、これ以外の伝え方はないだろう。正直に言っただけだよ』
『はぁ……』
シャロンが気の抜けたような返事をした。俺は別に変なことは言っていないはずだが。
『ぜんぜん問題ありませんよ。わたしの母はキラキラ光る金属が大好きでしたけど、わたしはそうでもないですから』
グローリアは優しすぎるよな。とはいえ、財宝を贈るのがドラゴンの風習らしいし、向こうも手ぶらでは来ないだろう。……とか言っているうちに北の空に飛影がみえてきた。
ん? なんか数が多くないか。
『シャロン、いったいどうなってる』
『あの洞穴にいた一族全員のようです』
『全部で六匹もいるぞ。俺が倒したのは黒い族長ドラゴンだけだ。……イーリス』
[私が指示しました。族長の黒ドラゴンがアラン配下になったのですから、全員がアランの部下です]
「いや、どうしてそうなる。グローリアの伴侶は一匹だけのはずだろ。それともドラゴンは一妻多夫なのか」
[伴侶はグローリアに選ばせましょう]
『族長! まさか、あの人たちは』
『あたらしく配下になったドラゴンだよ』
『ええっ!』
可愛らしい少女の驚きの声と咆哮に近いドラゴンの叫声がかぶった。
「わっ」
いきなり俺を背後から鼻先でつついて前に押した。巨大な体を丸めるようにして俺の後ろに隠れたつもりでいるらしい。なんだかこっちも感化されてきたな。娘を送り出す父親の気持ちがわかるような気がする。
『グローリア、俺もドラゴンの風習はよくわからないんだ。こんなときは族長としてどうすればいいのかな?』
『母から、必ずその時が来ると言われてきました。だから準備はできています。イーリスにも手伝ってもらいましたから』
『イーリス、何を手伝ったんだ?』
[お忘れですか。この星のドラゴンが惑星サティクの恐竜、サティロンに遺伝子レベルで酷似していることを]
『そうだったな。サティロンにも会話能力がある。それでドラゴンにナノムを投与してみてはどうか、という事になった』
[はい。実は遺伝子や会話能力以外にもドラゴンとサティロンの共通点があるのではないかと思い、グローリアを訓練していました]
『なんの訓練だ』
[サティロンの後追いの儀式です。簡単に言えば、求婚者の男性は相手の女性と競争しなければなりません。この競争の結果次第で夫婦の上下関係が決まるのです]
『それでドローンのディー・テンたちと競争させていたんだな……。イーリス。なにもかも助けてもらってすまない』
[艦長がこれから私にしてくださることに比べれば些細な事です]
一番巨大な黒ドラゴンを筆頭に六匹が逆V字陣形で飛行している。黒ドラゴンが金属の棒のようなものを掴んでいるのが見えた。
ドラゴンたちは俺の頭上をゆっくり大円を描いて一周し、族長の黒ドラゴンから先に一匹ずつ降下を始めた。
すべてのドラゴンが揃って着地した姿は壮観だった。全高十メートル近い巨体がきちんと間隔を開けて整然と並んでいる姿には優れた知性を感じる。黒ドラゴンの首周りを注視すると、すっかり新しい鱗に生え変わっていた。ナノムの働きもあったのだろう。
『よく来てくれた』
『我は我が主のご命令のよりこの地に来た』
いや、ちがうだろ。俺が族長として配下のグローリアに引き合わせるためだ。
「イーリス。俺がグローリアに引き合わせるべきだよな」
[はい。ここは艦長のやり方に従うように私から彼に伝えます]
『頼む』
『まず名前を教えて欲しい。そうでないと引き合わせる段取りがつかない』
黒ドラゴンはこっちの腹に響く重低音で大きく吠えた。
“ぐれぐるぉるる”
いや、わからない。族長権限でこっちから命名しよう。
「お前の名前は、俺にはこう聞こえる。グレゴリー。通称グレッグだな。正式名は人間の小さな口蓋では発音できないんだ。悪いがこの名前で呼ぶことを許してほしい」
ドラゴンはしばらく考えていたようだが、
『その貧弱な喉なら仕方あるまい。是としよう』
どうしてこのドラゴンはグローリアのようにもっと自由に話せないのかな。
「イーリス、翻訳がなんか古臭いぞ。年配者と話しているみたいだ」
[彼の実年齢はこの惑星年で二百歳を超えています。人間ならまだ中年期です]
「グローリアはまだ青年期だよな。老人に嫁ぐのか。これって人間なら犯罪だぞ」
[グローリアは実年齢で艦長より年上です]
……そうなのか。
年齢のことは後回しだ。ちゃっちゃと済ませよう。こういうのはスピード感が大事だ。
『グローリア、こちらはグレゴリーだ。北方に住むドラゴンの一族の長だ』
黒ドラゴンが周囲を圧するような声で咆哮した。つづいてそれに答えるようにグローリアがやや長い応答をする。これが挨拶なのか。
黒ドラゴンが掴んでいた金属の棒をグローリアに差し出した。表面は磨き上げられているが、金銀の輝きではない。まさか、これは……。
グローリアは黒ドラゴンと差し出された金属棒を交互に見ていたが、やがて一声吠えて頭を上下に動かした。
やがて黒ドラゴンが喉を響かせ始める。
『麗しの乙女よ、我はそなたの族長にくだり、配下となった。新しい族長の命令によりそなたの伴侶となる事もできる。しかしここは我が配下の若き者共にその機会を譲りたい』
グローリアが俺を見つめた。そうか、この黒ドラゴンは自分より一族の若い連中のことを考えているのか。立派なやつだ。
『族長として、グレゴリーの希望を認める。配下の若者にチャンスを与えてやるがいい。グローリア、いいかな?』
『はい!』
[これより後追いの儀式を始めます。参加者は礼を尽くすように]
イーリスが俺の後を引き取った。俺より女神様のほうが説得力があるかもな。ドラゴンたちが一斉に首を動かして俺を見つめた。どうすればいいんだ?
[族長は儀式に立ち会い、結果を見届ける義務があります]
『族長、はやくわたしに乗ってください。飛び立ちますよ!』
『地上で見ているだけでは駄目なのか』
『『『だめです』』』
イーリスとグローリアに加えてシャロンまでが否定にかかるとは。この中で真剣なのはグローリアだけだな。
仕方がない。俺は手早くグローリアの背にある荷物を地上におろして座席に座った。
……こうなったら最後まで付きあってやる。グローリアのためだ。