正直、死ぬかと思った。
グローリアの最初の急加速で右肩が脱臼して、右手がぶらぶらの状態でしがみつくのはさすがにこたえた。最初は樹海の上だったが、徐々に拠点へと流れていったのは自然な流れだ。グローリアも拠点の仲間に見せたかったのだろう。これは気持ちとしてわかるし、許せる。
競争が始まってすぐにナノムが警告アラートを鳴らしまくっていたが、グローリアの大事な儀式に水を差すわけにはいかない。俺の気持ちを知ってか知らずか、グローリアの超絶飛行は二時間におよび、惑星降下訓練を受けた俺ですら、吐きそうになった。なんどか悲鳴を上げたような気もする。幸いグローリアは追いかけっこに夢中で気が付かなかったようだ。
ようやく後追いの儀式は終わり、居城の屋上に着地した虚脱状態の俺は儀式に則りグローリアの勝利を宣言した。今後、グローリアの伴侶はグローリアの生きている限り、頭が上がらないことになる。若者ドラゴンは結局、脱落して、グレッグが最後まで脱落しなかったのだ。爺さんのくせによくやるな。
グローリアは俺に長々と感謝を述べてから、自分の住む洞穴にもどり、ほかのドラゴンは大樹海の湖のそばでしばらく養生するという。七日間ぶっ続けで飛んできてあの競争だ。疲れたんだろう。
……ドラゴンたちが夜の闇に消えていく。そこから先はあまり覚えていない。
俺の腕の異常を目ざとく見つけたセリーナとシャロンに羽交い締めにされたことは覚えている。たかが脱臼なのにそんなに大騒ぎしなくてもいいだろう。セリーナの肩関節復旧の施術がこれまた荒っぽくて痛いのなんの。もうあとはベッドになることしか頭になく、クレリアが会いたがっていたが(当然だ)、ことわった。明日の午前中の予定は全てキャンセルだ。
翌朝。
『朝です。起きてください』
ナノムの声で目がさめた。寝ている間に疲労感は軽減している。とりあえず朝風呂に入ってから朝食後はだらだらしよう。グローリアへの義務も果たしたことだし、それこそが俺が今一番求めているものだ。
ベッドから起き上がった瞬間、セリーナから通信だ。容赦ないな。
『お疲れのところ申し訳ないのですが、リアが会いたいそうです』
『セリーナ、昨日の騒ぎは居城からも見えたんだよな』
『はい。ぜひともアランから話を聞きたいのでしょう」
『わかった。その前に確認したいことがある。シャロン、昨日の荷物はどうした』
『これから回収にいきます。あのワイン樽は何に使うのですか』
『樹液糖だよ。まだ拠点では甘みは贅沢品だからな、孤児院の子供に配布するつもりだった』
『それなら手伝いましたのに』
『最終的には製糖工場までいければいいんだが。回収作業が終わったら頼みたいことがある。戻り次第連絡をくれ』
『了解』
◆◆◆◆
広間ではすでにクレリアとエルナが待っていた。
「アラン」
「おはよう、クレリア。急な呼び出しだったけど、なにかあったのかな」
我ながら間抜けな会話だが、風呂でずっと考えていたものの、のぼせるばかりで妙案はでない。クレリアからみれば、俺とグローリアとはなんとか意思の疎通ができるレベルでしかないから、とてもあの騒ぎが大事な儀式だとは説明できない。
「昨日の騒ぎのことはあとでじっくり話を聞く。いまはそれどころではない。エルナ、詳細を話してやれ」
ドラゴンの話ではない、のか。
「最終的な報告はのちほどダルシム隊長からあります。……昨夜の騒ぎで死者が出ました」
「…………」
「ドラゴンが建物を倒壊させたためです。アランのせいではありません」
「気の毒なことをした」
「気の毒がるのはまだ早いです。所持品を改めたところ、この拠点のことを詳しく書いた紙片が見つかっています。近衛の者が何人かこの男が街のことを聞いてまわっているのを目撃しています。直接話したヴァルターの話では、本人はスターヴェークからきたと自称していましたが、服装や話し方から王都のものではないかと推測しています」
「バールケ侯爵の手の者だな」
「おそらく」
「アラン」
クレリアがエルナから話を引き取った。
「おそらく、バールケ侯爵の攻撃が近いのだろう。ライスター卿によれば侯爵は強敵には一旦引くと見せておいて、徹底的に相手の弱みをさぐった上で攻勢をかけるという。近衛と辺境伯軍ともに警戒を厳にするよう指示を出しておいた」
俺は改めてクレリアの顔を見つめる。真剣に話す彼女の姿には為政者としての片鱗がほのみえる。本来ならば拠点防衛は俺の案件だ。
「ありがとう、クレリア。だが前にも言った通り、この件ではクレリアの兵は一兵たりとも失いたくない」
「私の兵をいつ、なんのために使うかは私が決める!」
クレリアは言い切った。
「アランが強いことは私も含め誰もが認める事実。だからといって全部を任せて傍観者にはならない。私は……あなたと一緒に戦いたいの。同じ目的のために。それは冒険者だったころからずっと同じ。なのにアランはいつも一人で行動しようとする。私はこれからもっと強くなる。足手まといにはならない」
「よくわかった。助けが必要になったらクレリアに協力してもらうと約束する」
だが俺は絶対にクレリアの配下を一人たりとも失わないようにするつもりだ。彼女がなんと言おうとだ。
クレリアがすっと手を俺の方に伸ばした。
「アランの国では話がまとまったら手をつなぐんでしょう?」
「そうだったな」
俺はクレリアの手を取った。クレリアはそっと俺の手を握りしめて言った。
「アラン。これからは協力の証として、あの指輪をいつも身に付けていることにしない?」
「……そうするよ」
なぜかエルナが笑いをこらえているように見えたが、俺は無視することにした。