ルチリア卿の命令はいつもと同じだった。
『アランを探れ』
卿の言うことはいつも簡潔でわかりいい。報酬も莫大だ。ルチリア卿はヴィリス・バールケ侯爵の子飼いなのは公然の秘密で、命令は侯爵の政敵を排除することだ。そのためには相手の弱みをにぎる必要がある。
呼ばれた理由はわかっている。ほかの奴らが任務に失敗したのだ。卿によるとに数百人からなる盗賊団の襲撃や、毒酒などが完全に失敗に終わったという。それで敵の弱みを探るために熟練の技術を持つ者が必要となった。つまり、私だ。
ライスター宰相一族を滅ぼす手助けをした報酬で地方にぶどう園を買った。すっかり引退気分だったところにこの呼び出しだ。これを最後にしよう。あまり深入りすると疑い深いルチリア卿のことだ、秘密保持を名目に消される可能性もある。
アラン・コリント男爵。
ルチリア卿からもらった情報ではかなり手ごわい相手らしい。
ドラゴンスレイヤー。A級魔術師にして貴族。護国卿でもある。その上、自らの流派を興せるほどの剣技の持ち主。現在は魔窟と呼ばれた大樹海の開拓に挑んでいる。……はぁ。たまにいるんだよな。歩く誇大広告みたいのが。
いいだろう。相手に不足はない。今回の報酬でぶどう園をもう一つ買える。こんどこそ最後の仕事だ。
◆◆◆◆
ガンツから新しい植民地までの街道へ入ってすぐに気がついた。路面の整備水準はかなり高い。日が浅いにも関わらずこれだけの整備ができるのは、お抱えの職人団でもいるのだろうか。渓谷や川筋の工事の難所も見たこともないつくりだった。これは記録に値する。
ガンツとの交流は盛んなようだ。荷馬車が列をなして行き来している。だから隊商の一隊にまぎれ込むのは簡単だった。荷馬車は軽快に進んでいく。
隊列が急に止まった。前方から悲鳴が聞こえる。
「グレイハウンドだ!」
「みんな、徒歩のものは馬車にのれ!」
隊商の長が叫んでいる。
紛れ込んでいる隊商には無事に植民地に着いてもらわねば。一人で城門をくぐるのはいかにもまずい。
目立つのは好きではないが、これでも火魔法はBランクだ。隊商の先頭集団に向けて馬を走らせる。グレイハウンドはたった二頭か。たわいもない。大騒ぎしやがって。
「ファイヤーボー……わっ!」
いきなりグレイハウンド二頭の体が弾け飛んだ。何もしていないのに……なぜだ。
「使徒様だ! 使徒様が現れたぞ」
人々が指差す方向を見上げると、巨大な鳥のようなものが一瞬姿を見せ、雲間に消えていった。
「ありがたい!」
「イザーク様、道中をお守りくださり感謝します!」
なかには跪いている者もいる。ほんとうに使徒とやらが現れたのか。
グレイハウンドは背中にぽっかりと親指が入るくらいの穴が空いて、くすぶっている。まるで雷が打ち下ろされたかのようだ。まさか使徒が守護する都市なのか……そんなはずはない。偶然、雷が落ちたのだろう。それにしては音がしなかったが……。一応、記録しておく。
それからは何事もなく植民地の門にたどり着いた。
衛兵はそこいらの傭兵くずれを雇ったものではないと見た。統率が取れているうえ、商人たちの身分を確認する手間も丁寧だ。
とはいえ、自分の姿はどう見ても年季の入った行商人にしか見えないはずだ。売り物として王都であつめた各地の珍しい種子を行嚢にいれてある。商業ギルド証は死にかけの商人から買い取った。
ギルド証のおかげで、先に入城した商人たちの一人と思われたのだろう。すんなり城門を通り抜けることができた。
「これは!」
門の前の広場には市が立っていた。これが開拓地だと? この賑わいはなんだ。あそこで魔石を検分している痩せた連中は隣国のセシリオ王国の商人だろう。厚い冬着にマントまで着込んでいるのは南方のデグリート海洋王国の商人だな。良くわからない異国の者も多い。これは記録に値する。
広場の外れの店先に、さっきまで一緒だった商人たちが列をなしている。何を売っているんだろう。
相手の警戒心を解くため、できるだけおどおどした様子で聞いてみる。
「あの、ここでは何を売っているので?」
「おまえさん、ここまで来てなにを売ってるのか聞くのかい。この店は評判の万能調味料を売ってるんだよ。ここでしか手にはいらないんだ」
「万能調味料?」
「南門のすぐ近くに商人向けの喰処があるから行ってみな。食ってから来たんじゃ売り切れかもしれんがな」
口は悪いが親切な男だ。任務の前に腹ごしらえをしておこう。万能調味料とやらも気になる。
店はかなり混んでいた。一歩足を踏み入れると、なぜか焦げた匂いがした。壁にもところどころ色濃く煤がついている。食事をしているのは商人たちがほとんどで、非番らしい衛兵や帯剣した兵士も何人かいる。男爵の私兵か。
兵士の剣はあの伝説のイリリカ製だ。騎士階級ではない者が帯剣を許される品ではない。おそらく略奪品だろう。アランの私兵も程度が知れるというものだ。一応記録しておくか。
座席はぜんぶ埋まっている。しかたなくカウンター席に向かう。呑助どもが酒臭い息を吐くので嫌だったが仕方ない。
「今日でやっと修理が終わったな。ようやく新装開店か」
「思えばつまらんことで争ってしまった。俺も大人げなかったよ。ヴァルター」
「右に同じってところだ。隊員たちにもよく言っておく」
「まあ、隊長が戦っているのを黙ってみている部下よりはマシだぜ」
「違いない」
席に座ると、隣の男同士で謝罪しあっている。どうやら酒席での狼藉だろう。哀れな連中だ。カウンター向かいにいた太った男に声をかける。
「なにかおすすめの料理はあるかね」
「あんた、旅の人だな。この街は初めてかい」
「はい」
「よし、ならアラン様特製のレシピがあるんだ。初めて街に来たお客に食べてもらうことになってる。お代はいらねぇ」
なにが特製レシピだ。有閑貴族が気まぐれに作ったのを領民に無理やり作らせているんだろう。変わった貴族もいるものだ。せっかく来たのに素人料理とはな。樹海の中ではちゃんとした食材もないだろう。
しばらくしてカウンターに皿が並べられた。
「たっぷり楽しんでくれ」
太った男はニヤリと笑うと、ほかの客の相手をしにいった。
皿には油の乗った魚の煮物とスープ。卵で何かをとじたような一品がついている。魚はよく食べるがここは海から遠いから塩漬けだろう。
フォークで触れた途端、ほろりと骨から身がはがれた。ちゃんと火が通ってはいるようだが……。これは塩漬けではないな。魚醤か? 一切れ口に入れたとたん、魚の身が口の中で溶けていく。
「ぶまっ!」
思わず変な声が出た。うまい。旨すぎる。これが田舎料理? 貴族様のレシピだと?
魚はあっという間になくなって次は卵料理だ。卵液で薄い衣を作って何かを詰めたもののようだ。そっとナイフを入れてみる。濃厚なバターと半熟卵の香り。黄金の粒のようなこれは……米か。最近、ゴタニアで流行っているらしいな。ひとくち食べてみる。
荒れた胃の腑を和らげるかのような、黄金の米の優しさにバターの香りがたまらない。一瞬でなくなってしまった。スープはどうだろう。一匙すくって口に含む。なんという雑味のない素直な旨味だろう。乾いた舌を癒やし、喉を優しく下っていく……そして余韻。この味は一体……。
「はっ」
あっという間に食べ終えてしまった。この味が万能調味料なのか。商人たちが群がる理由がわかった。任務を終えたら買い占めてやろう。持ち帰れば大儲けができそうだ。
……報告の必要性、なし。
いつの間にか太った店主が戻ってきていた。
「すげぇ食いっぷりだな。あんた気に入ったよ。どこから来たんだい」
「アロイス王国からだよ。向こうは景気が悪くてね」
そらきた。聞かれそうなことはあらかじめ頭に入れている。遠い国の話題は珍しがられることはあっても疑われることはない。行ったことのないやつには裏のとりようがないからな。こっちの情報を小出しにして、相手から引き出しまくってやる。
「なに! アロイス王国だと。スターヴェークと言い直せ」
隣で飲んでいた男ががいきなり声をあげた。
「ブルーノやめておけ。謹慎が明けたばかりだぞ」
「だまれ。あの場所は昔っからスターヴェークと決まっている! それ以外の名は許さん!」
隣りにいた男が諌めたが、ブルーノとよばれた酔っ払いは目が座っている。面倒くさいやつだ。
「もう一度聞いてやる。三度目はないぞ……どこから来た?」
「……スターヴェークです」
「よし。過ちをすぐに正すとはいい心がけだ」
さっきヴァルターと呼ばれた男は酔いが冷めたのか、ブルーノの腕に手をやっている。早く引っ張り出してほしい。
「景気が悪いんだってな」
「はい。戦争が終わってから、不作や重税が続いていますからね」
「ちがうだろ」
「は?」
「不作はいつだってある。そのたびにスターヴァイン王家は税を軽くしたり民のことをお考えになっていたのだ。つまり不景気は不作が原因ではない。ということは誰が悪いんだ?」
あの滅びたスターヴァイン王家のことか。南部貴族に甘い顔をしたせいで寝首をかかれたんだったな。間抜けな王族もいたものだ。
「現在その地を治めているアゴスティーニ侯、ロートリンゲン様でしょうか」
「今なんて言った?」
くっさ。息が死ぬほど酒臭い。というか面倒くさい。
「ロートリンゲンさ、」
「盗人に様は不要だ!!」
いきなりコップをカウンターに叩きつけた。
だんだん腹が立ってきた。火魔法で炙りたおしてやろうか。
「ブルーノもうやめておけ。旅の者に八つ当たりしても国は還ってこないぞ」
ほう、このふたり旧スターヴェークの残党か。これは報告に値する。兵士だけでなく貴族もこの地にいるなら、情報はアロイス王国の関係者に高く買ってもらえるはずだ。まだほかにもいるに違いない。ここは這いつくばってでもこいつらから名前を聞き出してやる。
「もうしわけありません。旦那。スターヴェークも貴族同士の闘いがなければ、本当にいいところなんですがねぇ」
「その通り。わかってるじゃないか」
「わたしも商売があがったりになって噂を聞いてここに来たんですよ」
「噂とは何だ」
「もちろんアラン様の評判です」
「スターヴェークにも評判が届いているのか」
「もちろんです」
「実はな、アラン様はスターヴェークの、」
「ブルーノ、よせ」
ヴァルターがブルーノを遮った。惜しい。私の直感が叫んでいる。もうすこしで、もの凄いネタが穫れそうだ。
「話の途中ですまないが、こいつは酔い過ぎたようだ。これで飲んでいってくれ」
ヴァルターはギニー硬貨を数枚カウンターにおいてブルーノを出口に引っ張り出している。なかなか紳士的な男だ。高級剣を略奪するような男には見えない。
まだ兵隊はまだ数人いる。なんとか聞き出してやろう。と、腰を浮かしたそのとき……。
いきなり店のドアが大きく開いたかと思うと、男が飛び込んできた。
「みんな外に出ろ。ドラゴンだ!」
「グローリア殿ではないのか」
「それどころじゃねぇ!」
血相を変えた男の勢いにおされた兵士たちと商人もぞくぞくと店を飛び出していく。
「あそこだ!」
人々が指差す方向に何かが飛んでいる。
まさか。嘘だろう。七匹の巨大なドラゴンが空中を舞っている。
「おおっ」
「グローリア殿の背にアラン様がおられる!」
「なんと新たに六匹のドラゴンを配下とされたのか」
すこし小ぶりのドラゴンの背に、一人の若者が乗っている。そのドラゴンの後をもう五匹がぴったりと追尾している。最後に巨大な黒いドラゴンが悠然たる羽ばたきで後を追っていた。こんなことが……、こんな事があるはずがない!
「ドラゴンの力があれば、祖国奪還などたやすい!」
「アラン様ぁ!」
「アラン様ぁ!」
食堂の連中だけでなく、広場の店からもつぎつぎと人々が飛び出してきた。口々に男爵の名を叫んでいる。ドラゴンは急上昇に急加速と、街の上空を自在にとびまわっている。
あの若者がアラン・コリント男爵か。こちらに激しく片手を振って何かを叫んでいるようだ。雄叫びだろうか。
七匹のドラゴンを率い、民の信頼も厚いとは。
こうしてはおれぬ。すぐに馬を駆って王都に戻らねば。もう十分に情報は集めた。この情報さえあれば、アラン打倒にアロイス王国は喜んで兵を貸してくれることだろう。ぶどう園がもうひとつ、いや三つは余裕で買える。待っていろよ、夢の引退生活!
いっせいにまた歓声が上がる。
アランの乗ったドラゴンが建物の直上にまで降りたかと思うと急上昇した。つづくドラゴンたちが同じように回避したが黒いドラゴンが避けきれない! 巨体が屋根にぶつかり、レンガが木の葉のように飛び散っている。
もう十分だ。はやく馬のところにいかねば。
……急に真っ暗になって何も見えない。