「で、ドラゴンが街に来たのはどうして? 六匹もいるのはなぜなの?」
クレリアが真剣な顔つきで聞いてきた。エルナも平静を装ってはいるが聞きたくてたまらないようだ。
いまのところ、クレリアには俺とグローリアはぼんやりとした意思の疎通しかできないと言ってある。黒ドラゴンとの会話はもちろん、当然、ナノムとイーリスのことは話せない。
というわけで大嘘つき大会の始まりだな。
「大樹海の調査をグローリアに手伝ってもらったんだ。これからもっと拠点を広げる前に、調べる必要があるからね」
「ひと声かけてくれても良かったじゃない。私も行きたかったわ。二人でグローリアに乗って空を飛ぶなら魔物にも会わないし、ダルシムも認めてくれるでしょう」
甘いな。”二人”、”大樹海”、”飛行”……どのひとことでもダルシムは断固反対するだろうよ。
「それで大樹海の奥地を飛んでいると、ドラゴンたちが急に現れたんだ」
よし。ここまでは嘘を言っていないな。まずは真実で畳み掛けるというのが嘘をつく鉄則だ。まあ何やってんだ俺感はぬぐえないが、人には開かせぬ秘密というものがある。
「ドラゴンってそんなに簡単に現れるものなの?」
「クレリア様。ドラゴンが人里に現れるのは十年に一度とかそのくらいです。それも一匹だけです。ワイバーンと違って群れをなすなど聞いたこともありません」
ガンツのクラン“疾風”のカールも同じことを言っていたな。半ば伝説と化している存在がいきなり現れるとは考えにくいのだろう。それゆえに人々に与えた衝撃は大きかったようだ。
「ドラゴンはほかのドラゴンの存在を感じることができるらしいんだよ。だから、ドラゴンに乗っているとほかのドラゴンに合う可能性が高くなる。それでグローリアに地上に降りてもらったんだ。このドラゴンたちの考えがわかるか確認してみようと」
「わかったの?」
「たぶん精霊様の働きはドラゴンにも共通のようだね。よく心を鎮めて耳を澄ませてみると、ドラゴンたちは花嫁探しの旅だったようなんだ」
「花嫁?」
「そのドラゴンたちの住んでいた場所では、女性のドラゴンはもういないらしい。それで旅に出たとか」
「ドラゴンって、性別は雄雌じゃないんだ……」
「クレリア。それは違う。ドラゴンは気高い高貴な生き物だ。人間以上の知性の持ち主なんだ。雌とかいったら失礼だよ」
われながら全力で自分のことは棚に上げモードだな。
「わかったわ。それでグローリアのあとを追いかけたのね」
「そうだよ。グローリアは追いかけっこで勝負したいみたいだった。ドラゴンの風習らしいね」
「その勝負はどうなったの」
「もちろんグローリアの勝ちだよ。グローリアから伝わったんだけど、勝負に勝った場合、夫となるドラゴンは妻のドラゴンに一生頭が上がらないらしい」
「素晴らしい慣習だわ。人間もそうすればいいのに」
「クレリア様と魔法勝負して負けたら従う、というのもいいですね」
エルナ、そこで余計なことを言わないように。
「というわけで、グローリアは俺たちの仲間だし、あとから来たドラゴンも間接的にではあるが俺達の仲間になった」
と、いっていいのかどうか。グローリアが本気で黒ドラゴンを選べばそうなるが……。
「わかったわ。こんど一人ひとりに会ってみたい」
「もちろんだよ」
その前にそれぞれの名前をなんとかしないとな。
……こんな小細工をせずにクレリアに何もかも打ち明けられる日はやってくるんだろうか。すっかり信じ切ったようなクレリアの顔を見て、少しばかり罪悪感を覚える。
◆◆◆◆
午後からは、倒壊現場の確認に行くことになった。
ダルシム隊長が現地で待っている。移動には馬をつかうが、サテライトの二班が護衛についた。そのうえクレリアの意見、というか命令で貴族様にふさわしい服を半ば強制的に着せられている。
こういった過剰消費が地元の経済を回している、という側面もあるのだろうが、現時点で拠点は衣料が生産できないため、結局、ガンツの服飾店が潤っている。
外に出ると吐く息が白くなった。冬が近づいている。課題は多く、歩みは遅々として進まない。一度このあたりで優先順位を付けないとな。
倒壊した家屋は商業エリアの南門ちかくの酒場だった。周囲には復旧作業に当たる人夫のほか、周囲を辺境伯軍の兵士が固めている。
「アラン様だ!」
「アラン様!」
たちまち人々が群がってきた。先導するサテライト班が人をかき分けている。
「アラン、民の声に応えないと」
馬を寄せてクレリアがささやく。
仕方なくおれはロベルト仕込みの”寛大なる貴族様の薄い笑み”とやらを顔にはりつけて、軽く手を振った。練習を重ねたおかげで、ごく自然な動作だ。
徹頭徹尾どうでもいいプロセスだが、クレリアたちにはとても大事なことらしい。
修復作業が行われている現場でダルシム隊長が数名の近衛と待機していた。
「ダルシム、報告を頼む」
「はっ。まずは兵舎にお越し下さい」
ダルシムの先導で城壁近くの兵舎に向かう。人も多くなってきたので現場説明は諦めたらしい。
真新しい一番大きな兵舎は集会場兼、兵の鍛錬場として作られたもので、ゴタニアの冒険者ギルドにあった練習場より大きな作りだ。
中に入ると巨大な机に、所持品らしきものがきちんと並べておいてある。上着は赤黒く変色していた。
「アラン様、倒壊した街の被害は酒場が一棟だけです。幸いに店内の者はドラゴンを見に外へ出ていたので無事でしたが、旅の者に崩れた建材が直撃しました」
「ケンカ騒ぎで全焼した店だな。店主もつくづく運がないな。補修費は俺の私費で充当してやろう」
「ありがたいことです。……旅の者は近くで飲んでいたヴァルターの話だと、スターヴェークから来たといったそうですが、訛がなかったようなので王都から来たのは間違いないでしょう」
「身元はわからないのか」
「所持していたギルド証を商業ギルドに照会したところ、正規の持ち主は先日、病でなくなっていたことが判明しました」
「おそらく、敵の間者だな」
「はい、これをご覧ください」
大机に並べられた紙片を見ていく。ガンツからの行程に始まり、記述は時系列できちんとまとめられている。聞き込み内容と思しき記載は簡潔だが要領を得ていた。さらに、拠点の南門付近の配置図がある。
「いつ拠点に到着したかわかるか」
「先日の当番だった南門の衛兵に面通しさせたところ、昼過ぎには門を通過したようです」
「短い時間でよくこれだけ情報を集められたものだ」
「相当、訓練を受けた者だと思われます」
最後の紙片で俺の目は止まった。几帳面な文字が急に乱れ、なぐり書きになっている。
“アラン、スターヴェーク”
クレリアが顔色を変えた。
「もしアランがスターヴェークの再興に関わっていると思われたら、ベルタ国王はきっと男爵位を剥奪するわ。近衛の者を幽閉していたくらいだから」
そうだった。クレリアの再従兄弟にあたるベルタ国王を頼った近衛のエルデンス卿たちは捕縛され、王宮の地下牢に閉じ込められていた。王としては滅びたスターヴェークより力を増しつつあるアロイス王国に恩を売っておきたいと考えるのが自然だ。当面、俺とクレリアは冒険者上がりの新参貴族以上のものであってはならない。
「情報漏洩は未然に防げたと考えていいんだな」
「連絡が途絶えたとなれば、送り込まれる間者は今後も増えるでしょう」
情報統制が必要だな。武芸だけでなくこういった教育も兵に必要になってくる。
「姫殿下、アラン様。誠に申し上げにくいのですが、今後はご一緒の行動は控えていただかねばなりません。クレリア様とアラン様のつながりが悪意ある者に露見すると、この拠点は危機にさらされます。我々はまだ力を十分に蓄えておりません。どうかご自重願います」
「わかった。もう昔のように皆で自由に行動することはできないのね。……少し寂しい気がする」
「ところで、ヴァルターがこの者と話したそうだが。ブルーノも一緒だったのか」
珍しくダルシムが困ったような顔をした。
「……はい。おそらくスターヴェークの件もあの二人の過失と思われます」
「二人はどこだ」
「アラン、これは私に預けて」
そうだったな。スターヴェークにかかわることはクレリアの所掌だ。
『……アラン、至急居城へお戻りください』
『何かあったのか』
『黒ドラゴンが所持していた金属棒の分析結果が出ました』
『すぐに送ってくれ』
仮想スクリーンに分析結果が表示される。
流れていく記号列は、この惑星に存在するはずのないものを示していた。